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【新刊試し読み】 『花嫁を探しに、世界一周の旅に出た』|後藤隆一郎

ディレクターとして数々の人気番組の制作に関わってきた後藤隆一郎さん初の著書『花嫁を探しに、世界一周の旅に出た』が8月25日(金)に発売されたことを記念して本文の一部を公開します。


本書について

離婚により失意のどん底に落ちてしまった敏腕テレビディレクターが、花嫁探しの旅に出た!
英語力ゼロでスタートし、韓国、タイ、インド、ペルー、スーダン……多くの“女性“と”トラブル“に遭遇しつつ、なぜか旅の行き先はテロ支援国家ソマリアへ!? バツイチおじさんがひとり旅を通して見えてきた本当の「自分」とは……。抱腹絶倒・感慨無量のノンフィクション巨編!



試し読み

 東アフリカに位置するソマリアは、今回選んだアフリカ縦断ルートで一番の危険地域だ。
 1991年の内戦により国土が三つに分断され、事実上の無政府状態が続いている。南部に位置する連邦政府「ソマリア連邦共和国」、1998年自治宣言した「プントランド」、旧英領の「ソマリランド共和国」に分裂し、この三つの地域で内戦が起きている。
 また、ソマリア半島に面するアデン湾では多数の海賊行為が報告され、その大多数がプントランドから出撃していることが、米国の無人偵察機や衛星写真などから判明している。
 さらに、ソマリア連邦共和国が支配地域としている領域内には、アルカイダとも繫がりがあるイスラム勢力アル・シャバブの支配地が内包され、テロ活動が頻繁に起きている。外務省の危険度マップでは全域が最も危険なレベル4で、渡航禁止勧告が呼びかけられている。俺は数週間のリサーチの末、エチオピアの首都アディスアベバから、東部にあるソマリランドとの国境の街ジジガを目指すことにした。
 出発前にバックパックの荷物や必要書類を再点検した。気づくと窓の外は暮れていて、夜の9時を回っている。いよいよ明日、ソマリランドへ向けて出発する。ほとんど情報がない未知の国。無政府状態の未承認国家。謎の独立国家へと。
 しかし、その前に俺にはやり残したことがあった。ソマリランドへ入国する前にやらねばならぬこと。それは、遺書を書くことだった。今回だけは生きて帰れる保証はない。ここ最近、SNSもあまり更新をしていない。アフリカ大陸縦断の旅では数え切れないほどの危険な目にあって来た。
 それらを武勇伝のように公開すると日本にいる家族や友人に心配をかけてしまう。それを避けるため情報をセーブしていた。しかし、今回だけは最悪なケースに備え、今の気持ちなどを文章として残しておこう思った。まずは誰に書くかをリストアップした。両親・家族・友人・お世話になった人。そして、最愛の人。考えれば考えるほど名前があがる。名前をあげては消し、あげては消しを繰り返した。これではきりがない。まずは母に宛てて書くことにした。
 「お母さんへ この手紙はエチオピアの首都アディスアべバのタイトゥーホテルというところで書いています。これから、ソマリランドという国に行きます。お母さんにこのことを話したら、直ぐに帰ってきなさい。そんな危険なとこに行ってはダメですと言うに違いありません。だけど……」
 筆が止まる。母の悲しむ顔が頭に浮かぶ。小さい頃からいつも俺の味方をしてくれた優しい母。そんな大切な人を悲しませてまで行く必要が、本当にあるのだろうか? そもそも命を賭けてまで旅する意味って? ずっと悩んできた疑問が突きつけられる。そして、俺は未だその答えを見つけられずにいた。今だったらやめられる。〝全ては自分自身の選択〞ということはわかりすぎるくらいわかっていた。



0章 おじさんが旅に出る理由

45歳のおじさん人生初めてのバックパッカー

 晴天の霹靂だった。
「ねぇ、あんた、わかってるよね」
 2015年3月。45歳の俺、39歳の妻。
「ここにハンコだけ押してくれればいいから」
 結婚して8年目の俺たち夫婦には子供がいない。テレビディレクターである俺は、家庭を顧みず狂気じみた勢いで仕事に集中していた。
 なぜ? そんなに? 番組作りにはそこまでのめり込んでしまう程の物の怪がいる。
 常に世の中を観察し、時代に寄り添わなければならない。
 テレビ業界の人は言った。
「後藤さん、逝っちゃってるよね」
〝 逝っちゃってる〞は、どこまでもクオリティを追求する作り手が揶揄される業界人の褒め文句。そう呼ばれる自分にどこか酔ってしまっていた。そして、そのナルシズムの影に隠れていた大切なこと。
 妻のさみしさに気づいてやれなかった……。
 小さな制作会社を経営していた。俺が演出家で妻が経理と総務。2人でなんとか切り盛りして、結婚生活も会社も8年目。ずっと支えてくれてきた妻からの三行半。女の別れの言葉には覚悟があった。離婚の書類は完璧。
 3ヶ月の別居後、妻にもう一度離婚届にハンコを押すように迫られた。もうどうしようもないとこまで来ている。ぶるぶる震えながら、自分の名前を書いた。
「何それ?後藤隆一郎の文字が青いよ」
「え? あ、三色ボールペンの青で書いた」
書き終わって初めて気づく、三色ボールペンというミステイク。何をやっているんだ俺は……。妻の文字は黒くて綺麗。後藤隆一郎は青で下手クソ。チグハグな感じが2人の関係を物語っていた。
「青で書いちゃった。……ってことは、無効かな」
「青でも役所は大丈夫」
「いや、おかしいって。青だよ。最後の文字が青だとおかしいって」
「……大丈夫。これ、出しとくね」
 妻は冷静だった。
 これがテレビに人生をかけた男の顚末である。世の中を笑わせる? 楽しませる? はははは。目の前の妻の気持ちがわからない。自分のことしか見えてない。そんな奴の創るものに価値はあるのか?
 45歳の7月、俺は離婚届にハンコを押した。 それから1週間後、役所から離婚通知書が届いた。自信を失った。何もする気が起きない。離婚のダメージはボディーブローのように効いてくる。あの日の残像が何度も脳裏をよぎる。別れ際の妻の涙。
 なぜ……?

<中略>

 8月下旬、家を出て目黒の街を散歩することにした。ベッドの上でずっと天井だけを見つめる日々が2週間ほど続くと、流石に気が狂いそうになった。このままではやばい。医者に軽い運動を勧められたのもあり、松葉杖をついて外を歩いた。その日は晴天でまだ夏の暑さは続いているが風もあり心地が良かった。松葉杖で右足を庇いながら、目黒通りの権之助坂を下った。その道は妻とよく歩いた道で、休日に一緒に通った目黒シネマの横を通り過ぎた。坂の下には大鳥神社があり交差する山手通りを渡った道沿いにはお洒落な家具屋が沢山ある。そのコースは休日の散歩に丁度よかった。しかし、その日は家具屋の方に行かず、手前にある目黒川の遊歩道を右に曲がった。川沿いの遊歩道を歩くのは初めてだ。街路樹に覆われた緑の道は、真夏の太陽の光で歩く人に活力を与えているように感じた。しばらく歩くと、公園にあるストリートバスケのリングを見つけた。外国人も交えた若者がゴールを目指し、汗を流している。
 中学・高校とバスケットボール一筋に打ち込んできた俺は、何だかそこが神聖な場所のように思えた。あの時も松葉杖を付き、チームメイトの練習を眺めていた。膝の靭帯を切りレギュラーを外されてしまったのだ。走り回るチームメイトを眺めながら「絶望」を感じていた。
「あの頃はバスケが全てだったもんな」
 背の小さい選手が3ポイントシュートを決めた。綺麗なフォームだ。
 その瞬間、ふとある言葉が脳裏をよぎった。それは〝ホワイトブッダ〞のあの言葉だ。不良に落ちぶれ、どん底に落ちた三井寿を救った言葉。
「あきらめたらそこで試合終了ですよ」
 そう、『スラムダンク』ファンが大好きなあの名言。
 高校バスケは大分県で準優勝。レギュラーを外されても腐ることもなく、最後まであきらめなかった。
 「あきらめたらそこで試合終了ですよ」……か。
 奇人は気づいた。バスケはそれで良かった。だが、恋愛においてそれは……
「あきらめなかったらそれはストーカーですよ」 になる。
「それはだめだ。元妻に迷惑をかける」
 持ち前の努力・根性・気合いという粘り強さが今回ばかりは裏目に出る。
「どうする? どうすればいい? どうすれば……」
「俺の名前を言ってみろ! 俺は誰なんだよ」
 山王戦の後半、ボロボロになった三井寿の言葉が頭に浮かんだ。
「おう オレは三井。あきらめの悪い男……」
 完全に体力を奪われた三井には3ポイントだけが残された武器だった。
 ストリートのコートでは190センチ近い黒人選手が、持ち前の跳躍力でリバウンドを取り、そのままゴールを決めた。バスケは才能の世界。身長や運動神経を生まれつき持ち合わせないものには残酷な現実が待っている。三井は生まれつき才能に恵まれている。ついでにイケメンだ。でも俺は……。
 「おう、オレは奇人。……あきらめの悪い奇人。ふふ」
 自分自身を揶揄し嘲笑する。今の俺には何もない。
「でもね……あなたの『奇』は奇跡の『奇』だよ」
 元妻の言葉が頭に浮かぶ。
 そうか……。そうかもしれない。きっと、俺に残された唯一のものは「奇」だ。背の小さいバスケプレイヤーだった俺は、フェイクやノールックパスなど「奇襲」を仕掛け大きな選手に対抗していた。元妻がくれた最後の一文字であり、親父の遺伝子、「奇」。
 それが俺の唯一無二の武器かもしれない。
 その時、ストリートバスケで際立って活躍する外国人選手を見て、あるアイディアが頭に浮かんだ。
「世界一周しながら新しい恋人を探してやる。そしてそれを企画にする」
 生まれつき奇人なんだから、そこを否定してもしょうがない。このアイデアで奇跡を起こすしかない。たまたま大学時代の親友が『週刊SPA!』の編集長をしていたので、この企画を相談するとウェブ版の「日刊SPA!」で連載を書いたらどうか? という話になった。妻に捨てられた哀れな中年男、つまり「俺」が物語の主人公になる。そうすれば、客観的な取材対象として自分自身を見つめ直すことが出来る。
 編集部との話し合いの結果「バツイチおじさん 世界一周花嫁探しの旅」というタイトルで連載することが決まった。妻への未練を断ち切るため、恋物語を書きながら「自分探し」をする。体力的にもルックス的にも新しいことにチャレンジするのには最後の年齢だと思った。それは、きっと自分に残された「最後の選択」に違いなかった。



目次

第1部 世界一周花嫁探しの旅
0章 おじさんが旅に出る理由/1章 韓国/2章 フィリピン/
3章 タイ/4章 ベトナム/5章 カンボジア/6章 タイ/
7章 スリランカ/8章 インド
第2部 風の旅人
9章 ペルー/10章 スーダン/11章 エチオピア/
12章 ソマリア/13章 帰国/最終章 「花嫁探しの旅」



著者紹介

後藤 隆一郎
1969年大分県生まれ。明治大学卒業後、IVSテレビ制作(株)のADとして日本テレビ「天才たけしの元気が出るテレビ!」の制作に参加。続いて「ザ!鉄腕!DASH!!」(日本テレビ)の立ち上げメンバーとなり、その後フリーのディレクターとして「ザ!世界仰天ニュース」(日本テレビ)「トリビアの泉」(フジテレビ)をチーフディレクターとして制作。2008年に映像制作会社「株式会社イマジネーション」を創設し、「マツケンサンバⅡ」のブレーン、「学べる!ニュースショー!」(テレビ朝日)「政治家と話そう」(Google)など数々の作品を手掛ける。離婚をきっかけにディレクターを休業し、世界一周に挑戦。その様子を「日刊SPA!」にて連載し人気を博した。現在は、映像制作だけでなく、YouTuber、ラジオ出演など、出演者としても多岐に渡り活動中。


花嫁を探しに、世界一周の旅に出た
【判型】B6変型判
【ページ数】504ページ
【定価】本体1,485円(税込)
【ISBN】978-4-86311-377-0


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