結婚は権利か取引か競争 真理が自由 犯罪と擁護 反発心の正体 パウロ汚点リスト 復讐企業
1、自由と結婚
自由は神のモノ。
神以外の自由はサタンの罠である。
神の真理を知れば自由になる。
サタン側が神を隠したから、人々は真理と自由が判らなくなった。
そのため、代償行為として科学や自由権を求めた。
しかし、代償行為だから、満足できなくて、一生、苦しむ事になる。
これが数千数万あるサタンの罠である。
偽物の科学真理と自由権で足踏みして、本当の心理と自由が手に入らなくて、地獄へ落ちる。
地獄へ道連れにするのがサタンの目的である。
結婚の自由もサタン側の策略である。
聖書の結婚は、父親同士で決める。
性格は父親から遺伝するから、気の合う父親同士で決めた方が子供同士の性格も合うから、幸せに成れる。
少なくとも不幸になり辛い。
また、不満があれば父親に言えば良い。
自分で選んだから文句が言えないと泣き寝入りする必要はない。
自分で結婚相手を選んで、結婚生活に苦労するのは、結婚を選ぶのは自由だと騙されているからだ。
自分で選んだから文句が言えないため、失敗が判り辛い。
匿名のアンケートでも本音が判らない。
責任感がある人は匿名でも文句を言わないし、無責任な人間は自分が悪いのに相手が悪いと言い張るからデータの信憑性がない。
自由は神以外にないのを知らないから、自由に結婚相手を選んで不幸になる。
自分で選ぶ人と、父親同士で気の合う子供同士で結婚するのを、両方が存在して、ようやく比較できる。
ただし、自分で選んだ方は、自分で選んだから、自分の目は節穴だと認めたくなくて、不幸だと言えない危険性があるから、データの比較が難しくなる。
比較対象が無いのに、それが良い制度かどうかなんて、確認のしようがない。
だから、神の信者は、神の言うとおりに、父親同士で結婚相手を決めるやり方に従うのが、天の父の言うとおりに生きる事に繋がる。
父親の言う相手と結婚すれば、天の父の言うとおりに従った事になるから、天国へ入れる。
この世の結婚相手に不満があっても、むしろ不満があっても我慢するからこそ、天の父に従った証拠になる。
もし、満足できる結婚相手だったら、天の父に従った証拠にならず、単に自分が気に入った相手と結婚しただけだろうが、となってしまう。
選択する権利を持つ人が少数だから、選択の権利が成立する。
選択する権利を全員が持っていたら、選択の権利ではなく競争になる。
権利は、権利の無い人が存在するから、権利として成立する。
全員に権利があったら、それは権利ではあるけれど、権利というよりもシステム・ルールに近いモノがある。
民主主義は捏造だし、民主主義の多数決なんて、投票の権利というよりも、多数派に損失補填をさせるための儀式みたいなところがある。
結婚相手を選ぶ権利も、権利というよりも「自分で選んだから文句を言うな」という泣き寝入りさせてシワ寄せするための口実システム・シワ寄せシステム・泣き寝入りルール・言論封殺システムみたいなところがある。
中途半端に有利な人間は、真実に気付かない。
有利だから、本質に気付く必要もないし、気付いても黙る。
依怙贔屓で有利になっている人間は、依怙贔屓だと言わないで、公平な条件だと言い張る。結局、そういう中途半端な人ほど不幸になるけど。
公正性のない人間は、結婚生活で不幸になりやすい。
公正性を持つのは、自分のためである。
公正性が無いと、自分が依怙贔屓されていない状況に不満を感じやすくて、満足を知らず、常に不満を抱くから、不幸を感じやすい。
結婚生活でも公正性が無いと、自分が依怙贔屓されない状況で怒りを感じて、夫婦関係が険悪化して破綻する。
新婚なら互いに依怙贔屓するから満足できても、飽きてくると依怙贔屓し合わないから、贔屓されなくて不満が爆発する。
競走を権利と誤認しているから、苦しむ。
自由と思っている事でも、実際はかなり制限がある。
選択権が成立するには、商品で言えば、質と量と数が無限に存在する必要がある。
しかし、結婚相手は、質と量と数が無限に存在しない。
商品なら、原理的に、質と量と数を無限に作る事は可能である。作るかどうかはともかくとして。
結婚は、相手にも選ぶ権利があるから、権利ではなく取引になる。
また、自分の性の側にも、競争相手が存在するから、選ぶ権利ではなくて競争である。
中途半端に有利な人間は不幸になりやすい。
中途半端な人間は数が多いから、サンプルが多いため、騙すノウハウが蓄積されやすい。
極端な人間は、サンプルが少ないし、どういう動きをするか判らない。
サタン側は、サンプルの多い人間を先に騙して、多数派を悪用して少数派の極端な人間を洗脳しようと策略を考える。
憲法で結婚の自由を保障しているのは、政府が結婚を強制しないだけ。
結局、憲法もサタンの捏造である。
神が人々を守っているけど、人々がその事実に気付くと、神に立ち帰るから、サタン側が人々を地獄へ道連れにできなくなる。
だから、神が人々を守っていると気付かせないために、憲法を捏造して、憲法が人々を守っていると洗脳して、神の加護に気付かないようにする。
2、要求
結婚に10個も20個も条件を要求する人は、家の中を戦場にしたいのだろうか。
休まらないだろう。
結婚を社会的地位のステップアップと思っているのだろうか。
自分で選んだところで上に書いたように負担が大きいだけ。
そんなモノよりも、天国へ入るための修行の一つだと思って、父親同士で結婚相手を決めればいい。
もしくは、結婚しないか。
父親が当てにならないなら、自分で相手の父親と話し合って決めればいい。相手の父親と話し合って気が合えば、子供とも気が合うモノだ。
相手の父親と話をするなら、情欲で惑わされる事もない。
3、自由を保障する理由
自由は神の真理を知った人だけが得られるモノである。
色んな自由は、全てサタンの罠だと思った方がいい。
言論の自由。移住の自由。結婚の自由。
身体の自由も罠だ。神の信者は、鞭打ち・投獄されても、絶対にサタン側には従わない。
信者が死んだら、困るのはサタン側だけである。信者は殉教で天国へ入るけど、信者が居なくなるとこの世はソドムとゴモラのように亡ぼされる。
そして、サタン側は地獄へ落ちて、焼かれ続けるか、魂を消される。
だから、サタン側は、信者の身体を拘束したくないから、身体の自由を保障するように格好を付けて、拘束しない口実にしている。
神の信者は身体拘束しても従わないから、死刑にしないとメンツが立たないため、死刑にしないといけなくなるから、サタン側も絶対に拘束や死刑にするのは嫌なのである。
4、色んな犯罪者について
犯罪芸人や擁護者は、自分の都合で出たり逃げたりすると大衆は激怒して排除される。
大衆に気に入られたいなら、大衆の都合に合わせる必要がある。
聖書の信者は、世を相手はならないから、大衆には迎合しないけど。
ゲリラ的にネットへ投稿したり、都合が悪くなるとダンマリになるような奴らが身内に居ると、擁護されてる犯罪芸人まで世間に嫌われる。
犯罪芸人みたいに、自分の都合で、でしゃばったり逃亡するような奴は、排除される。
その犯罪芸人を擁護する連中も似たような言動をするから、余計に犯罪芸人が排除される。
自分探しをバカにする犯罪タレントに対して「お前の場合、少しは自分の犯罪人生を見つめ直した方がいい」と言いたい。
自分探しを一ミリもしないでバカにするから犯罪をしてしまうのだろうか。
どんな人でも、少しは自分の人生について考えるのに、一ミリも考えないのだから犯罪をするのだろう。
一ミリも考えなくても毎日が贅沢三昧だから、犯罪してしまうのだろう。
犯罪スポーツ選手を擁護する性格をしていると、まともな人たちから排除されて、ブラック企業に使い潰される人生になり、精神的に破綻する。
こういうのを自業自得というのだろう。
犯罪したスポーツ選手も悪いし、変なタイミングで書き立てた方も悪い、という両方とも悪いで済む話なのに、スポーツ選手を異常に擁護して、もう片方を異常に貶めるから、まともな人たちから追放される。
こういう社会的なバランス感覚が無い人間は、精神のバランス感覚も欠落しているから、精神病になる。
5、偽預言者とは
偽装キリスト教団が偽預言者というのは判る。
偽装キリスト教系ではないカルトは、偽預言者なのだろうか。それとも、そういう連中は、悪魔崇拝集団と呼べばいいのか。
6、服装
聖書の服装で、間違えた書き方をしたかもしれないから、一応、書き直す。
ヨセフの晴れ着は裾が長いのに、袖と書いたかもしれない。
男の晴れ着は裾が長いなら、晴れ着ではない普段着は裾が短いのだろう。
女の晴れ着は袖が長いから、結婚した後は袖が短い留め袖になる。
男の普段着は、膝あたりに布地がくる格好なのだろうか。
7、パウロに嫌がらせ
偽パウロ教団は、パウロが嫌いなのだろう。
パウロを聖人化で持ち上げてチヤホヤされるようにしたのに、本当にチヤホヤされると妬んで、パウロの恥を世界に晒す。
パウロの手紙をそのまま出して、全く修正しない。もしかしたら、嫌がらせで悪い加筆をしているかもしれない。パウロの手紙を神が聖書指定はしていない場合の話だけど。
そもそも、パウロの手紙だけ聖書に入れないで、入団者に対して秘密裏に改編した内容を読ませるだけでいいだろう。
俺は過去に何十か所もパウロのダメな部分を指摘した。しかし、パウロが聖人化されなければ、ここまでダメ出しをしていない。タダの信者のままなら「そういう人間もいるよね」で済んだ話である。
パウロの手紙が聖書に入るのはともかく、パウロを聖人指定するのは偽装キリスト教団の悪意で余計だ。
聖人化されているから、徹底的にダメなところを指摘する必要がある。
もし、指摘しないと、騙される人が続出するからだ。
パウロを偶像崇拝する人が居るから、仕方なくパウロの悪いところを指摘しないといけなくなる。偶像崇拝する人がパウロを悪く言う原因になっている。
聖人化なんかするから、パウロが恥を晒す事になる。
パウロが悪い部分と、偽パウロ教団が悪い部分は、区別する必要がある。
偽パウロ教団の偽装キリスト教団は、パウロを妬んでいるから、パウロに対して判り辛いような嫌がらせをする。聖人化も嫌がらせだろう。
人々を地獄へ道連れにする道具としてパウロを悪用する偽装キリスト教団。
ある程度、聖書を読み込める人間なら、パウロがダメ人間だと判るように、パウロのダメな証拠を聖書や手紙に残したままにする。
なぜ、そんな証拠を残すのか。それは、パウロを妬んでいるから、パウロがダメ人間だと知らせたいからだ。
自分たちでパウロを持ち上げておきながら、実際にチヤホヤされると妬んで恥を暴露する。
やれと言っておきながら、実際にやって美味しい思いをすると妬んで嫌がらせをするのは、サタン側なら平然とする。
やれと唆しておきながら、成功すると妬むけど、失敗すると侮辱する。
こういう性根の悪い人間が居るだろう。
サタン側は、そういう性根の悪い人間の集まりだから、こういう嫌がらせを集団で平然とやる。
パウロのダメな部分は2023年4月22日から投稿を始めている。
上の投稿以降は、
「パウロ まいやす」の新着の記事一覧|note ――つくる、つながる、とどける。
この検索で、とりあえず全部は見れると思う。
自分で検索してみたら、何十の投稿が出てきたから、読むのは大変だと思うから、適当に2つ3つ読めば、パウロのダメな人間なのは、だいたい判ると思う。
何十の投稿の中でも言ったけど、パウロが悪い部分と、パウロ以外が悪い部分は、区別する必要がある。
パウロ本人が悪い割合は2割ぐらいだろう。8割は、パウロを悪用したり、偶像崇拝する人たちが悪い。
8、反発心の原因
神の教えに反発するような思考回路を人々に植え付けるのがサタン側である。
俺も聖書を読んでいると、色々と反発心が沸いたけど、全てサタン側が植え付けた悪心である。
社会の隅々まで権力を握っているのがサタン側だから、学校やマスコミも支配して、そういう悪心を洗脳しているのだろう。
毒親も俺の性格が悪いとか言うけど、お前が育てたのだろうが、という視点が毒親には欠落している。
毒親もサタン側も、こういう自分の所業を棚に上げて他人に難癖を付ける。
こういう自己中な奴から離れないと、反発心が沸く。
自分の事を棚に上げる奴が偉そうにしているから、反発心が沸く。
反発心を本来の怒りの対象である毒親に向けないで、反発心を別のところで発散させようとするから、天の主に対して反発するようになる。
反発心の原因の毒親を捨てなければならない。
心理学で言う所の「置き換え」というモノだ。
家族を捨てろと聖書に書いてある。
9、チャンスを自分で潰す
聖書に基づいて毒親の悪行を糾弾した時に、毒親は反省しないで、逆上して縁切りしてきたから、もう連絡が付かない。
悪行を糾弾されて逆切れする奴は、もっと反省しやすい言い方とか譲歩を要求してくるから、一生、反省できない。
糾弾された時に反省しないと、ドンドン反省が難しい立場へ追い込まれる。
逆切れしても相手の対応が甘くなる事はない。むしろ厳しくなる。
内密に糾弾された時に反省しないと、悪行を公表されてしまう。
反省のチャンスを自分で潰すと、反省するのが難しくなる。
10、国家主義は罠
土地を私物だと思うのもサタンの罠である。
この世は天の主が創造したから、全てが神のモノである。
サタンは権力と繁栄を与える権限を神から与えられた。
だから、人間がこの世の何かを私物化できない。
それなのに、土地を私物化できるみたいな錯覚になるのは、サタン側が人間を増長させて、神に立ち帰らないように洗脳するためだ。
日本人の土地とか、得体の知れない思考回路を植え付けられて、土地は神のモノという価値観が思考回路に入らないように、サタン側が洗脳した。
国家主義で洗脳して、神に立ち帰らないように仕向けるサタン側。
サタン側の罠は、何千何万とあるから、国家主義と土地の私物化も罠の一つである。
サタン国家同士で領土の奪い合いをしているように見せかけたら、人々は土地が奪われると錯覚して、自分を守るために国家主義に傾倒する。
日本のためとか、日本を守るとか言っている奴らは、サタン側の操り人形である。本人が気づいているかどうかは知らないけど。
11、企業の恨み
障碍者の中でも自己中な奴が、企業を謝罪させていい気になっているみたいだけど、企業というのは永遠に恨んで復讐するから、人生が破滅する。
とある大企業は銀行を何十年も恨み続けている。
銀行が相手でも何十年も恨むのだから、個人相手なら絶対に復讐する。
大企業に恨まれた個人なんか、まともな神経をしている人なら離れる。
残るのは異常人格だけだから、余計に破綻が早まる。
神は個人に恨むなとは言っているけど、企業などの法人に恨みを忘れろと言っているかどうかは判らない。
判らないけど、個人としては恨んではいけないけど、代わりに法人として裏目という意味かもしれない。
友のために命を投げ出すのが尊いと聖書にあるから、友である同僚のために戦うのが尊いという意味かもしれない。
企業は、企む業と書いて企業だから、復讐を企むのも業務の一つかもしれない。
12、エセ祝福
大臣が外国人に祝福しているけど、地獄へ落ちる。
祝福が通用するのは、敬虔な信者に対してだけだ。
偽ユダヤの現イスラエルではない、古代イスラエルの敬虔なイスラエル人に対して、異邦人が祝福する時だけが、他人に対する祝福が通用する要件である。神による祝福は例外。
敬虔ではない非信者に対して祝福すると、祝福する方は地獄へ落ちるし、祝福された方も地獄へ落ちる。
後で反省して、天の主へ立ち帰れば赦されるだろうけど。
地獄へ落ちろと嫌がらせされているのに、気付かないのだろうか。
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