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あまみ便り

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奄美大島(あまみおおしま)に生まれて、高校卒業して島が嫌で出たのですが、30過ぎて島に帰ってきて、今はエコツアーガイドやってます。 帰ってきて島のことを伝えようと始めた個人的なホ… もっと読む
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記事一覧

大浜にワークスペース、って、きゃしかい(どうですか?)

 昨日のお休み、午後はいつものようにタラソへ行ったのですが、サウナやジャグジーでのんびりしながら、ふと思いついたことです。
 今月、技術指導センターだったところが、ワークスタイルラボという施設になりました。
 タラソにはレストランとボディトリートメント(だったよな)の部屋があるのですが、現在は未使用です。
 ここにワークスタイルラボのような、フリーランスやワーケーションが利用できるようになるといい

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シマのネコ

 このお話は、今、奄美大島で問題になっているノネコ問題(ネットで炎上しているようですが、あえてその話題にリンクもしません)に何か物申すわけではなく、あくまでも、個人的な思い出というか、シマでネコがどんな存在だったか思い出したお話です。(シマは島ですが、同時に”集落”を意味します。)

 私の生まれ育った奄美大島は、今でこそノネコ・ノイヌ対策と騒いでいますが、昔からノネコにたいしては寛容だったような

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(個人的に)こだわりの鶏飯とは

昨日、「鶏飯の思い出」として、我が家の味としての鶏スープから鶏飯までを簡単に書いたのだけど、書いた後に、スープはああだったな、具はこうだったなと思い出したので、再び鶏飯について、個人的ですが、こだわりを書いてみることにします。

まずは何と言ってもスープ。
家では”とりんしる”(鶏ん汁)と言ってました。

今では鶏飯を出すお店では鶏からスープをとる時に匂い消しの意味もあるのでしょうか。野菜(ネギや

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鶏飯の思い出

鶏飯(けいはん)、いまでは奄美大島の、というより、奄美群島、それどころか鹿児島県の郷土料理のように紹介されているけど、一般的になったのは、ここ20年ほどのこと。
それまでは、奄美大島の北部の家庭料理でした。

出身が奄美大島の北部、笠利町の川上という集落で、島で一番大きな街、名瀬市(現在の奄美市名瀬)で育ったけれども、両親の親は川上に住んでいたので、子供の頃だから昭和40年代ごろでしょうか。祖父母

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