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[詩 現代詩 ことば]

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詩、現代詩、ことば
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2020年6月の記事一覧

母の日に

今日届いたもんね 夜遅く母から電話があった 俺にはなあんもしてくれんもんと 去年は父が拗ねていたというので 今年の母の日には揃いの湯呑みを贈った 八年前 すでに収縮し始めていた母は さらに話し振りが緩慢になっていて 何度も僕の声を聴き返しては たまには顔出しに帰らんねと かぼそい声でつぶやいた 今度はいつ帰るのかと 盆や正月にかかってきた電話が いつからかなぜ帰らないに変わり そのうちまったくかからなくなった 帰省を避けるほんとうの理由を知ってもなお 母はそれを自分のせいに

回文

理解にて痛みを生かせ後の命の 世界を見たい手に怒り (2011年3月:東北地方太平洋沖地震によせて)

雪の夜

くたびれた路面の残響を するりと舐めて這っていく 女の細い右脚の そんな夜に 静止していたのは水瓶 それとも そこに蓄えられた水だっただろうか いつまでも静止していたのは ふいに滑りこむ人差し指の 充満した力によって捲られる 女の白い腹の そんな夜に 海面 これまでに浮かべた笑顔の無表情が 頼りなく傾きながら落ちてきては 月影の銀盤に仄めいて消えていく (2016年改)

無題(即興)001

約束を甘い拘束として賭すような そんな情熱はすでにないのだから 義理もなく権利もなく ただただ呆けたように 日常のわずかな隙間に 気負いも後ろめたさも持たず するりとあなたを滑り込ませて ただただのんびり眺めていたい 小さなテーブルに けして豪奢ではない 美味しそうなプレートがふたつ並んでいるのもいい 纏っている または 纏わされてしまったもろもろを すっかり忘れてしまって 料理を口に運ぶあなたの撫肩が ゆらゆらと揺れているのをいつまでも眺めているのもいい 日常は日常のままで

ことばではなく

人が人を他人にしたので 世界にひとりが溢れている 知らないものは怖がるくせに 他人に優しくなんて人が言う 風が吹いて頬を過ぎる 空は青く 陽は眩くて 木洩れ日の下の腐葉土はふんわり湿って そんな世界を 絵日記みたいに眺めて切り離す キャッカンシって言うんだと どんなことばをはめるんだか 泣いている人の手に ただ黙って触れていたい ことばも名前もいらなくすれば ほら 他人だってこれくらいはできる そして元気になれば 何が悲しかったなんて もう全部忘れてしまって 振り返り

真夏の夜のこと

これは想像のストーリー 意味など無い  「真夏の夜の事」/ 西山達郎〈初恋の嵐〉 部屋に着いて。 あまりの暑さに、 おもむろにワンピースを脱いで、ブラジャーを放り投げ、 下着姿で 扇風機の前にあぐらをかいていたあの娘は、 この4月から社会人になった。 部屋に着いて。 「手紙が書きたくなった」と 僕のお気に入りのポストカード (嗅ぎ煙草を交換している遊牧民の写真)を ためらいもなく壁から剥ぎ取り、 書いている間に切手を買って来いと 僕を走らせたあの娘は、 今、僕のそばには

添い寝の条件

腕枕をしていると、 腕、しびれたらいかんから、と あなたの頭がすっと 僕の左肩からすべり落ちる そのままあなたは 壁のほうにごろりと横向きになって、 胸の前で両肘を重ねて眠るそのカタチは 知らない国のことばで描かれた絵本みたいで 寝息以外なにも聞こえてはこないのに、 確かにここにあるという安心感は、 あなたをけして理解できないという 当たり前のことを忘れさせてくれる シャツをそっとたくしあげて タオルをあなたの背中に滑らせる 産毛に光る汗を拭った後の あなたの広い背中は

手のような

溢れているというのは比喩で 流れていくだけだ ことばは おしつけがましいのはたくさんで わかるよね、も、もういいや 伝えたり 飾りつけたり ことばがあまりにも便利すぎるので 流れていくだけだ ことばは 匂いそのものには 温みそのものには 震えそのものには なれないのだな ことばは それでも そこにあるだけで 口角が微かに緩み 知らず溢れさせられてしまうような そんなうたがありはしないか 懐かしい 手のような (2004年頃)

リズム

リズムは変わるにせよ こんな単調な往復によって 一人と一人が結ばれて たったこれだけのことで 永遠に続く何かを 嗅いだような気になれるなんて なんて素敵なばからしさだろう いつもと違うリズム 唇の厚みをはかりながら 感情はついに取り残されるにしても あなたを見ることができる こんな他人との往復の中で 単純なあなたの横顔さえも (1991年夏頃)

自転車

誰も こんなところへ連れて来て欲しいなんて 頼んでいない そっとして欲しいとは言わないが 知らないおしりは見たくもないのだ と 自転車が言ったか言わないか 僕は知らない が 僕のおしりは冷たいのだ ひどい雨が上がった朝 いつもの街路樹の根元から ふいに消えた僕の自転車 今頃どうしているのやら 街路樹昇り空に這い 地平を見渡し逍遥し 風に巻かれて翻り 南日本の干潟の上へ 墜落していやしないか 天輪を透かす後輪 陸地を睨むサドル ダイナモは泥にまみれ 流す鉄まで塩辛い

柴犬は疾走する

思春期の男たちは 想像の熱に犯されて 女のあれの広大さと 女の咽頭の深さを過大評価しすぎて 持ち物をロケットペンシルの細さにまで収縮させる そして女たちは 男のあれの大きさを 過小評価しているわけではなかろうが 自分のものが大きすぎやしないかと 人差し指と中指をぴたりと揃えては不安になる 男の肩にぎこちなく女の頭が載せられて 二人は考えることをやめてしまう 今起きたことは何だったのかを あまりに瞬間すぎる滑稽さで でも 二人の軽やかに重なる呼吸は果ての無い心地よさで そ

夕暮れに見る

沈黙が海面を舐めはじめる 戸惑いながらも 蒸したトタン屋根の呼吸がいよいよ激しく と 夕凪 ふいに 夢の速度が夥しい 血の通うカタチがわたしの輪郭を脅かす 陽に照らされるものだけが具現 ただ一つ 巨大な乳首が 水平線のはるか向こうにじらじらと 浮かぶ と 泣き伏すわたしの中から 何かカタチが溢れてくるのだ ゆるい湿り気の何か それがいつまでも 風に焦がれてやまないのだ (2003年頃?)

無題(即興)002

見つめてさえ 見つめられてさえいないのに 夜の速度の残酷さにふたりは 紫煙に巻かれて話し続けた ありきたりな感情であればあるほど 射し込んでくるあなたの声の一葉一葉が コラージュとなって胸に広がる様を見つめている (2018年1月)

そぼくなだんしょう

※ 夜の二人は活発だ 繰り返されるのは昼と夜で その境目の宙ぶらりんの反動だろうか 許されない二人の関係のせいだろうか 二人は体温を奪い合う 二匹の子猫がじゃれあいながら 一つの毛玉にまるまっていくさまは 滑稽で哀しい そんな顔 とはどんな顔だろうか 肝心な一言を口にできない他人のカオを 僕は知らない ※ 初夏の日差しは厳しい 缶ビールのプルトップを引き上げ 日差しを避けて座るベンチの二人は 何も言わない 何も聞かない 一人の男の子と