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【読書】心理学的経営(後編)

リクルートの創業メンバーの1人で適性検査SPIの開発者でもある大沢武志著の「心理学的経営」を読んだのでまとめておきます。

長くなってしまったので前編と後編にわけました。全編はこちら。


4.リーダーシップと管理能力

リーダーシップはこれまで心理学の領域でも古くから研究されてきました。はじめは、リーダーとなる人たちの間に共通した特性素養を見出そうとする特性論的なアプローチが主流でしたが、これについてはそういった共通の特性を見出すことは難しい結論付けられ、パーソナリティ特性とリーダーシップとの間には一貫した関係は見出されないとされています。

ただし、リーダーシップが発揮される状況をある程度絞り込んで他の職業や職務と同様に「管理職」という職務に適合する特性や資質要件を考えることは可能と考えられます。著者が行った大規模な実証研究によると、管理職に有効な性格因子は以下の4つだと考えられています。

①性格的強靭性…情緒的に強く安定している
②支配性…他者との関わりを積極的に持ち、統率する
③決断性…合理的・客観的な判断を好む
④社交性…人間関係へ気を配り円滑な適応を可能にする

また、効果的なリーダーシップを発揮しているリーダーの実際の行動に注目し、有効なリーダーシップの機能を明らかにしようとする機能的アプローチで研究が進められています。

リーダーシップの機能は、目標の達成に向けてメンバーに指示を出し監督する機能と人間関係に配慮して集団を維持する機能の大きく2つに分類されることが多く、この考え方はかなり普遍的だと言えます。三隅二不二のリーダーシップPM論が有名です。

著者がさらに行った研究によると、普遍的な2つの機能に加えてさらに2つの機能があり、以下の4つの機能があるとのことです。

①要望性…部下に指示を与えて、能力の発揮を促す
②共感性…部下の気持ちを受容し、良好な人間関係を維持する
③通意性…仕事を進めるうえで必要な情報を十分に提供する
④信頼性…能力や人間性において部下から信頼されるに値する

要望性はPM論の目標達成機能、共感性はPM論の集団維持機能にそれぞれ対応したものです。3つめの通意性は、どちらかというと目標達成機能に含まれる気がしますが、達成する目標が複雑化、高度化している昨今においては特に必要な情報を提供することの重要性が強調されているととらえました。
また、4つめの信頼性については集団維持機能に関連するように思います。人間関係に気を配るだけでなく、そもそも部下から人間性や業務遂行能力について信頼されていなければ、リーダーシップの基盤が揺らぎ集団をまとめることはできないと考えられます。

5.適性と人事

「適性」というテーマについても、産業心理学の分野では多くの研究がなされていました。個人間に差異として見いだされる様々な特性と、特定の職業や職務に求められる能力との間に関連性を見出していこうとするものです。

様々な特性の中で、職業上の能力に最も幅広く関連性が認められてきたのが「知能」です。アメリカでは知能に加えてそれ以外の能力も加え、職務分析によって細かく分類された職務にそれぞれどの能力が適しているかを検証することで「一般職業性適性検査(GATB)」というものが開発されています。

一方で、日本企業についてはこの考え方はあまりうまく活用できません。
標準的に分類された職務に応じて人を採用したり、配置したりするのではなく、人の能力や特性に応じて柔軟に仕事を与える日本企業においては、職務との対比によって適性を考える前に、人物を総合的に把握して人材の持つ可能性を多角的にとらえるアプローチが必要なのです。いわば、職務特性ではなく社員特性が問われることになります。

社員特性をとらえようとする際、筆者は評価の基準を以下の3つで表現しています。

①職務適応…課題遂行、問題解決の能力
②職場適応…対人的な適応能力、人間関係構築力
③自己適応…自己の価値基準に沿ってどの程度満足できているか

この3つめの自己適応という概念は、これまでの企業適性の考え方を大きく転換させる意味合いがあります。これまでは企業の側だけから見て、問題なく業務を遂行できること(職務適応)、組織の中でうまく関係性を築けること(職場適応)に2側面があれば十分と考えられてきましたが、個人の側に立ってその仕事をすることでどの程度情緒的満足感が得られるか、自己実現につながるかについても重視するということだからです。

昨今においては、個人の自律化志向が強まり個人が組織に隷属するような関係性はなじまなくなっています。逆に個人が組織にコミットすることで自らの自己実現を達成するといった個人と組織の新しい関係を築いていくべきだと筆者は述べています。そのためには企業目標と個人目標、組織文化と個人のアイデンティティといった2つを統合させる努力をすることが必要で、自己申告制度や、勤務地を選択できる制度、キャリア選択の多様性を考慮した複線型の昇進人事制度などは、自己適応への配慮としてとらえられます。

6.個性化を求めて

「個性化」という用語は、心理学者のユングが「自己実現」とほとんど同義のものとして使った言葉です。
前章でも述べられているように、組織の目標という全体の枠組みの中に個人が埋没したり、個が全体の犠牲となることを良しとする考え方は今日の価値観とは相容れないものとなっています。
一方で個人の自己実現を大切にとはいっても、そもそも実現する自己とはいったい何なのかといった問いが生まれます。
この章では、この問いについてとらえるために主にユングの性格特性論と、この理論に基づいて開発されたMBTIというパーソナリティテストが解説されています。今回のまとめではユングの性格特性論を中心にまとめます。

【ユングの性格特性論】
ユングは「知覚」と「判断」という心理的機能に注目しました。「知覚」機能は、もの・出来事・観念などをどうとらえるか、どう意識するかという心の働きで、「判断」機能は知覚したものについて結論を下す心の働きです。

さらに、この知覚と判断にはそれぞれ対照的な2つの異なる方法があって、人はだれでもそのどちらの方法も使用しているが、そのどちらが得意かという指向性があるとしました。

<知覚の方法>
感覚…五感を通して直接物事をあるがままに意識する
直感…無意識にある内在的な観念を外界の近く対象に付加する

<判断の方法>
思考…知覚したものを論理的な方法で客観的に判断する
感情…好みや個人的な基準によって主観的に判断する

これらの感覚・直感・思考・感情という4つの機能をユングは心理的根本機能と呼び、そのうち個人の中で最も優勢な機能に従って、人間の性格のタイプをまず4つに分類しています。

これにさらに、外向型と内向型という考え方を加えて人間のタイプを8つに分類しているのがユングの性格特性理論です。
外向と内向という考え方は、個人の行動傾向としてエネルギーが自分の外に向かうか、自分の内面の世界に向かうかということを示しています。

7.まとめと感想

想定していた以上に長いまとめとなってしまいました。

こちらの本は1993年に初版が発売されたものですが、まさに現代の企業経営で課題となっている観点が凝縮されていて、30年前からこのような発想があったことに驚きました。
逆に言うと30年前からそのような考え方はあったのに実際の企業としては長らくそれほど大きく変化がなかったとも想像します。
本書に出てきた「自己適応」や「個性化」のような、組織の中で個人の価値観を重視する流れは今後本格的になってくるのかと思いました。
自分はまだ社会人歴としては5年程度なので企業の変化は実感できていませんが、例えば転職が本当に一般的にになってきたのもここ数年の話かと思います。そのあたりの変化の感覚についてもう少し知りたいです。

また個人的には心理学をバックグラウンドに持ちながら人事としてビジネスの世界に身を置いていますが、心理学の知見はビジネス分野にあまりなじまないのかなと考えていました。
こちらの本ではフロイトやユングを代表とする臨床心理学や「無意識」といった概念も含めて経営の文脈で説明されています。自分がこれまで学んできた心理学の知識と今の仕事での実践をつなぐ、自分にとって今まさに必要な本だったと感じました。

最後までお読みいただきありがとうございました!

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