見出し画像

就活して内定0だった男の進学後、修士論文のテーマは「ガンダム」で、修士はマスターだから、ガンダムマスターなのかも知れない話。

就活は全く失敗した。面白いくらいに失敗した。内定したのは、まさかの0。

もう今からしたら笑い話になるかも知れないけど、あの当時は全く笑い話にならなかった。焦りだけあった。劣等感だけを抱えたまま、いろんなことを鑑みた結果、大学院に進むことにした。もちろん研究が主だということよりも、まず進学するという手段のほうが先にあった。

ちょうどその当時世界中の誰とでも6人を介せばつながるというスモールネットワーク理論に興味を持ち、それを研究テーマにしようと思っていた。もしそのままそれを通していれば、よりSNSに対する感受性は最初から高まっていたかも知れない。

結局紆余曲折があり、最後まで頭を悩ますことになる「ガンダム・サーガ」を題材にすることになる。本当に最後まで難儀することになった。

大学院受験の入試。教授らとの面接の際ちょっとした嫌なことがあった。その教授は喜色満面の笑みでこういった趣旨のことを言った。曰く「きみの英語の成績は下から二番目だね」と。別にその場で言わなくてもいいことを言ったその人の言葉を一生忘れることはないと誓った。

大学院時代は大学院進学と同じ時期に赴任してきた恩師との出会いが大きく、本当に進学して良かったと思うぐらいいろんなことを吸収することが出来た。実は大学院進学を決めた後からシナリオ・センターにも通い始めていた(最終的には作家集団まで在籍)。

修士論文は大変だった。当時放映中だった「機動戦士ガンダムSEED DESTINY」までの全てのシリーズをほぼ分析するという今考えてもアンタッチャブルなことをやっていた。だからM2の中間発表まで骨子となる分析マップが出来ずにおり、まだ1万字程度しか書けていなかった。

追い込まれてからようやく本領発揮となり、分析マップの方向性が固まってからはエンジンがフルスロットルになった。進学する一番の理由だった就職も何とか叶った。(これも後々いろいろあるのだけれど、その当時は知る由もなく)

フルスロットル後、11月から1月の提出する日までのあいだに12万字ほど書いた。自分でもそんなに書こうとは思わず、単純に内容を終わらせるために必要だった文字数が13万字もあったのだった。

こうして修士論文「物語・社会構造から読み解くガンダムの象徴性」は出来上がった。本当にぎりぎりで知恵熱を出るまで追い込まれた。締切の日の朝、徹夜をしてあんなに早くめざましテレビが始まる朝を迎えたのも始めてだった。

そして口頭試問の時期。前の順番の子が若干半泣きで戻ってきたときは、少々焦りを覚えたのだけれど、必要枚数の2倍以上も書いていたので、少々余裕も反面あった。

肝心の口頭試問はほっとんどの先生は何も苦言を呈することもなく、恩師のアシストもあり半ば懇親会のように和やかに進んだ。

そして、冒頭進学前に喜色満面の顔をした初老の教授が口を開く。

「この歳で初めてガンダムというものを見たけれど、いやーあれは面白いものだね」

その一言で、僕は勝った。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?