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足し算と引き算

いまここで書いている文章は、「足し算」。こっからどんどん新しい言葉を紡いでいかなければいけない。何もないところから組み立てていく感覚。頭から溢れ出るものを作っていく。

逆に日々作っている十中八九の記事は基本的には「引き算」。どれだけシンプルにできるか。シンプルだけど芯の強いものにしないといけない。ただ自分の文章ではないのがミソで、どれだけ話者らしいものをそこに表現することが出来るのか。それが「引き算」をしつつ大事にしなければいけない。

その感覚は会社の本業である「リノベーション」にも似ているのかも知れない。リノベーションですぐ思い浮かべがちなイメージは、フルスケルトンの箱に「足し算」で新しい空間を彩るようなイメージ。このイメージしがちなものは、ある面では正解なのかも知れない。でも本当はそうではないのだ。

なぜか、それは実はリノベーションは「引き算」だからだ。削ぎ落とすという行為こそが「リノベーション」では重要な要素になってくる。

人はわがままな生き物だから、あれもしたい、これもしたいになりがちだ。それを全部叶えようとしたらどうだろう。もはや予算がいくらあっても足りないということになる。そのフルにやりたいことを削り、予算と折り合いをつけ、かつ自分たちが住みたい空間を実現するのが、本来的なリノベーションだと考えられる。

ここでややこしくするのは、リノベ済住宅というものになる。既に住む前からリノベーションされた住宅。それはリノベーションされた空間ではあるけれど、リノベーション住宅ではない。住む人の意思がそこにはない。売る側の意思が反映されている。つまり流行りのワード感で作られたものであるだけでしかない。でも結局上辺だけで良い人たちはそこに群がる。物悲しさしかない。

ここ数ヶ月の話もそうだけど、上辺だけのものに右往左往するのはどうなんだろう。それについては何回か前のnoteにも書いてみた。

だからいっけん「足し算」だと思われるもの、実は「引き算」が大事だったりする。でも人は「引き算」をすることが苦手だ。家にあるものはどんどん片付かなくなってくる。ただ自分の経験則から考えると、いろんな事象をジブンゴトに出来れば出来るほど、意外とシンプルに考えられるようになってくる。そんな思考の「引き算」を今後も心がけていきたい。

情報も許容できるキャパを越えて溢れ過ぎている。だから取捨選択する「引き算」の重要性を僕らはもっと考えていかないといけない。

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