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昨今のグローバル化には日本文化の深い理解が足りていない『菊と刀』◆読書メモ2019#10

今年は、読んだ本の感想を全てnoteにメモしていきます。
2019年10冊目は、ルース・ベネディクトの『菊と刀』です。

日米両国、およびその他の諸外国において、古典的な名著とされている日本文化論である。

太平洋戦争終戦の間際、米国内では、戦後の対日占領政策の立案が課題のひとつとしてあったが、
如何せん、日本人というのは、彼らにとって他のどんな国の人達と比べても不可解な国民であった。

そこで文化人類学者のルース・ベネディクトに白羽の矢が立ち、
国務省に提出された報告書が『Japanese Behavior Patterns』(日本人の行動パターン)であり、
これをベースにして執筆されたのが、1946年に出版された本書『The Chrysanthemum and the Sword ― Patterns of Japanese Culture』(菊と刀:日本文化の諸パターン)である。

したがって、その内容は非常に古いものである。
しかし、今だからこそ、読む価値のある一冊だと断言したい。

この本に書かれている内容には共感できる部分が多く、
同時に、我々日本人から見ても不可解な日本人の行動についても、深く鋭い考察がされており、なるほどと納得させられる場面も多くある。
出版から70年以上が経ち、様々な領域でグローバル化が進んでいる今でも、こういった感想を抱けるということは、
それだけ日本文化の本質的で普遍的なところまで理解されているということであろう。

文化とは、本来そういう普遍的な原点を持つものであって、
だからこそ、それは文化たりうるということなのかもしれない。


実は、著者は一度も日本に来たことがないままに、しかも比較的短期間でこれを書き上げている。
にも関わらず、これほどまでに深くて濃い考察を見せている点には驚きを隠せないが、もちろん、非の打ちどころが全くないというわけではない

ところどころに勘違いだと思われるような表現があり、
また、事実誤認ではないかと思われる解釈もゼロではないし、
複数の有識者から批判や反論がなされている箇所も少なくない。

しかし、それでもなお、今日までの70年間において『菊と刀』を超える日本文化論が登場していないという事実は、それがそのままこの本の持つ価値の高さを証明している。
本書を読んだことがある方であれば、これが決して大げさな評価ではないと賛同してくれるはずだ。


日本人を描写するために、「その反面……」という言い回しが数えきれないほど繰り返されてきた。世界中でこれほど頻繁にこのフレーズを適用された国民はない。
菊も刀も、同じ日本像の一部なのである。日本人は攻撃的であり、温和でもある。軍事を優先しつつ、同時に美も追及する。思い上がっていると同時に礼儀正しい。頑固でもあり、柔軟でもある。従順であると同時に、ぞんざいな扱いを受けると憤る。(後略)

これらの矛盾した行動こそが日本人の本質であるとベネディクトは述べている。
そして、これら数々の矛盾ゆえに、アメリカ人にとって日本人は理解不能かつ予測不能だったわけだ。
いかなる場面においても一貫して勇敢であるならば容易く理解できるものを、
ある場面では勇敢であり、また別の場面では小心でもあるのだから、どういう行動規範が働いているのか分からないと。

つまり、日本文化最大の特徴は、この「二元性」なのである。

日本人の二元性を理解する上で重要な鍵として、「恩」の存在が挙げられている。
アメリカには無いこの概念を英語で説明するのは、とても難しかっただろう。
この「恩」について書かれた章はとりわけ興味深い内容になっていて、自分としても新鮮な発見があった。
それについては、改めて別記事に書きたいと思う。

そして、この「恩を返す」、すなわち「義理を果たす」ということが、日本人にとっては至極大切なことであって、
この強制力として働いているのが「恥」なのである。

異なるさまざまな文化を対象とする人類学の研究においては、二種類の文化を区別することが重要である。一方は、恥を強力な支えとしている文化。他方は、罪を強力な支えとしている文化である。

『菊と刀』におけるもっとも重要な主張として挙げられるのが、この「恥の文化」と「罪の文化」の議論であろう。
この論に対しては様々な捉え方が見受けられるが、自分なりに噛み砕いて解釈するならば、
「恥の文化」は他人の目を、「罪の文化」は自分の目を行動の拘束力とする文化を指しているように思われる。

つまり、「恥の文化」に生きる我々にとっては、常に一貫した行動を取ることよりも、
「年齢相応の、また場面にふさわしい振る舞いをすること」によって「恥」を回避することの方が重要なのである。
だとすれば、時と場合に応じて日本人の行動が180度変わる点についても納得できる。


問題は、この『菊と刀』の主張がどれだけ正しいかということではない。
この本を通じて、我々自身が、日本文化に対してどれだけ真摯に向き合って理解しようと努めているかということを、問うてみる必要がある。

言うに及ばず、現代は急速にグローバル化が進んでいる。
ありとあらゆるヒト・モノ・コト・カネは、もはや国境を持たない。
しかし、我々の奥深い部分には、依然として根強く日本文化が存在している。

僕には、どうにも昨今のグローバル化が歪で表面的なものに見えるのだ。
移行の過渡期なのだから、当たり前のことかもしれない。
とはいえ、あまりにも自国の文化に対する理解が足りていないのではないか?
他国の良いものを取り入れるのはもちろん重要だが、他文化のものをそのまま形だけ移植しても、どこかに不具合が生じてしまう。

ではこちらの文化を変えるか?
確かにそうすべき部分もあるだろう。
しかし、「はい変えましょう」で簡単に変わりはしないのが文化というものだ。

今のままの構図でグローバル化を進めても、おそらく日本は勢いを取り戻すことはできないはずだ。

ならば、まずは耳を澄まし、観察し、理解するところから始めなければならないだろう。
その上で、何に重きを置き、何を残し、何を変化させるべきかを考える。
我々が『菊と刀』から学ぶべきは、この姿勢なのではないか。

タメになる度 :★★★★☆
文章の読み易さ:★★★☆☆
分かりやすさ :★★★★☆
総合オススメ度:★★★★★



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