吉田伊知郎/モルモット吉田

1978年生。映画評論家/映画ライター/編集  雑誌・新聞・web執筆、番組構成ほか。著書『映画評論・入門!』『映画監督 大島渚の戦い』、共著『映画「東京オリンピック」1964』『「シン・ゴジラ 」をどう観るか』ほか。https://molmot.hatenablog.com/

吉田伊知郎/モルモット吉田

1978年生。映画評論家/映画ライター/編集  雑誌・新聞・web執筆、番組構成ほか。著書『映画評論・入門!』『映画監督 大島渚の戦い』、共著『映画「東京オリンピック」1964』『「シン・ゴジラ 」をどう観るか』ほか。https://molmot.hatenablog.com/

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    映画監督 伊丹十三・考 目次

     1997年12月20日。  わずか3か月前に最新作『マルタイの女』が公開されたばかりの映画監督・伊丹十三が突然の死を遂げた。13年にわたる伊丹映画の唐突な終焉だった。  当時、テレビのゴールデンタイムで繰り返し放送されていた伊丹映画もやがて姿を消し、伊丹の名は急速に過去のものになるはずだった。  しかし、伊丹十三と伊丹映画は、過去の遺物とはなることなく、何かが起きるたびに、まるで予感の映画を撮っていたかのように、伊丹映画の話題が出てくる。  没後25年を迎えた今年、日本映

      • 俳優・伊丹十三のこの1本〜 『吾輩は猫である』

         俳優時代の伊丹十三といえば、監督デビュー直前の時期にあたる『家族ゲーム』『細雪』の印象が強いかもしれないが、筆者が〈俳優・伊丹十三〉で1本を選ぶなら、『吾輩は猫である』で演じた美学者・迷亭役を挙げたい。  おなじみの夏目漱石の同名原作を、市川崑監督によって映画化したもので、苦沙弥教師役には仲代達矢が扮している。  猫が主人公の映画というのは撮影に苦労しそうだが、すでに『私は二歳』で赤ん坊を主人公にした映画を見事に傑作に仕上げた市川崑からすれば、技工を凝らして猫を擬人化させ

        • 『悪魔の手毬唄』をBlu-rayで観る

           遂に、遂に――市川崑監督×石坂浩二コンビによる東宝金田一シリーズのBlu-ray化が始まった。1月18日発売の『悪魔の手毬唄』『獄門島』に続いて、2月15日には『女王蜂』『病院坂の首縊りの家』がリリースされる。  と言いつつ、2006年にDVD-BOX「金田一耕助の事件匣」が発売されたときのような高揚感がないのは、BS、CS放送、配信でも使用された既存のHDマスターを使用したBlu-ray化らしく、2021年に発売された『犬神家の一族 4Kデジタル修復版』みたく、目が冴える

          • Profile&Works

            吉田 伊知郎 (モルモット吉田) 1978年、兵庫県生。 大阪芸術大学 映像学科 卒業。 映画評論家/映画ライター/ライター/文筆業。 連絡先:molmot1@infoseek.jp 雑誌『キネマ旬報』『映画芸術』『ユリイカ』、web『CINEMORE』『otocoto』『リアルサウンド』、アプリ『ぴあ』ほか、新聞、Blu-rayブックレット等に執筆。「キネマ旬報 ベスト・テン」「毎日映画コンクール」選考担当。 現在、雑誌『中央公論』に隔月で『気まぐれ映画館』、web『

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          • 映画監督 伊丹十三・考
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          • 映画雑文2022
            吉田伊知郎/モルモット吉田

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            幻の伊丹映画

             『お葬式』以前より監督作を模索していた伊丹が、具体的な構想を固めていた企画がある。それが、家出した若い娘たちが信仰集団の中で共同生活を送ることが社会問題化した「イエスの箱舟事件」の映画化。  この事件は結局、社会や家庭から居場所を奪われた者たちが寄り添って共同生活を行う場でしかなかったため、千石は不起訴となって過熱していたマスコミ報道も沈静化。再び彼らは共同生活へと帰っていった。  この騒動に伊丹は興味を持ち、自らの監督・主演で映画化を企画。脚本家・池端俊策に脚本執筆を依頼

            伊丹十三とVシネマ

             伊丹十三は映画監督になると同時に、俳優業をピタリと止めてしまったが、最初からそう志向していたわけではない。実際、長編監督デビュー作『お葬式』では、江戸家猫八が演じた葬儀屋の役で出演することも検討したというが、キャスティングが決まってみると、自分が出る役がなくなっていたことから、監督へ徹することになった。  その後、特報を除けば、伊丹が自作に登場することはなかったが、関連作では、怪演を見せている。有名なところでは、伊丹が製作総指揮に立ち、黒沢清が監督した『スウィートホーム』に

            伊丹十三はいかにハリウッドで映画をつくろうとし、挫折したか

            アメリカでヒットした異色の日本映画  伊丹十三の監督デビュー作から3作目までの絶好調ぶりを、『キネマ旬報』のベストテンのランキングと、配給収入の数字から見てみると以下のとおり。 『お葬式』(『キネマ旬報』ベストテン1位/配給収入12億円) 『タンポポ』(『キネマ旬報』ベストテン11位/配給収入6億円) 『マルサの女』(『キネマ旬報』ベストテン1位/配給収入12億5千万円)  こうして並べると、『お葬式』(84年)と『マルサの女』(87年)に比べれば、『タンポポ』(8

            廃墟に現れた幻影の撮影所

             伊丹十三は、自らが設立した伊丹プロダクションで製作費を全額出資して映画を作り続けてきた。デビュー作の『お葬式』は低予算(と言っても1億円以上かかっている)だったものの、伊丹プロの自主映画である以上、ヒットしなければ次回作をつくる目処は立たない。  映画製作における予算配分で、重要な判断を求められるのが、どのシーンをロケーションで撮影し、どのシーンをセットに持ち込むかである。低予算映画ならば、オールロケーションも珍しくない。実際、『お葬式』は、大半のシーンを伊丹の自宅で撮影

            ドキュメンタリスト伊丹十三と『天皇の世紀』

             大佛次郎が、1967年〜73年にかけて朝日新聞で連載した『天皇の世紀』は、黒船来航に始まる幕末の動乱を描いた歴史巨編である。  1971年9月〜11月にかけて放送されたテレビドラマ版(土曜22:00〜22:56 朝日放送 全13話)は、ベテラン映画監督たちと、多彩な俳優たちが顔を揃えた大作として話題を集めたが、もう1本の『天皇の世紀』が存在する。  それが1973年10月〜1974年3月にかけて放送された第二部とも呼ばれるドキュメンタリー版『天皇の世紀』(日曜10:30〜1

            伊丹映画はメイキング&特報にも注目せよ

             かつて、テレビドキュメンタリーに企画から参加していた伊丹十三にとって、「メイキング」とは、人気俳優のオフショットでもオマケでもなく、映画本編に拮抗する、いや映画以上の面白さが無ければならないものだった。  伊丹映画には、『タンポポ』から『大病人』まで、映画本編に劣らない質の高いメイキングが作られている。『伊丹十三の「タンポポ」撮影日記』『マルサの女をマルサする』『マルサの女2をマルサする』『[あげまん]可愛い女の演出術』『ミンボーなんて怖くない』『大病人の大現場』がそれで

            伊丹映画を支えたスタッフたち

             東宝が配給し、東宝邦画系劇場で公開されていた印象が強いせいか、「伊丹映画=東宝」と思いがちだが、『お葬式』以降、1996年に亡くなるまで伊丹映画のプロデューサーを務めた細越省吾を筆頭に、撮影の前田米造、編集の鈴木晄をはじめ、日活出身者がメインスタッフを占めている。こうした撮影所出身スタッフたちは、後期の伊丹映画では、セット撮影が増えたことから、その強みがいっそう発揮されている。セットをどう活用され、どんな照明があたり、カメラがどう映しているかに注目して観るのも一興である。

            伊丹十三の映画術

             伊丹十三が、日本の撮影現場にもたらした最初の変革は、当時まだCMの現場などでしか使用されていなかったテレビモニターの導入だろう。  今や映画の現場の大半で導入されているカメラからの映像を、モニターに映しだして監督が確認するという行為は、一昔前まではカメラマンの職域を侵すものとして忌避されていた。  実際、『タンポポ』の撮影を担当した田村正毅(たむらまさき)は、後にその不満を口にしている。しかし、どこを切っても全篇伊丹印が刻まれた強烈な個性を放つ伊丹の現場には、モニターを介し

            『マルサの女』をマルサする

             伊丹十三が亡くなって25年になる。今では、宮本信子の夫が伊丹十三だったと説明した方が通りがいいかも知れない。  伊丹映画は一貫して、ユニークな視点から〈日本人論〉を展開してきた。〈日本人と儀式〉を描いたデビュー作の『お葬式』(84年)に始まり、第2作の『タンポポ』(85年)は〈日本人と食〉の物語である。究極のラーメン作りに挑むヒロインと、彼女を叱咤激励するトラック運転手との仄かな恋が、ラーメンの香りと共に漂ってくる物語は、言ってしまえば『シェーン』(53年)の換骨奪胎だが、

            伊丹十三がいちばん作りたかった映画

            やりたいことだけを詰め込んだ映画  初監督作『お葬式』(84年)で、一躍映画監督として脚光を集めた伊丹十三。  それまで『北京の55日』(63年)などの海外の大作に出演する国際俳優・エッセイスト・テレビタレントとして知られてきたが、日本では80年代前半、『細雪』(83年)、『家族ゲーム』(83年)で助演男優賞を受賞するなど、俳優としての評価が高まり始めた矢先の映画監督への〈転職〉だった。  『お葬式』の大ヒットと、各映画賞の総ナメの記憶も新しい翌1985年、監督第2作『タ

            伊丹映画の食・性・死

            伊丹映画には、毎回きまって「食」にまつわる場面、「性」にまつわる場面、「死」にまつわる場面が登場する。伊丹映画印となるそれらのシーンを振り返ってみたい。 伊丹映画の「食」 『お葬式』の冒頭、生々しい質感で映し出されるアボカド、鰻、ロースハムのアップ。伊丹映画の「食」はここから始まった。  エッセイでも食へのこだわりを示してきた伊丹だけに、単なる食事風景は伊丹映画に存在しない。画面に登場する食物は俳優たちと同じ重量級の存在感を放つ。 『マルサの女』の食料品店のシーンは、ロケ

            今、伊丹映画を観るなら、この6本+1

            長編劇映画第1作『お葬式』から、遺作の『マルタイの女』まで、伊丹十三は全10本の映画を残した。2023年から伊丹映画を観始める人に、オススメする6本+1本。 『お葬式』(1984年) 脚本・監督/伊丹十三 出演/山崎努 宮本信子 菅井きん 大滝秀治  伊丹の妻・宮本信子の実父が亡くなった際の葬儀の光景を、これは映画そのものだと閃いた伊丹がその経験を忠実に再現した長編監督デビュー作。主人公夫婦が俳優という設定もそのため。ついでに言えば、劇中の山崎努と宮本が俳優夫婦という設