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創作の世界の勝ち負けについて(エッセイ)

心の中のモヤモヤを浄化できていない。

迷いがある。

まあ、かれこれ十年くらい、やってきて、なんとなく、わかってきてはいる……文章を書くことが、本当に向いていないってこと。

人に文章力があると言われることもあるが、文章力があるからと言っても、それが面白いかどうかというところは別問題。

面白い文章って、なんだろう……?

結論から言ってしまうと、紙の本になっている本は面白い要素が詰まっている。

だって、出版社が利益を出すために面白いものを作者と編集者が共同作業で作り出すのが、紙の本なのだから。

それが面白くないと思うのは、あなたがターゲットじゃなかった、ということだ。

本は人によって面白さが変わり、本の捉え方は、その人の人生観によって変わると断言できる。

そんな本が漫画化、ドラマ化、アニメ化、映画化、ゲーム化などして、読者・視聴者の共通認識を広げていく。

そのメディアミックスにより、みんなが面白いと思うものが出来上がる。

自分も、そんな作者になりたい、と思うことはある……けど、体力がない。

たぶん無理をすると持病が悪化するだろう。

創作の世界には勝ち負けがある。

記念受験みたいな感覚で一冊だけ本になればいいや、と思う人は別かもしれないけど、作家として生きていきたい場合、特にライトノベル作家として生きていくためには、一年に三、四冊を出す体力がなければいけない。

三、四冊で、だいたい三十〜四十万文字以上だ。

正直、自分には、できそうにないのが本音だ。

ライトノベル作家になりたい、と思うのはいい。

ただ、なれたらいいという夢を見るだけではダメなのだ。

夢には利子がつく。

僕には、十年分のダメージが今、重く、のしかかろうとしている。

そんなに本を読んできたわけではないのに、なぜか目が肥えてきたような錯覚を抱いてしまう。

自分は本当に創作することが好きなのだろうか。

わからない。

けど、どこか冷めた目で見ている心がある。

なにがしたいのだろう。

自分は、この世界に、なにを残したいのだろう。

間違いなく言えることは……自分は創作の世界で負けている現実が……目の前にある。

断言したくは、ないけど……ただ、こうしてエッセイみたいなものを書いていると、どこか、自分の心が浄化されていく感覚がある……ような気がする。

もしかしたら「戦場」を間違えているのかもしれない。

なんでもいいから、自分は自分の中のなにかを表現したい、という欲求に従いたいのかもしれない。

とりあえず、書こう。

今日は、そんなことを思う時間が多かったのかもしれない。

現状、モヤモヤが晴れない。

ただ、今は……ちょっとだけスッキリした。

僕が、こうして表現できるのはスマホやパソコンがあるからだ。

だから、この今、文章をアウトプットしている機会に最大の感謝を……ありがとね。

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