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短編小説集(原稿用紙20枚から150枚)

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1.とおりゃんせ(経済発展によって行き場を失う霊性の物語)  2.一円玉の歌(落ちている一円玉にまつわる都市伝説)   3.ムシの多いレストラン(現代社会で忌み嫌われる虫。虫の正…
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記事一覧

チベットのサーカス団(短編小説)

チベットのサーカス団(短編小説)

「ジョン!」
 大きな声が聞こえたような気がしました。ぼくはトロトロとした夢の中にいて、その声をはっきりと認識できませんでした。
「さっさと起きるんだ!」
 ゆっくりと目を開けると、鼻の先に四郎さんの頑丈そうな足が見えました。
――パシッ
 その瞬間、竹のムチが背中にとんできました。
「キャイーン!」
 ぼくは悲鳴をあげて跳ね起きました。
「散歩だ」
 怖い顔をした四郎さんがぼくの首輪にリードをつ

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笑顔のエンマ銀行(短編小説)

笑顔のエンマ銀行(短編小説)

   一
 この日も閻魔大王の前には長い列ができておりました。殺人、強姦、盗み、嘘、隠蔽、改竄――、自己利益の増大を図らんとするためにエゴを強めた罪人たちは、死後、閻魔大王の裁きを受けなければなりません。
「判決、地獄の刑、百万年。――次」
 閻魔大王から実刑判決を受けた罪人は、鬼の獄卒にガチリと腕を掴まれ、三叉路の『地獄』と記された方の通路へ引きずられるようにして連れて行かれます。そんな地獄の通

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ムシの多いレストラン(短編小説)

ムシの多いレストラン(短編小説)

 男は三十三歳、独身。大手IT企業に勤めるシステムエンジニアである。金曜日のこの日、いつもより早い時間の午後六時半に仕事を終わらせた。会社のロッカーでクリーニングしたばかりのYシャツとジャケットに着替え、脇の下に香水をシュッとひと吹きさせた。鏡に向かって髪も念入りに整え、顔の脂をあぶらとりフィルムできれい拭き取った。
 今晩七時にレストランの予約が入っていた。そのレストランは、最高のジビエ料理を提

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一円玉の歌(短編小説)

一円玉の歌(短編小説)

 一円玉は絶望の雄叫びを上げた。
「誰かおらぬか! いたら救出してくれ!」
 叫んでもどうにもならなかった。それもそのはず、一円玉は暗くて狭い路地に横たわっていた。財布からポロリと落ちてからどれくらい時が流れたことか。雨の日もあった。雪の日もあった。風の強い日もあった。誰も拾ってくれない。それどころか誰からも目も合わせてもらえない。
「おかしいじゃないか。俺様を誰だと思っているんだ。一円玉だぞ。俺

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とおりゃんせ(小説)

とおりゃんせ(小説)

   一
 公園は屈託なく笑っていた。透き通った青い空に芝生の緑がまぶしく反射し、寄り添うように流れる大河から絶え間なく風が通り抜けてゆく。老人も子供も、男も女も、市民も異国人も、資本家も労働者も、健常者も障害者も、皆別け隔てなく吸収し、人びとの憩いの場となっている。
 タケルとシンは噴水の前でジャグリングの練習をしていた。シンは百八十五センチのスラリとした長身で容姿端麗、少女漫画に出てくるヒロイ

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