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伊丹映画はメイキング&特報にも注目せよ

 かつて、テレビドキュメンタリーに企画から参加していた伊丹十三にとって、「メイキング」とは、人気俳優のオフショットでもオマケでもなく、映画本編に拮抗する、いや映画以上の面白さが無ければならないものだった。

 伊丹映画には、『タンポポ』から『大病人』まで、映画本編に劣らない質の高いメイキングが作られている。『伊丹十三の「タンポポ」撮影日記』『マルサの女をマルサする』『マルサの女2をマルサする』『[あげまん]可愛い女の演出術』『ミンボーなんて怖くない』『大病人の大現場』がそれで、特に『タンポポ』と『マルサの女』シリーズのメイキングは、本編以上に面白いと言っても過言ではない。

 『マルサの女』シリーズのメイキングは、当時ピンク映画でデビューして間もない周防正行が監督しており、伊丹映画を経験した影響は、その後の周防作品を観れば明らか。
 以前、『伊丹十三の「タンポポ」撮影日記』の構成・演出を担当したテレビマンユニオンの浦谷年良氏に取材する機会があったので、記事の一部を抜粋して引用しておく。

――伊丹映画初のメイキング作品になった浦谷さん構成・演出の『「タンポポ」撮影日記』(85年)を作るきっかけは?
浦谷  (承前)アメリカではスピルバーグなんかがメイキングを作り始めた。宣伝に役立つと伊丹さんは思ったんでしょうね。その話が来た時に「我々は本編より面白いものを撮ってしまいがちなんですが良いですか?」って聞いたら、「良いよ。むしろ、面白くなきゃ困るんだよ。本編とメイキングは面白さの質が違うんだから」って。フィクションとドキュメンタリーの面白さは違うということを分かっている人って、なかなかいないんですよ。
――『「マルサの女」日記』(伊丹十三/文藝春秋)で伊丹さんは、「『タンポポ』の時、面白すぎるメイキング版を公開前にオンエアして興行成績に悪影響があった」と書いてありましたが、最高の誉め言葉ですね。
浦谷  そうなんです。あれ以来、伊丹さんは公開前にメイキングをテレビ放送しなくなった(笑)。
――メイキングのカメラが本編カメラよりも前に出たり、撮影の邪魔になりそうな至近距離で撮っています。伊丹さんと浦谷さんの関係だから可能だったんですか?
浦谷 『タンポポ』の撮影は田村正毅さんでしょう? メイキングに田村さんの助手だったカメラマンがいたんです。三里塚の農家の息子で、田村さんたちが小川プロの『三里塚』シリーズで撮影に来ている内にカメラマンになったという(笑)。だから、僕と伊丹さんだけじゃなくて、カメラマン同士もそういう関係だったので大胆なことができたんです。

『映画秘宝 2013年4月号』

 メイキングとともに、伊丹映画のもうひとつの愉しみが、予告編よりも前の時点で、劇場で流れる「特報」。一般的な映画は、まだ撮影前か、撮影中ということもあって、特報はスチールのみ、文字のみで構成されたものが多かった時代だが、伊丹は、何も見せるものがないという不自由さに自由を発見したようだ。
 伊丹が行ったのは、自ら監督・主演した特報をつくり、自作をアピールするというもの。
 『ミンボーの女』の特報では、背中一面の刺青で登場し、『大病人』ではヒッチコックのモノマネ声で怖がらせる特報やら、管だらけの末期がん患者に扮した伊丹が観客に自分の死生観を語りかけ、その頭上を天使が舞う遊び心あふれた特報を作り、〈遊び場〉を存分に活用してみせた。

 遺作となった『マルタイの女』では、運転中の自らが火だるまになるアクションに挑んだが、これは本篇のクライマックスと全く同じく展開なので、リハーサル的な意味合いがあったのかもしれないが、『タンポポ』のメイキングと同じく、面白すぎる特報を公開前に見せることになってしまった。
 もしかすると、伊丹はまたも〈興行成績に悪影響があった〉と苦笑していたかもしれない。




初出『映画秘宝 2012年1月号』に加筆修正

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映画監督伊丹十三とは何者だったのか? 伊丹十三と伊丹映画を、13本の記事と4本のコラムをもとに再発見する特集です。

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