見出し画像

『獄門島』と「映画監督競作シリーズ われらの主役」

Blu-ray化された『獄門島』

 先ごろ『悪魔の手毬唄』(1977)と同日にBlu-rayがリリースされたのが、市川崑監督×石坂浩二主演の東宝金田一シリーズ第3弾『獄門島』(1977)。横溝正史最高傑作の二度目の映画化である。

 戦友が預かった手紙を、瀬戸内海の小島へ代理で持参した金田一耕助(石坂浩二)。島の二大勢力の一方である本鬼頭の娘たちが次々と殺されていく謎を追う本作は、原作の印象を損なうことなく映画化してきた市川版で初めて犯人を原作と変更。その理由は、原作の執筆順と映画化の順序が異なる為。つまり、『獄門島』の発展型として書かれた『悪魔の手毬唄』、『犬神家の一族』を先に映画化してしまったため、そのまま映画にするだけでは、二番煎じになってしまう(市川崑は否定しているが、古谷一行が金田一を演じたTVシリーズの『獄門島』が最終回を迎えた翌週に本作が公開されたため、意図的に原作やTVと犯人を変えたという説もある)。
 さらに、当初はシリーズ最終作と喧伝されていただけに、三部作を完結させる新たな趣向を取り入れる意図もあったのだろう。金田一にターザンもどきのアクションをさせたり、銃撃戦が盛り込まれているところなど、往年の片岡千恵蔵版の金田一シリーズに負けないサービスぶりである。
 殺人シーンも残虐性を強め、釣鐘の中から死体が出てくるまでは原作と同じだが、支えていた枝が折れて首が切断されるという強烈なゴア描写が映画では付け加えられているのも、そうした映画ならではの見世物性を意識した産物だろう。
 浮世離れした存在だった金田一が大原麗子とほのかな恋情を通わせ、発狂した本鬼頭当主に加えて、三人姉妹の狂気、太地喜和子とピーターが醸し出す妖艶さも、シリーズの中で際立った異色作になった所以である。
 そのなかで、大原麗子は凄惨な事件を前に咲く花のように存在するが、市川崑は彼女が抱える孤独を際立たせるのを忘れない。

 さて、Blu-rayだが、『悪魔の手毬唄』と同じく既存のHDマスターを使用しているらしく、『犬神家の一族 4Kデジタル修復版』のような劇的な画質向上は見られない。それでも、DVDと比較すれば色彩が鮮明となり、ディテールが精緻に映し出されているだけに、これまで名画座やフィルムアーカイブで数回観てきたフィルムの感覚に最も近い。

左DVD:右Blu-ray
左DVD:右Blu-ray

 また、シリーズの他の作品に比べて、文字による独特の表現が随所に見られるだけに、Blu-rayの画質のシャープさが、字体の美しさ、文字が現れるインパクトを損なわない点は、大きな変化ではないか。

左DVD:右Blu-ray

 特典の特報、予告編はDVDにも収録されていたので目新しさはないが、膨大な現場スナップがすごい。撮影時のオフショットが多数収録されており、横溝ブームに湧くなか、次々と映画化していった市川組の熱気を感じることができる。パンフレットをはじめ宣材一式も収録されており、『「獄門島」完全資料集成』が未刊の現状においては、最良の〈資料集成〉となるディスクである。


人物ドキュメンタリー「映画監督競作シリーズ われらの主役 石坂浩二」

 それから、忘れてはならないのが、『獄門島』Blu-rayには、市川崑演出によるテレビ番組「われらの主役 石坂浩二」が特典映像として収録されている。これまでDVD-BOX「金田一耕助の事件匣」の特典ディスクでしか見ることができなかっただけに喜ばしい。

 これは「映画監督競作シリーズ われらの主役」と題して、1976年9月~77年6月にかけて東京12チャンネル(現 テレビ東京)で放送された著名映画監督たちが手がけた人物ドキュメンタリーの1本である。
 第1回は吉田喜重監督が萩本欽一を、以降、熊井啓監督が王貞治、新藤兼人監督が横溝正史、篠田正浩監督が坂東玉三郎、野村芳太郎監督が渥美清、浦山桐郎監督が野坂昭如といった具合に、意外な組み合わせから、当時、一緒に映画を作っていた監督と俳優という組み合わせまで、1年弱にわたって放送されたシリーズだ。

『報知新聞』1976年7月9日

 もっとも、今では放送ライブラリーに王貞治篇のみが収蔵されているだけで、以前、CSで今村昌平監督×淀川長治篇が再放送され、勅使河原宏監督のDVD-BOXに勝新太郎篇が収録された程度で、それ以外の作品は観る機会がない。それだけに、『獄門島』のBlu-rayに、市川崑×石坂浩二篇が収録されたのは貴重。 
 市川は、このシリーズに2本登板しており、石坂以外にも、長嶋茂雄を被写体に選んでいる。当初の予定では、この長嶋篇が番組の第1回として放送されるはずだった。
 当時、『犬神家の一族』を撮影中だった市川は、砧の東宝撮影所が休みに入る1976年7月28日〜8月1日を利用して長嶋の撮影を行うことになっていたが、スケジュールが合わずに延期されることになった。
 これは市川に限らず、番組全体を通して悩まされた問題で、著名な映画監督ばかりを起用したために、凝り方も尋常ではないために事前準備も含めて時間がかかり、被写体の多忙さも相まって、必然的にスケジュールが逼迫することになった。
 そのため、ラインナップに挙がっていた斎藤耕一監督×岸惠子、佐藤純彌監督×篠山紀信、今村昌平監督×水上勉が、中止または監督、被写体の交代となり、今井正、山田洋次、松下幸之助、松本清張もスケジュール調整がつかなかったという。

『報知新聞』1976年9月6日

 こうした綱渡りのような放送スケジュールの中で、市川は、まず1977年1月3日放送の長嶋茂雄篇を完成させる。
 柳のように垂れ下がったフィルムの中をカメラがすり抜けていくと、奥で市川が作業している。彼のナレーションで、長嶋との関わりが語られるが、ここで市川の声を担うのは本人ではなく小林昭二である。そして、市川作品らしい凝ったライティングのなかで長嶋がインタビューに答えつつ、スチールと字幕が巧みにインサートされていくことで、長嶋の輪郭が徐々に捉えられてゆく。

 そして、もう1本の石坂浩二篇は、1977年6月27日に放送された。『獄門島』の撮影に入っていた石坂が、市川の編集室やロケーション現場でインタビューに答える。金田一ブームの真っ最中に、石坂が映画や金田一耕助とどう向かい合っていたかが語られる出色の内容であり、市川との相性の良さも伝わる一本になっている。

 余談だが、以前のDVDと今回のBlu-rayに収録されたのは再編集されたもので、放送時よりも約1分半短くなっている。内容に問題があったというよりも、おそらくバックに流れるビートルズや、ヘンリー・マンシーニの『シャレード』のインストゥルメンタルを消しきれないための短縮ではないかと思われる。
 しかし、DVD発売時には消せなかったBGMも、今の技術なら音を分離して、かなりのところまで消すことが可能なはず。長嶋篇も含めて、「映画監督競作シリーズ われらの主役」シリーズを目にする機会が増えてほしいものだ。


※『獄門島』解説部分は、『市川崑大全』(洋泉社)の拙稿を大幅に加筆修正。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?