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冬の夜の芭蕉【その3】。『寒夜の辞(かんやのじ)』現代語訳

3回目は、『寒夜の辞』をご紹介します。天和3年(1681)の作ですので、以前ご紹介した2作より5年ほど前のものです。

この前年(天和2年)の冬に、芭蕉は江戸の市中から深川に移り、詩人としての歩みを本格的に始めました。
この『寒夜の辞』発表の年には、弟子から芭蕉(植物)を贈られて気に入り、「芭蕉」という俳号を使うようになりました。

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深川三股(みつまた・隅田川と小名木川の合流地点を指す地名)のそばの草庵でもの静かに暮らし、遠くは富士の峰に積もる雪を望み、近くは長い旅をする船が川に浮かんでいるのが見られる。明け方には漕ぎゆく船がたてる白波のはかなさに無常観をおぼえる。そして、春なんて夢だとでもいうように蘆の枯葉に冬の風が吹くが、夕暮れもようやく過ぎたころには、月に向かって座っては空の酒樽を嘆き、寝ては薄い布団に悲しい思いになるのである。

〈艪の声波を打つて腸氷る夜や涙〉 ろのこえなみをうってはらわたこおるよやなみだ
(船の艪が波をたたく音が聞こえ、はらわたが氷るほどの寒い夜には、無常を感じ涙がこぼれてしまう)
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短い文章ですが、杜甫(唐の詩人)・満誓(まんせい・奈良時代の僧・歌人)・西行(平安末~鎌倉初期の僧・歌人)・李白(唐の詩人)といった先輩詩人の作を踏まえたと考えられる表現になっていて(詳細は省略します)、自身の俳句を過去の優れた歌や詩に並ぶものにしようという芭蕉の意気込みが感じられるようです。

最後の句は相当字余りですが、〈波打つ艪〉などとしなかったのは、意図があってのことでしょう。

(本文は『松尾芭蕉集2(新編日本古典文学全集71)』小学館1997を使用し、句は読みやすいように表記を一部改めています。また現代語訳は独自のものですが、訳すにあたって同書および『芭蕉文集(新潮日本古典集成新装版)』新潮社2019の訳注を参考にさせていただきました。記して感謝申し上げます)


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