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揺るぎなきアカウント【1ー3】

眞山はふと思った。これだけゲームマニアの神崎が、アプリゲームをしているところを見たことがない。それどころか、会話にすらアプリゲームの話題が出たことがない。
先程神崎の口から、アプリゲームの再ダウンロードという単語を聞いて、ドキッとしたくらいだ。

「そういや、神崎がアプリゲームをやっているの見たことねえな。やったりする?」
「少しならあるよ。まあでも、あまり性に合わないな。だいたいチュートリアルで激レアが手に入るようなのはちょっと・・・」
「なるほどね。俺はけっこうやってるよ。電車待ってる間とか、暇潰しにもなるし。それで、アプリゲームと裏ダンジョンが、どう関係あるの?」

神崎はテストプレイ中のゲームを一旦止めて、ノートパソコンのキーボードをカタカタと叩き出した。チェックかセーブか、なんらかの作業をして、小さく「よしっ」と呟いた。
「裏ダンジョンってのは、なんらかの条件、例えば通常のストーリーを全部クリアするとか、アイテムを揃えるとか、条件を満たすことでさらにお楽しみが増えるっていう、ユーザーの為に作られたものだ」
「・・・だよね」眞山は確認するように頷く。
「でもそれは、全てのユーザーの為ではない」
「全て・・・よくわかんねぇや」
「それじゃ、あるゲームを1万人が買って、その1万人全てが裏ダンジョンを楽しんでると思う?」
「ん?・・・そう言われると・・・どうだろ」神崎の言うことは、いちいち考えながら聞かないといけない。

「これはゲームに限ったことではないけど、ユーザーにも色々いる。とことんまでやり尽くして、コンプリートしないと気が済まない、極めるまでやるヘビー層。マニアってやつ。軽く楽しむ程度で、流行ってるからやってみよっかなくらいのライト層」
「・・・うん」眞山は自分はライトの方だと思った。
「ヘビーとライト。おそらく比率は9対1」
「9がヘビー?」
神崎は首を横に振った。
「1がヘビーだよ」
「えー?そんな少ない?」
「ああ・・・」
神崎はテーブルの横にある小さなケースから、CDを数枚取り出した。
「この俺が作ったゲームは、自分の好みがかなり入ってる。言えばマニア向けだ。残念ながらこんなゲームは売れない」
「そ、そんなことないと思うけど。いつも見てて面白そうだなって・・・」お世辞ではない。
「それは眞山がマニア寄りってことだと思うよ」
「そうなの?」
「ヘビーやライトの中にも幅広くある。ただ、俺の思うヘビー層は1割くらい」
たしかに、こんなゲーム部屋を作るような人は1割どころか、1厘もいない。

「つまり、その1割に売れるゲームを作っても赤字になる。だから幅広く売れるゲームを作らないといけない。世に出てる、特にアプリゲームのほとんどが、中間層に向けて作られている」
眞山も、ようやく神崎の言いたいことが理解できた。
「じゃあ、普通はライト層が楽しめるように作られて、それではもの足らなくなったヘビー層向けに、裏ダンジョンなんかを付け足したってことか」
「そういうこった。言い過ぎかもしれないけど、殆どのゲームユーザーは本当にゲームが好きではない」
たしかに神崎に比べたらそうなってしまうが・・・
「・・・ちょっと言い過ぎかな」
「だから前もって言い過ぎって言ったでしょ」
眞山は口を尖らせる神崎を見て、少し笑ってしまった。先程の少し悲しそうな表情は、世間とのゲームに対する思いの差だと感じた。

「しかしあれだな・・・不条理っていうか、本当にこだわったゲームは売れないってことだろ?簡単で分かりやすいゲームほど世に広まりやすい」
「マニアにだけ、逆にライトユーザーにだけ売れても割に合わない。だからどの層にでも、ある程度楽しめるように作る必要がある」
「手間暇かけて、こだわった分売れる訳じゃないんだな・・・なんかやってられないな・・・」

ゲームのほうは一段落ついたらしく、神崎は立ち上がりソファーに座った。
ソファーに腰かけた神崎は、両膝の上に両肘をついて、顔の前で手を組んだ。
「まあ、仕方ない。そういうもんだ」
「そういうもんって・・・」
「俺達だって、100円そこそこのカップラーメン食って満足している。本当にラーメンにこだわって商売してる人からしたら、1000円くらいのラーメンを店まで食べに来て欲しいはずだ」
「そう言われると・・・」
「ラーメンに限らず、全ての需要と供給バランスは、手間や思い入れと合致しない。ちなみに、眞山はラーメン好きか?」
「普通に好きだけど・・・」
「毎日朝昼晩ラーメンでもいいか?」
「それはちょっと・・・」
「毎週休日には、電車を乗り継いで旨いラーメンを食べに行くか?」
「そこまでは・・・」
「そこまでは?好き?では?」
眞山は降参したと手を上げた。
「わかったよ。そこまでラーメン好きじゃないよ。ゲームも、俺のラーメンくらいの感覚で好きな人がたくさんいるってことだろ」
神崎は冗談っぽく勝ち誇ったような笑みを浮かべ、眞山はその笑みに軽くツッコミを入れた。言いくるめられた形になったが、納得もしていた。
自分達がカップラーメンを食べているように、アプリゲームをしているほとんどの人が、手軽に遊べる方を選んでいる。
手軽さを求めるユーザーに、凝ったシステム、壮大なストーリー、裏ダンジョンなんて必要ない。

「ゲームにしろ、食にしろ、音楽にしろ、その経済を支えているのはライトユーザーだ・・・まあ、堅苦しい話はこれくらいにして、今日話したかったことなんだけど・・・」

神崎の表情が変わった。
悪く言えば何かを企んでいる顔だが、クールかつ自信に満ちた表情は、眞山を期待させた。

「今度のQゲーム。出ようと思う」


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