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歴史と黒歴史は紙一重|庵野秀明展

まず初めに大変失礼なことを申し上げると、私は最近まで日本の「ロボットアニメ」の見分けが付きませんでした。ガンダム、マクロス、アクエリオン、エヴァンゲリオン…さして興味を持ったことのなかったジャンルでしたので、中高年が、最近の若いアイドルはみんな顔が一緒に見える!と言うのと一緒で、みんな同じ顔に見えていたのです。

そんな私が、近所の美術館で庵野秀明展というものをやっているらしいから、せっかくならば足を運ぼう。庵野作品はシン・ゴジラしか観たことがなかったので、せっかくなら楽しみたいし、もう少し知識は入れておこうと、エヴァンゲリオンのアニメ、映画(序、破、Q)を一通り観て、予習してから足を運んだ展覧会レポです。

写真は全て撮影可の部分のみ撮影しています。
ネタバレ等ご注意ください。
また、知識不足・間違い等ありましたらご容赦ください。


原点、或いは呪縛

展示はまず、のちの偉大なアニメーター・監督となる原点を形作った、幼少期の庵野少年が魅せられた特撮、アニメなどから始まった。

ウルトラマンや仮面ライダーが活躍し、新たな撮影技法・表現技法が試行錯誤の中で生み出されていく、まさに特撮の黎明期。私でも、円谷英二や石ノ森章太郎の名前は知っているし、以前、円谷英二の伝記を読んだ際に、特撮の撮影方法の工夫を知って感服させられた(長くなるので内容は割愛)。真面目どころか頭が固すぎて、漫画本の読み方がわからない私の父(58歳)ですら、仮面ライダーに好きなキャラがいたそうだ。この時代に生まれた少年たちは、庵野秀明に限らず、特撮に心を奪われ、熱狂したに違いない。この第一展示室が「原点、或いは呪縛」と題されていたことに示されているが、特撮は庵野秀明の心を鷲掴みにして、一生離さないのである。

本当に小さい頃にしか特撮を見ていなかったという父。それでもちゃんと覚えているあたり、やはり特撮のインパクトは大きかったのだろう。

歴史と黒歴史は紙一重

アニメ、特撮にすっかり魅入った庵野少年の中学〜高校時代のスケッチブックも展示されていた。アニメキャラの顔がいくつも描かれていたり、同人漫画が描かれていたり。どれもやはり絵として上手で、とても中高生が描いたものとは思えなかった。しかし、小中学生の絵によく見られる、得意な方向の顔しか描かない現象が垣間見えた点では、子供らしさを感じて、少し安心した。お絵描きする人なら誰でも通る道なのだ。

高校〜大学時代に撮影したという、自主制作の特撮映像も放映されていた。
自分と友人でそれぞれの役を演じ、爆発やビーム攻撃は、映像の上に手描きで加筆されていたり、別の紙に描いたコマ送りのエフェクトを切り抜いて、映像の上に重ね、パラパラマンガの要領で動かしていたりしたのだろうか。とにかく、自分が今できる技術と知恵をフルに活用しながら、少しでもリアリティある映像に近づけようとする果てしない執念を感じた。

これらは、庵野少年が後世で偉大になったからこそ、貴重な歴史的展示品として意味を持っているが、どこかで仮に、彼がこの道を諦めていたりなんかしたら、その瞬間に全て黒歴史に成り果てていただろう。歴史と黒歴史は紙一重なのだな、と思いながら、一緒に来ていた友人Fちゃんと共に、私たちの昔のスケブなんか晒せないよね…と震えていた。

数々の作品と、代表作エヴァンゲリオン

アニメーターとして活躍した作品の展示室に足を踏み入れると、ふしぎの海のナディア、風の谷のナウシカ等、様々な作品に参加していたことを知る。が、展示の多くを占めるのは、やはり彼の代表作、新世紀エヴァンゲリオンであった。カラーリング案、タイトル候補など、様々な案があったようで、企画書には仮題とともに、他の候補が幾つもメモされていた。でもやっぱりエヴァンゲリオンという名前が一番しっくりくるし、かっこいい気がする。

タイトル候補がいくつもメモされている。キャラデザも決定版とは若干異なる

エヴァンゲリオンは、人間が操作するロボットではなく、人間とシンクロして動く外部装甲型の人造人間である。これもアニメをを見るまで知らなかったが、実際、ロボットではない人間らしい動きや、血を流しながらも戦う様子、感情を露わにして暴れる様子などから、アニメを見ているうちに、これはロボットではないのだな、と直感的に理解することができた。

展示されていたエヴァの設定資料を見て、人間らしく見せるための様々な細かい指定が随所に隠されていることを知った。人間の骨格を元にデザインされているとか、関節の可動域を人間同様にするために、腕や胸板がロボットに比べて華奢になっているとか、それがより人間らしく見える理由かー!と納得させられた。
他にも、オープニング映像と共にそのシーンの絵コンテが展示されており、見比べながら楽しむことができた。作品に対する細かな作りこみがわかりやすく展示されているので、私のように浅い知識だけで臨んだ人でも十分に楽しむことができた。

周りのメモが面白いので拡大してみてほしい
OPの歌詞に合わせて切り替わる画面が細かく指定されている

特撮への原点回帰

近年、庵野はシン・仮面ライダーやシン・ウルトラマン等、特撮映画のリバイバル作品の監督を務めている。幼少期に自分が憧れたヒーローを自分の手で動かすことができるなんて、筆舌に尽くし難い喜びかと思いきや、庵野は最初その提案に消極的だったそうだ。しかし、特撮への恩返しだと思ってやってみたらどうだ、という助言に後押しされて、メガホンを取ったとのこと(やはり特撮の呪縛からは逃れられなかったのだ)。
私はそのうちシン・ゴジラしか観ていないが、悲壮感漂う音楽と共にゴジラが東京を壊滅させるシーン(いわゆる、内閣総辞職ビームが放たれるところ)は観ていて絶望を感じた。エヴァにも見られる、こうした透き通った悲壮感が漂う音楽×暴力的な破壊シーンの組み合わせは、命の儚さやちっぽけさ、起こっていることの残酷さを強調させる、秀逸な表現技法だと思う。この技法をうまく使いこなし、さらに現代社会に対する皮肉まで効かせた作品としてまとまったシン・ゴジラは、普段映画に興味がない私でも何回も見返してしまうくらい面白い。

シン・ゴジラの各形態の模型と、尻尾の先端(右端)。映画の最後で出て来たやつだ!!

特撮に魅せられた人間は、やはり特撮における魅せ方を熟知しているのだな、ということを、展示を通して思い知らされた。
他のシン・シリーズが気になって仕方ないので、近いうちに観てみようと思う。


おわりに

手がけてきた作品の数が多いだけではなく、それぞれに対する熱量もすごい。そんな彼の世界は、(当たり前だが)展示されたものを数時間眺めるだけでは、知り尽くすことができない。

思うに、彼は愛ゆえにその道をとことん極め尽くしたオタクなのだろう。オタクが好きなものに対して注ぐエネルギーは底知れない。彼は、少年時代から現在に至るまで、特撮やアニメ、自分の好きな表現を追い求めるオタクであり続けている。
仮に、彼の熱意が途中で燃え尽きていたら、これら全てはこの世に存在しなかったんだ…と考えながら見ると、庵野秀明という大きな存在にただただ圧倒される。それほどまでにエネルギッシュな展示だった。
ちなみに、彼は風呂が嫌いで、長い時は約一年間も風呂に入らなかった時期があるらしい。やることがたくさんあるので風呂に入っている時間など無い、という理由ゆえの風呂嫌いだったそうだ。

私は、何かに熱中するオタクのことは、オタクというだけでは嫌いにならない。むしろ、好きなものに大きなエネルギーを費やすことのできるほどの愛に燃えていることについて、尊敬の念すらおぼえる。だがしかし、熱中するあまり、周りに迷惑をかけたり、自分の価値観を押し付けたりするような厄介なオタクは苦手だ。

庵野秀明のことは、監督として尊敬するし、功績も偉大だと思っている。やらなければならない作業も山積みだっただろう。エヴァンゲリオンも制作が追いつかない過密スケジュールだったそうだ。そりゃあ風呂に入れなくても仕方ない。
何か大きなものにエネルギーを注ぐとき、代わりに何か大きなものを捨てなければならないのだろう。

でも、できれば風呂には、風呂にだけは入ってほしい。
全国のオタクに告ぐ。


青森県立美術館での庵野秀明展は、2023年7月17日月曜日までとなっている。
皆様もぜひ、足を運んでみてほしい。
エネルギーに圧倒されること間違いなし!

外にあった大きな旗と一緒にパシャリ
庵野秀明のサインと一緒にパシャリ

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