文芸部の先輩と後輩の恋愛事情(短編小説・中編)

そんなことを考えている間にも、どんどん状況は悪化していく。
気付けば周囲には人だかりができており、その視線は全て俺たちへと向けられていた。
もう完全に詰みの状態だな、これ。
こうなったら仕方がない。
多少強引ではあるが、強引に引き剥がしていくしかないだろう。
そう思った俺は、意を決して行動を起こすことにした。
最初にしたのは、周囲の人たちに向かって声をかけることだ。
「すみません! 道を開けてもらっていいですか!」
俺の声を受けて、周囲から人が離れていく。
それを確認した後、次にやることはただ一つ。
目の前にいる女の子の説得だ。
「ごめん! 本当に申し訳ないけど、一旦離れてくれないかな? このままだと色々とマズいことになりそうなんだ」
「……分かりました」
渋々といった様子で離れる後輩ちゃん。
そんな彼女にホッと安堵の息を吐きつつ、俺は続けて言葉を口にする。
「ありがとう。それじゃあ――」
と言いかけたところで、不意に背後から声がかけられた。
その声に反応して振り返ると、そこにいたのは――。
「――え?」
そこに立っていた人物を見て、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう俺。
そして、そんな俺を見て、相手は小さく笑みを浮かべながら言った。
「あら、奇遇ね」
そう言って声をかけてきたのは、何を隠そう我が文芸部の部長様だった。
どうやら彼女もまた、この騒ぎを聞きつけてやって来たらしい。
いや、そんなことはどうでもいい。
それよりも重要なことがあるからな。
それは――。
「……部長がここにいるってことは……まさか……」
恐る恐る背後を振り返る。
するとそこには、ニヤニヤとした笑みを浮かべる友人の姿があった。
「お前の仕業かぁぁぁぁぁ!」
怒りのままに叫ぶが、友人はどこ吹く風といった感じで笑うだけだった。
こいつめ……他人事だと思って笑ってやがるな……! その後、俺たちは場所を移して話をすることにした。
というのも、俺たちがいたのは人通りの多い通学路であり、このまま話をするのは目立ちすぎると判断したからである。
そんなわけで移動した先は、学校から少し離れた場所にある喫茶店だった。
ちなみに、移動中も俺と後輩ちゃんの手は繋がれたままだったので、それはもう大変注目を集めてしまったわけなのだが……まぁ、そこはもう諦めることにしよう。
そうして店に入り席につくと、早速とばかりに部長が口を開いた。
「それで? あなたたち二人は一体何をしていたのかしら?」
その言葉にビクッと肩を震わせる後輩ちゃん。
だが、彼女はすぐに顔を上げると、毅然とした態度で答えた。
「私はただ先輩と一緒に帰ろうと思っただけです」
「へぇ? その割には随分と距離が近かったみたいだけど?」
「そ、それは……別に普通だと思います」
視線を逸らしつつ言う後輩ちゃん。
しかし、その様子は明らかに怪しさ満点である。
それを見た部長は小さくため息を吐くと、ジト目で俺のことを見つめながら問いかけてきた。
「……あなたはどうなのかしら?」
「えっとですね……」
俺は少し考える素振りを見せた後で口を開く。
「実は俺も後輩ちゃんと同じ理由で一緒に帰ってたんですよ」
嘘ではない。
実際に途中までは同じ道を通っていたわけだしな。
もちろん理由は違うわけだが、それを正直に話すわけにもいかないので仕方ない。
というか、本当のことを言ったところで信じてもらえるかどうか怪しいしな。
というわけで、どうにか誤魔化そうと試みた俺だったのだが――。
「ふぅん……? そうなのね」
何やら意味ありげな表情で呟く部長。
そして、そのまま俺の方を見つめると、不意にこんなことを言ってきた。
「ねぇ、ちょっといいかしら?」
「はい? なんですか?」
首を傾げる俺に対して、彼女はスッと手を伸ばすと――何故かいきなり俺の頭を撫で始めたのだった。
「……え?」
突然のことに唖然とする俺。
そんな俺のことを他所に、部長は穏やかな口調で言葉を紡ぐ。
「よしよし……いつも頑張っているわね」
いや、あの……これは一体どういう状況なんでしょうか? なんでいきなり頭を撫でられてるの? なんでそんなに優しい目をしてるの? なんで慈愛に満ちた表情をしているんですか!? いやマジで誰か説明してくれません!? そんな混乱状態の俺をよそに、部長はさらに続ける。
「でも、あまり無理をしては駄目よ? 辛いときはちゃんと周りに頼らないと駄目よ?」
言いながら優しく微笑む部長。
その表情を見た瞬間、なぜか胸がドキッとするのを感じた。
それと同時に顔が熱くなっていくのを感じる。
って、ちょっと待てよ!? なんかこれって傍から見ると勘違いされてもおかしくないシチュエーションじゃないか!? やばいぞ、早くなんとかしないと……! そう思い慌てて口を開こうとしたのだが――。
「あ、ありがとうございます……」
どういうわけかお礼を言ってしまっていた。
しかも、心なしか口調まで変わっている気がするし! くっ! まさかこんなことになるなんて……! 予想だにしていなかった展開に愕然としていると、不意に頭に感じていた重みがなくなった。
それに続いて聞こえてくる小さな笑い声。
見ると、いつの間にか部長の手が離れていたらしく、代わりに後輩ちゃんが俺の頭に触れていた。
「ふふっ、やっぱり先輩の頭は撫で心地が良いですね」
あっけらかんとした様子でそんなことを言ってくる後輩ちゃん。
そんな彼女の言葉に、俺はつい反射的に言葉を返してしまう。
「それってどういう意味かな……?」
「言葉通りの意味ですよ♪」
楽しそうに笑いながら答える後輩ちゃん。
そんな彼女を見ていると、なんだか怒る気も失せてしまい、俺は苦笑しながら肩を竦めることしかできなかった。
まったく……この子は本当にしょうがないなぁ……ま、そういうところも含めて可愛いんだけどさ。
そんなことを考えていると、不意に横から声をかけられる。
見れば、そこではどこか不機嫌そうな表情を浮かべた部長がいた。
「どうかしたんですか?」
俺が尋ねると、彼女は一度咳払いをしてから再び口を開いた。
「いえ、何でもないわ。
それより、そろそろ本題に入らないかしら?」
「あぁ、そうですね」
頷いてから話を切り出す俺。
「それじゃあまずは――」
それからしばらくの間、俺は今回の事件についての説明を行った。
といっても、それほど複雑なことがあったわけではないのだが――。
「――というわけでして……」
一通り話し終えた後で、チラリと二人のことを窺う。
すると、話を聞いていた二人の表情が徐々に険しいものへと変化していった。
そして、しばらく沈黙が続いた後、最初に口を開いたのは部長だった。
「……なるほどね」
そう呟いた後に小さく頷く彼女。
次いで今度は後輩ちゃんが静かに言葉を口にした。
「つまり先輩は私の告白を受け入れてくれたってことですよね?」
「いやいや、そうじゃないからね!?」
とんでもないことを言い出した後輩ちゃんに、すぐさまツッコミを入れる俺。
それに対して、彼女は不服そうに頬を膨らませると、不満そうな声で抗議してきた。
「なんでですか!? だって今の話を聞く限りだとそういうことじゃないですか!」
「違うよ! そもそも俺には恋人を作るつもりはないんだってば!」
「そんなの納得できません!」
「えぇー……そう言われても困るんだけど……」
「むぅ……!」
俺の言葉にますます不機嫌になる後輩ちゃん。
そんな彼女のことを見かねたのか、今まで黙っていた部長が口を挟んできた。
「それならいっそのこと付き合うというのはどうかしら?」
「へ?」
突然の提案に目を丸くする俺。
一方、それを聞いた後輩ちゃんは目を輝かせながら部長のことを見つめた。
「本当ですか!?」
「ええ、本当よ」
そう言って小さく笑う部長。
その笑顔からは何を考えているのかを読み取ることができない。
なので、俺は内心で警戒しながら尋ねた。
「……どうして急にそんなことを提案したんですか?」
「別に深い意味はないわよ? ただあなたが困っているようだったから助けてあげようと思っただけよ」
「はぁ……そうですか」
いまいち腑に落ちない部分もあるが、ここはひとまず彼女の言葉を信じることにしよう。
そう決めた俺は、改めて二人に向き直りながら言った。
「とりあえず事情は理解してもらえたと思うので、これからどうするか話し合いたいんですけどいいですか?」
「そうね、そうしましょうか」
と頷いた後、不意に何かを思い出したかのように声を上げる部長。
「あっ、そうだわ。
その前に一つ訊きたいことがあるのだけれどいいかしら?」
「はい、なんですか?」
聞き返す俺に向かって彼女が口にした質問とは――。
「――あなたにとって『恋愛』って何だと思う?」
それはあまりにも予想外な内容だった。
いや、確かに哲学的な問いではあると思うけどさ……よりにもよってこのタイミングで訊くようなことなのか? そんな疑問を抱きつつも、俺は素直に答えを返すことにした。
「俺にとっての恋愛は……まぁ、人それぞれだと思いますけど、少なくとも今の俺にとってはただの重荷でしかないですね」
「……なるほど」
俺の答えを訊いて納得したように頷く部長。
しかし、その直後には何故かニヤリと笑みを浮かべていた。
「それじゃあもう一つ訊かせてもらうけれど、もし仮にあなたに好きな人ができたとしたら、あなたはどうするのかしら?」
その問いに思わず考え込む俺。
そして、少しの間を置いてから答えた。
「多分ですけど、何もしないと思います」
「あら、そうなのね? 意外だわ」
「まあ自分でもらしくないとは思うんですけどね」
苦笑しつつ言葉を続ける俺。
「でも、これが一番正しい選択なんだと思いますよ」
「……それは本気で言っているのかしら?」
探るような眼差しを向けてくる部長に対して、俺ははっきりと頷いてみせる。
すると彼女は大きくため息を吐いた後で言った。
「あなたの考えはよく分かったわ。でもね、一つだけ言わせてもらえるなら――」
そこまで言うと、ふいにこちらに近づいてくる部長。
そのまま俺に顔を近づけてくると、耳元でそっと囁いたのだった。
「――その考え方は少し寂しいんじゃないかしら?」
「え……?」
突然のことに困惑する俺。
だが、そんな俺のことなどお構いなしに、彼女は続けて言う。
「きっと、いつか後悔する日が来ると思うわ」
それだけ言い残して離れていく部長。
そうして席に戻った後も、彼女は何事もなかったかのような顔でコーヒーを口にしていた。
その一方で、俺と後輩ちゃんの間には何とも言えない空気が流れていたのだが――ここで不意にスマホが振動する音が聞こえてきた。
どうやらメールが届いたらしい。
差出人は友人のようだ。
一体何の用だろうか? そんなことを考えながらメールを開いてみると、そこには短い文章でこう書かれていた。
『頑張れ!』
それを見た瞬間、全てを察してしまう俺。
おそらくあいつは全てを察した上であんな内容のメールを送ってきたのだろう。
まったく……余計なお世話だっつーの! 心の中で文句を言いつつ返信しようとしたところで、ふとあることを思いついて手を止める。
どうせだし、あいつにも協力してもらうことにしようか。
そう思った俺は、早速とばかりにメールを打ち始めた。
内容はもちろん先程送られてきたものと同じものだ。
さてと、これで準備は整ったな。
後は実行に移すだけだ。
そう思い小さく笑みを浮かべた後、俺は隣にいる後輩ちゃんに声をかけた。
「ねぇ、後輩ちゃん」
「はい、なんですか?」
首を傾げる彼女に向け、俺は微笑みながら告げる。
「ちょっと行きたいところがあるんだけどいいかな?」
「いいですよ!」
元気よく返事をする後輩ちゃん。
そんな彼女の反応を見てホッと胸を撫で下ろしつつ、俺は喫茶店を後にするのだった。


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