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真夏の夜のこと

これは想像のストーリー 意味など無い
 「真夏の夜の事」/ 西山達郎〈初恋の嵐〉


部屋に着いて。
あまりの暑さに、
おもむろにワンピースを脱いで、ブラジャーを放り投げ、
下着姿で
扇風機の前にあぐらをかいていたあの娘は、
この4月から社会人になった。

部屋に着いて。
「手紙が書きたくなった」と
僕のお気に入りのポストカード
(嗅ぎ煙草を交換している遊牧民の写真)を
ためらいもなく壁から剥ぎ取り、
書いている間に切手を買って来いと
僕を走らせたあの娘は、
今、僕のそばにはいないが、
消印の押されたポストカードは、ここにある。

部屋に着いて。
初めての夜に。布団の中、
幼少の頃の、容赦のない記憶のせいで、
「体臭が気になるから、脱ぎたくない」
と、比喩ではなく、震えていた娘の身体は
あらゆる部位が、おそろしいほど無臭で、
これが男だ、と言って彼女の顔に脇を近づけると、
彼女は小さく笑って、
小さく、泣いた。

部屋に着いて。
スーツを脱いで、煙草をのんで。
その後、何もすることがなくて。
ペンを握り、白紙を見ていると、
ぼんやりと浮かぶ白い光の線が、
ぐるぐると円を描いてたゆたう。

疲れているというのは言い訳で、
冷凍庫から取り出したボンベイで、
さんざん酔いつぶれて、窓を開けて、
ひっくり返りながら、月を見ていると、
なにか冷たいものが頬を流れて耳に入り、
僕の名前を呼ぶ、母親の声が聞こえ始めて、
その声が今まで身体を重ねてきた女性の声に変わり、
順番に繰り返しながら何度も僕の頭の中に響いてくる。

翌朝、トイレの中で両膝をついた姿勢で目をさまし、
額の汗をシャツで拭いながら、
こんなところでいったい誰に懺悔するつもりなのかと、
おかしくなって笑って。
笑った途端に、横隔膜が揺れて。
もどした。

すべて。

(2007年8月の終わり頃)

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