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高橋朋
2022年10月20日 12:45
ハヅキお姉さんとラショウ君① ハヅキは自分の研究室の窓からぼんやりと外を眺めていたが、視線の遠く先に、探していた人物をやっと見つけた。つい最近、ヴァサラが連れて帰ってきたラショウである。ハヅキは、最近ラショウが気になって仕方ない。いや、正確には、ラショウの長髪が気になってたまらないのだ。 だって、いつもマスクしてる上にあの長髪でしょ。戦闘の時、絶対邪魔よ。気になり出してからは、髪紐
2022年10月20日 12:46
ハヅキお姉さんとラショウ君② 遠目に見ていて視線に気づかれ、逃げられてばかりいるのも能がない。紙とテープでなんとなく塞がれた窓ガラスから隙間風が吹く中、ハヅキは勉強し始めた。「野良猫への近づき方」これだ。・そっと少しずつ近づく・半径2メートル以内には絶対に入らない・最後の2メートルは近づいてくるのを待つ・大きな音をたてない “任務に派遣される。“その情報が流れた時、ハヅキ
2022年11月3日 14:33
戦死した兵士と名もない女性 少女はどの子どもより喧嘩が強かった。年下の子を庇い、大人相手でも間違ったことは正した。将来はヴァサラ軍だねと皆に言われるのが嬉しくて、それなら字が読めないと困るだろうと勉強し、独学で読み書きもできるようになった。 しかし名もない少女にとって軍への壁は高すぎた。少女は成長し、名もない女性になった。名もない女性は兵士である青年と出会い、結婚を誓い合った。 青年が戦
2022年11月17日 10:48
バッタとアシュラ① 町に鐘が鳴る。付近で戦闘が始まったことを告げる印だ。しかし、それを聞いた人々で、焦って家に入る者は誰もいない。彼らはその「付近」がかなり近かろうと、意外と遠かろうと、ヴァサラ軍がいる限り、爆発物が降ってくるなどの二次被害はもちろんのこと、反乱軍が町に入るなどという事態は起こり得ないと確信しているのだ。 大人達が区切りの良いところまで仕事をしてからめいめい家に引っ込む一方
2022年11月17日 15:24
バッタとアシュラ② バッタには、追いたい背中がひとつ増えた。しかも今度は追うことができる背中だ。バッタは文字通り、空いた時間にはアシュラの背中を探した。 急に自分の周りをチョロチョロし出した一隊員を、アシュラは追い払うことはしなかった。最初はチラリと一瞥していただけのものが、次第に今日はいるなと確認するように、その内稽古をつけてくれたりもするようになった。 新芽が芽吹く春、太陽が照りつ
2022年12月1日 10:14
ジンと「アレ」① “え、そうなの⁉︎“ジンが聞きとがめたのは、いつものようにパンテラのパーティーモードから逃げている途中だった。平地を逃げているんじゃ埒が明かないと、最近は木や屋根など高さを使って逃げていたのだが、兵舎の屋根にいるときに、中から出てきた隊員同士が話しているのが聞こえて来たのだ。「悪いな急に抜けて」「残念だけどな。仕方ないよ。お前ん家じいちゃんも働き手だったもんな」「今で
2022年12月1日 12:01
ジンと「アレ」② (〜ジンと「アレ」①より) ルトを見つけたジンは声をかける。「おいルト!ヒルヒルお前んとこの副隊長に怪しいもの運ばされてんぞ!」ギクリとこっちを向く顔は絶対何か知ってそうで「…え?…あー、そう?」との返答もバレバレだったが、もうそこは突っ込まないことにして、単刀直入に聞く。「お前さ、こういうの知らない?」と、親指と人差し指中心に両手で形を示してみるが、「何?でか
2022年12月15日 12:08
1 青年ヴァサラと国の果て 目の前には、膝ほどの高さから徐々に低くなり、最末部が地面に消えている土壁があった。国境を示す壁の終結部だ。数十メートルの高さの頑丈な門と、その左右にある監視塔を出発点とする細長い城だったものが壁になり、分厚かった壁は少しずつ低く薄くなりながら伸びてゆく。その最後尾が、今まさに青年ヴァサラの目の前にあった。 国民はあの超えがたい国境がこうして消えているのを知らない。
2022年12月29日 11:25
2 青年ヴァサラと在野研究者 確かに山は遠く霞んでいた。 だが数日間進んだ今すらまだ遠く霞んでいるとは思ってもみなかった。健脚である自信はあったし人より体力もあるつもりだったので、最初の頃こそ早く歩いてみたり走ってみたりしていた。だが山は全く近くなったようには思えず、諦めた今は人生で一番ダラダラ歩いている。連日連夜、周囲には地平線、地平線、山、山、地平線。修行か同じ場所を歩かされる呪いとしか
2022年12月31日 13:18
その頃のカムイ様① 〜カムイ様と残務処理 「解せん…」 方向性が見えないインテリアの部屋で、もう何度呟いたかわからない言葉を呟きつつ、いくつ目かわからない袋の口をカムイは縛っていた。 ヴァサラ軍の兵士を別の隊に編成し直す。これは良い。ヴァサラの執務室の重要書類や武器等道具を整理する。百歩譲ってこれも良い。 しかしヴァサラの私室を片付けるというのはさすがに違うんじゃないか。 しかも「私た
2023年1月13日 12:00
2 青年ヴァサラと水棲妖怪 眼下を見下ろせそうな山道に来たヴァサラは、今までと同じように木々を分けて山肌を少し下り、太そうな木を支えに身を乗り出してみた。「すげーなあ」 何に感心しているかというと、何度見下ろしてもそこに湖があることについてだ。もらった地図によると道はやがて湖から離れる方向に向かい、それを降りると中核都市に着くはずなのだ。だがそろそろ丸二日になろうというのに、少し離れたりま
2023年1月19日 15:09
その頃のカムイ様③〜カムイ様と通常業務 何か書類の文字が見えにくくなったな…と机から顔を上げたカムイは、部屋がすっかり暗くなっているのがわかった。窓の外は薄墨を引いたようで夕日の残照もない。午前中に国家事業に関する会議があり仕事ができなかったので、今日しておかなければマズい仕事だけはと思っていたが気づけばこんな時間だ。そういえば昼食もとっていない。 会議で決まったことを実行に移すのはカム
2023年1月20日 11:23
ヒジリとマリアスイーツ カムイの執務室には、執務用の机の他に来客応対用のソファセットがある。その机を挟み、ヒジリはカムイと向かい合っていた。机の上には白い飾り気のないティーセット。ヒジリは無言で、そこに注がれた綺麗なえんじ色の紅茶を飲んだ。普段は団子に合わせて緑茶派のヒジリだが、カムイが淹れたその紅茶は文句なくうまい。カムイとて高級茶葉が支給されているわけではない。一般兵士と同じ茶葉で淹れてい
2023年1月26日 12:53
3 青年ヴァサラと天狗の事情 商店街の店先で、土産物に刻んである文字を見てヴァサラは呟いた。「どこだよここ…」そりゃあ途中ちょっと遠いかなくらいは思っていた。だがまさか。湖に沿って歩いている内に別の国に着いているとは。 とにかく国名を確かめようと荷物を肩から下ろしかけた時、突然腕を引っ張られた。「お前こんな所に!何やってんだよ!」 いやお前誰だよと思うが、抵抗できないほどの馬鹿力だ。