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工藤吉生の『未来』の短歌

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歌誌『未来』に掲載された短歌のまとめ。2016年1月号から。彗星集。 投げ銭方式なので、無料ですべて読めます。
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#創作

おさまってない  ~「未来」2018年8月号掲載

おさまってない  ~「未来」2018年8月号掲載

「おさまってない」工藤吉生

ポケットにもぐって暖をとっていた両手おのずと出てくる春は

メニューとはちがう気がする春野菜パスタ見比べあきらめがつく

見本より色あせているパスタだが味はおおむね差し支えない

この人にも家族があるんだろうなあと想像させる顔の店員

無着色ながら真っ赤なケチャップをつけてポテトを無意識に食う

耐えているみたいな顔の男から目をそらす、また見る、耐えている

支払いを

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高速バスで東京へ【10首】

高速バスで東京へ【10首】

「高速バスで東京へ」

東京に向かって走るバスに乗る表彰されるために乗るバス

赤だけどわりと悠々渡ってるおとこ見下ろすバスの座席に

雨に濡れ乾いたままの窓ガラスを通して見える木々のざわめき

冬色の山をながめるこのバスの急カーブで落ちてくるリュックは

コンセントやトイレのついたバスもある話を聞いてからの無いバス

比較的若い男の多く乗る高速バスでふゆやまに雲

目の覚めるほどに真っ赤なトラッ

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レーズン岩

レーズン岩

税抜きにすれば安いが税込みになればそうでもない工藤です

なんのツボなのか忘れた親指と人さし指のあいだ揉みこむ

レーズンの埋まったパンはガキのころさわった岩を思い出させる

雑念というのはオレが普段から寝起きしているぬかるみのこと

木の棒につらぬかれてる塩辛いさかなも食べたお別れの会

文字だけでこんな光の感触を描けぬものかと思いつつ踏む

アンパンマンアンパンマンと呼ぶうちに泣き声になりエン

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パワーでかじる〈短歌9首〉

「パワーでかじる」

自転車を漕いでる足が二本ともはずかしくなるぴかぴかの朝

予報では雨だけれども降ってくる気がしない昼に青いガム踏む

ヘッドライトは二つの目だと思うとき肛門ふたつの生き物知らず

自動車の中に置かれたティッシュ箱にはなれないよオレは酔うから

小走りをやめてはじめてまたやめるおばあさんに何回も追いつく

ポスターに描かれた空き巣がどう見ても泉谷しげるだ春夏秋冬

ゆず・レモン

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ひしゃげた気分〈短歌10首〉

ひしゃげた気分〈短歌10首〉

「ひしゃげた気分」

バスケットボールを持たぬバスケットボール選手がレジを通った

記入済アンケート用紙が落ちている来店理由は「気分」だという

メーデーのシュプレヒコールはオレの行くほうへと同じ速さで動く

オレよりも微妙に遅い歩行者を追い抜くためのスピードアップ

イメージは実物よりもきれいだなひしゃげたえびフィレオで手を汚す

ポケットに手を入れている全身を入れられるならそうするだろう

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ウケる〈短歌10首〉

「ウケる」

地上から地下へと降りて電車に乗り地上へのぼれば目的地です

悲しみはリュックサックを背負うのか背負って昼の電車に乗るか

まるいベンチでみんなスマホをひからせて空から見れば一輪の花

コンビニでコピー機ごちょごちょやっている男を見たよ春の散歩道

「ウケる」って一度言われたそのことが思い出になり胸あたためる

神田川かと思ったら梅田川あなたは忘れてオレも忘れた


カーテンにまもら

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歯医者で読むアインシュタイン〈9首〉

歯医者で読むアインシュタイン〈9首〉

歯医者で読むアインシュタイン

歯の痛み十段階に分類し八で歯医者に電話をかける

伝記漫画「アインシュタイン」読んで待つ 赤子にアルベルトと名がついた

アルベルト・アインシュタイン「象はなぜジャンプできないの?」と父に問う

〈この恋は実りませんでした〉の文字と冬の枝から葉の落ちる絵と

アルベルトの結婚式の最中にオレの名前が遠く呼ばれた

真っ白な天井とライトのみによる視界閉ざして口あけている

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「未来」2017年3月号に載った短歌

「未来」2017年3月号に載った短歌

予備校をのぞいてみるに勉強に必要なのは白色である

右からはラ・カンパネラ左からラップ聴こえる日常の昼

出したくない四千円をさしだすと野口英世は同一の顔

ぶっ飛ばすとテッペイ君に言われたよ痛くないならぶっ飛びたいな

あきらかに・まぶたのつもりで・一匹の犬を・閉じてる人・おるよねえ

「いちご」って答えて急に恥ずかしくなった中学一年のころ

エスカレーターの手すりをむっと見ていると汚れがあって

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無音

無音

「無音」

登校の中学生がわめき立つ「今日って席替えじゃん!」そりゃいいな

うすあおく追いかける者逃げる者蝶の世界に食い逃げあるか

つらすぎて笑っちゃうよというふうに朝の車道を枯葉ふらつく

通販のサイト見ている妹の背中しなやかアニマルに似る

ケーキ屋のケーキをおいしく見せるのは下からの白い照明とみた

厨房から客の様子を知るための窓であろうかタオルが見える

スーパーを出れば夜空の冷え込み

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「未来」2017年1月号

ひとすじの飛行機雲がのびてゆき秋のあおぞら完全となる

警官が近づいてきてオレの持つ夢想とびちる日暮れの街に

暮れかけの芝生に犬と飼い主はとどまっている時間とともに

日の沈むほうへ歩いて太陽のスパートにあう 秋のはじまり

内側の疲れほぐしている道を簡易トイレは運ばれてゆく

帯分数は習う必要ないという意見も載ってこども新聞

光源のせいで三つの影を持つ自分に慣れて中年になる

メン子ちゃんゼリー

啜り終え午後の五月のメン子ちゃん透ける容器の凹凸ころぶ

複雑な遊びらしくて遠ざかるオレにこどもの声のくどくど

本物の道草だった男の子ふたりが草をちぎり駆け出す

すごろくで一回休みになった子の不満をオレはもう感じない

歯の抜ける夢はよく見るけど今朝のやつは三位以内に入る

からだには傷がないけどこころにはあると笑っているいつまでも

マネキンに並んで立ってみたオレのどうせおんなじだろって顔だ

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体でふさぐ

体でふさぐ

カーテンをズシャッとひらくああ朝のさえない霧のかかる五丁目

やらないでいるとますます先鋭になってゆくギャグ胸中のギャグ

宣伝のためのうちわが置いてある四月のくさい部屋に肘つく

どうしても言われたくない欠点を見ない見せない体でふさぐ

順調にかわいがってたはずの手に噛みつく猫のキバの見事さ


そうならんようにしねェと成り立たん。金の話だ、なくなるカネの

母親に無理にやらせたファミコンを思

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泉ヶ池

泉ヶ池

切実がオレには足りてなさそうだ体温38度の仮病

階段のとなりにエスカレーターがあって気楽ないきかた選ぶ

休館の図書館のぞくかたむいたオレを映すなこの窓ガラス

泉区の泉公園内にある泉ヶ池に今朝のしずまり

完全な敗北 ドバと広がった草のかたまりつい見てしまう


プレートに名前が書いてありまして「芝生広場」と呼べば正しい

東京に行って頑張りたいなどと聞こえるベンチにまどろんでゆく

風が出

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ヘナ

未来初掲載
掲載をまずよろこぶが読者にはこれがどう見えてるんだろうか

今うたに詠めば誌面に載るまでに消えていそうなベッキーのこと

本日のトイレのカレンダーは言う「逆境に耐えよ」ハイそうします

宮城県公安委員会指定奥羽自動車学校も朝

踏み切りの不協和音のほのぼのと響いて冬の自動車学校

点滅の青信号に止まろうとするオレ、突っ走ろうとする君

まどぎわの人形たちは一日中そとを見ている窓ガラス

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