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ドキュメンタリスト伊丹十三と『天皇の世紀』

 大佛次郎が、1967年〜73年にかけて朝日新聞で連載した『天皇の世紀』は、黒船来航に始まる幕末の動乱を描いた歴史巨編である。
 1971年9月〜11月にかけて放送されたテレビドラマ版(土曜22:00〜22:56 朝日放送 全13話)は、ベテラン映画監督たちと、多彩な俳優たちが顔を揃えた大作として話題を集めたが、もう1本の『天皇の世紀』が存在する。
 それが1973年10月〜1974年3月にかけて放送された第二部とも呼ばれるドキュメンタリー版『天皇の世紀』(日曜10:30〜11:00朝日放送 全26話)。
 伊丹十三がレポーターとなり、今野勉、黒木和雄らドラマだけでなく、ドキュメンタリーも撮る演出家たちを中心に、実験的な手法も多用された伝説的なテレビ番組の1本として知られている。その特徴を以下に挙げてみる。

1、 現場主義
2、 撮影しながら作りあげていく
3、 原作を読み解く
4、 日本人論が展開する
5 、現在と幕末が地続きであることを認識する

 具体的に見てみよう。ドキュメンタリー版『天皇の世紀』では、歴史的事件の起きた現場で、役者による再現映像が撮影される。もはや面影がない場所も少なくないが、それでも、事件の現場であることは事実だけに、視聴者の想像力をかきたてる。
 たとえば、「(1)福井の夜」で坂本龍馬が会談を行うシーンは、車が行き来する国道に座布団を敷いて撮影される。つまり、そこが会談を行った屋敷跡なのである。
「(2)宵山の動乱」で新選組が池田屋を襲撃するシーンも、跡地に建つ雑居ビル4Fにある〈モダン焼 池田屋〉なる店を、新選組の扮装をした役者たちが襲撃し、狭い店内で戦う。なお、この2話を演出したのは『遠くへ行きたい』などで知られる今野勉。

 もちろん、実物現場主義だけを金科玉条にしているわけではない。「(17)錦旗」の二条城のように、現地での撮影許可が降りない場合もある。結局、このシーンは二条城向かいの京都ホテル屋上に役者を配置して撮影し、歴史の現場を俯瞰させながら進行させている。
「(8)外国艦隊大坂に出現」では、撮影時に横須賀港へ入港していた米航空母艦ミッドウェイが黒船に見立てられ、「(12)新しい門」の"ええじゃないか”の狂騒は大駱駝艦のパフォーマンスで再現される。
 そして「(16)大政奉還」では、全篇をワイドショー形式にしてしまい、レポーターが坂本龍馬に進捗状況を突撃取材しながらスタジオと中継する凄まじい回となる。このように、まったく異なる状況を作り出しても、再現ドラマにはならず、撮影しながら作り上げていくドキュメンタリー性が失われないように工夫されている。

 こうした自由奔放な作りでありながら、番組全体のバランスが崩れなかったのは、中心人物である伊丹十三が、原作に寄り添うことを心がけたからだ。ドラマ版に岩倉具視役で出演した伊丹は、ドキュメンタリー版ではレポーターだけではなく、企画段階から携わり、構成、演出、出演も兼ねている。
 伊丹は、番組開始時には既に亡くなっていた大佛の意志を尊重し、撮影にも原作を持ち歩いたという。第1回の冒頭には、大佛の言葉――「テレビの一番本質的な力はなまの真実を伝える事であります。(略)私は『天皇の世紀』のテレビ映画をなるべくドキュメンタリーの方向に持っていっていただきたいとお願いしました」が流れ、自宅の仕事部屋を伊丹が訪問する。そして最終回の「(26)絶筆」では、雪のなかで原作の最終章を伊丹がひたすら読むだけという、原作の活字へのリスペクトを映像でどう映し出すかを追求した回になっている。

 後に映画監督デビューする伊丹が、それに先立つ十年前、本シリーズの「(23)廃佛毀釈」では監督にも挑んでいる。これは『マルサの女2』でも描いた〈日本人と宗教〉という問題に切り込んだ伊丹らしい作品で、伊丹映画が、〈日本人と儀式〉〈日本人と食〉〈日本人と金〉といった日本人論を展開させていたことを思えば、ここに原点を見つけることも可能だろう。
 テレビマンユニオンで若き日より伊丹と仕事をともにしてきた浦谷年良氏(『伊丹十三の「タンポポ」撮影日記』演出)に、本作について訊ねたことがある。

――『天皇の世紀』には、伊丹さんが演出した回(『廃仏毀釈』)がありますね。浦谷さんからご覧になって、ドキュメンタリー演出家として特色は感じますか?
浦谷  彼が12歳の時に『廃仏毀釈』と同じような事態(終戦)があったわけですよね。そのことが彼の生涯のテーマになっていたから、あのネタを選んだ。番組のラストで伊丹さんが喋っているのは伊丹万作さんのお墓の前なんです。実に自分の体験に根ざしているんですよ。

『映画秘宝 2013年4月号』


 伊丹がレポーターの枠を超えて『天皇の世紀』へ熱心に携わったのは、〈日本人がいかに歴史から学ばなかった〉かを、自らの体験も踏まえて、現代と鮮やかに対比させることで実証してみせることにあったのではないか。



初出『映画秘宝EXモーレツ!  アナーキーテレビ伝説』に加筆修正

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映画監督伊丹十三とは何者だったのか? 伊丹十三と伊丹映画を、13本の記事と4本のコラムをもとに再発見する特集です。

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