夏物語 川上未映子

『夏物語』という題名と表紙の装飾から、ちょっぴり切ない少女の恋か、ひと夏の淡い恋とか人々の行方の物語かと推測していたけれど、この作品が取り扱っている内容はディープで、第二部に入ると一筋縄ではいかない生と誕生についての物語へと内容がシフトしていく。
この本を手に取るきっかけは、Me-timeという雑誌のなかで江國香織がおすすめしていたからで、もう秋になってしまったが読み進めることにした。

人が生まれ、生活をやっていくことは、当たり前だけれど簡単なことばかりではなく、歳を重ねると、自分自身の中に芽生える感情や考え方や居場所が変わり、その中で様々なことに自然と巻き込まれ疲弊したり、ステップアップしていく場合もある。人の一生とか、そんなようなことを考えさせてくれる作品だった。

主人公の夏子は、大阪から東京へ上京し、作家を目指しながらアルバイトで食いつないでいる30歳。生活はギリギリといった風で、時折、自分の幼少時代を回顧し、懐かしみ、今は亡き母や祖母との思い出を胸の中の宝箱にしまっているようなところがある。そんな夏子の9個歳の離れた姉、巻子は大阪のスナックで働くシングルマザーで、緑子という12歳の娘がいる。
第一部では、過去と現在の姉妹の状況と、緑子という多感な時期にある娘の日記が織り交ざりながら物語が進んでいく。
大阪のスナック街に生まれ育ち、夜逃げや苦労していた母の姿や裕福ではなかったことが、確実に夏子に根付いていて、巻子が自分たちの母親と同じ行く末を辿っていることも少しだけ影を落としている。

第二部は物語は9年後になっていて、夏子は一応作家デビューを果たし、日々のコラムで生活を成り立たせることができていて、夢を叶えた形となっている。39歳という年齢になり、夏子の中に子供を持ちたいという母性?本能?が芽生え、それは徐々に現実味を帯びたものになっていく。
同じ作家でシングルマザーの遊佐との交流や、逢沢や善といった登場人物が夏子の思いを確信的なものにしていくし、遊佐の物言いが個人的には痛快で開けっ広げで好きな描写だった。

この作品は、関西弁の話し言葉で書かれている箇所も多く読みやすく、543ページというかなりの熱量で、登場人物が繊細にイメージしやすく書かれていた。
スナックで働いている情景や、大阪の飲み屋街の雰囲気や港が、その時代が鮮明でどこか切ない。そして、世の中にはまだまだ知らないことが沢山あって、大抵のことはこれから技術でどうにでもなっていくのかもしれない。

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