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[詩 現代詩 ことば]

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詩、現代詩、ことば
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生きていた

ただもう 呑んでいるだけ というよりは 勝手に喉に流れ込むんだ まるで自動書記だ いばれることではないけれど 憂さ晴らしが必要なほど たいした生き方しちゃいない 落ち込んで自棄になるほど 盛り上がってやしないんだ ただもう 焼酎水割り、水無しで、だ ただもう 呑まずに生きてられますかって話 酔ってりゃいやでも 朝が来ますか 死んでいなけりゃ 朝が来ますか 集合住宅の脇を抜け 朝焼けのブロック塀に滑り込むと 味噌汁の香り 今日着るシャツが浮かばずに 涙が溢れて 生きていた

蝉占い

地下鉄の車両を降りホームを辿り改札を出て 薄暗い地下道を当てもなく揺れながら歩いていた しだいに息苦しくなり 地上への階段を手摺りにつかまりながら登っていると 中学生くらいの男女が踊り場の壁にもたれて抱き合っていた 女の背中越しに目の合った男があどけない顔ではにかんだので わけもなく嬉しくなってしまって すれ違いざまに柄にもなく幸せということばが浮かぶ と 突然左右の鼓膜が捻られたように痛み思わず両手をついた 手摺りをつかみ損ねた掌から蝉の幼虫の抜け殻が粉々になってこぼれ落

抱く

こうやって こういうことをやっている その最中にもあなたは わたしに問いかけてくるのだ あなたの右手の感情線は わたしの背中の地平をたゆたう あなたは幾重にも折りたたまれた過去の残像となり わたしは絶え間ない振動のきしみとなり ふたりは人類以前の無言を叫び続ける そうやって そういうことを繰り返している この感情をわたしは名付けることができない あなたの答えのない問いかけとともに (10代最後の夏頃)

冷めていく

まるで別の生き物みたいに 右足の親指に絡み付く あなたの小さな唇 口角から滴る体液のようなつばき 足裏をくすぐるまつげの触角 あなたのうなじの深さを味わおうと 赤い舌を泳がしたところで ただもう 湿る順から 冷たくなって剥がれていく 窓の外では熟れた糸瓜が 残された陽の熱に汗ばんでいる (1993年頃 夏)

母の日に

今日届いたもんね 夜遅く母から電話があった 俺にはなあんもしてくれんもんと 去年は父が拗ねていたというので 今年の母の日には揃いの湯呑みを贈った 八年前 すでに収縮し始めていた母は さらに話し振りが緩慢になっていて 何度も僕の声を聴き返しては たまには顔出しに帰らんねと かぼそい声でつぶやいた 今度はいつ帰るのかと 盆や正月にかかってきた電話が いつからかなぜ帰らないに変わり そのうちまったくかからなくなった 帰省を避けるほんとうの理由を知ってもなお 母はそれを自分のせいに

回文

理解にて痛みを生かせ後の命の 世界を見たい手に怒り (2011年3月:東北地方太平洋沖地震によせて)

雪の夜

くたびれた路面の残響を するりと舐めて這っていく 女の細い右脚の そんな夜に 静止していたのは水瓶 それとも そこに蓄えられた水だっただろうか いつまでも静止していたのは ふいに滑りこむ人差し指の 充満した力によって捲られる 女の白い腹の そんな夜に 海面 これまでに浮かべた笑顔の無表情が 頼りなく傾きながら落ちてきては 月影の銀盤に仄めいて消えていく (2016年改)

無題(即興)001

約束を甘い拘束として賭すような そんな情熱はすでにないのだから 義理もなく権利もなく ただただ呆けたように 日常のわずかな隙間に 気負いも後ろめたさも持たず するりとあなたを滑り込ませて ただただのんびり眺めていたい 小さなテーブルに けして豪奢ではない 美味しそうなプレートがふたつ並んでいるのもいい 纏っている または 纏わされてしまったもろもろを すっかり忘れてしまって 料理を口に運ぶあなたの撫肩が ゆらゆらと揺れているのをいつまでも眺めているのもいい 日常は日常のままで

ことばではなく

人が人を他人にしたので 世界にひとりが溢れている 知らないものは怖がるくせに 他人に優しくなんて人が言う 風が吹いて頬を過ぎる 空は青く 陽は眩くて 木洩れ日の下の腐葉土はふんわり湿って そんな世界を 絵日記みたいに眺めて切り離す キャッカンシって言うんだと どんなことばをはめるんだか 泣いている人の手に ただ黙って触れていたい ことばも名前もいらなくすれば ほら 他人だってこれくらいはできる そして元気になれば 何が悲しかったなんて もう全部忘れてしまって 振り返り

真夏の夜のこと

これは想像のストーリー 意味など無い  「真夏の夜の事」/ 西山達郎〈初恋の嵐〉 部屋に着いて。 あまりの暑さに、 おもむろにワンピースを脱いで、ブラジャーを放り投げ、 下着姿で 扇風機の前にあぐらをかいていたあの娘は、 この4月から社会人になった。 部屋に着いて。 「手紙が書きたくなった」と 僕のお気に入りのポストカード (嗅ぎ煙草を交換している遊牧民の写真)を ためらいもなく壁から剥ぎ取り、 書いている間に切手を買って来いと 僕を走らせたあの娘は、 今、僕のそばには

添い寝の条件

腕枕をしていると、 腕、しびれたらいかんから、と あなたの頭がすっと 僕の左肩からすべり落ちる そのままあなたは 壁のほうにごろりと横向きになって、 胸の前で両肘を重ねて眠るそのカタチは 知らない国のことばで描かれた絵本みたいで 寝息以外なにも聞こえてはこないのに、 確かにここにあるという安心感は、 あなたをけして理解できないという 当たり前のことを忘れさせてくれる シャツをそっとたくしあげて タオルをあなたの背中に滑らせる 産毛に光る汗を拭った後の あなたの広い背中は

手のような

溢れているというのは比喩で 流れていくだけだ ことばは おしつけがましいのはたくさんで わかるよね、も、もういいや 伝えたり 飾りつけたり ことばがあまりにも便利すぎるので 流れていくだけだ ことばは 匂いそのものには 温みそのものには 震えそのものには なれないのだな ことばは それでも そこにあるだけで 口角が微かに緩み 知らず溢れさせられてしまうような そんなうたがありはしないか 懐かしい 手のような (2004年頃)

リズム

リズムは変わるにせよ こんな単調な往復によって 一人と一人が結ばれて たったこれだけのことで 永遠に続く何かを 嗅いだような気になれるなんて なんて素敵なばからしさだろう いつもと違うリズム 唇の厚みをはかりながら 感情はついに取り残されるにしても あなたを見ることができる こんな他人との往復の中で 単純なあなたの横顔さえも (1991年夏頃)

自転車

誰も こんなところへ連れて来て欲しいなんて 頼んでいない そっとして欲しいとは言わないが 知らないおしりは見たくもないのだ と 自転車が言ったか言わないか 僕は知らない が 僕のおしりは冷たいのだ ひどい雨が上がった朝 いつもの街路樹の根元から ふいに消えた僕の自転車 今頃どうしているのやら 街路樹昇り空に這い 地平を見渡し逍遥し 風に巻かれて翻り 南日本の干潟の上へ 墜落していやしないか 天輪を透かす後輪 陸地を睨むサドル ダイナモは泥にまみれ 流す鉄まで塩辛い