三浦広之/浦和「質ミウラ」三代目当主

JR北浦和駅西口駅前で創業70年の「質ミウラ」の3代目です。 買取り、預り、店頭販売、ネット通販にバーゲンと幅広く活動しています。 仕事にまつわる話、地元浦和の話、趣味の話など気ままに書いていきます。

三浦広之/浦和「質ミウラ」三代目当主

JR北浦和駅西口駅前で創業70年の「質ミウラ」の3代目です。 買取り、預り、店頭販売、ネット通販にバーゲンと幅広く活動しています。 仕事にまつわる話、地元浦和の話、趣味の話など気ままに書いていきます。

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    まずは自己紹介

     初めまして。北浦和駅西口駅前の「質ミウラ」の3代目当主の三浦広之と申します。ホームページの刷新に合わせてブログを始めることにしました。 仕事、趣味、スポーツ(特にサッカー)、地元浦和についてなど、書き綴っていきたいと思います。  さて私ですが、大学卒業後すぐに当社に入社しました。1984年です。 当時はバブルのちょい手前で、就職はまだ少し厳しかった記憶があります。 まんまと第一志望に落ち、父親の甘い誘いに乗って「質屋」を継ぐこととなりました。(父はなかなかの策士です。笑)

      • 2023年 箱根駅伝

         自分が書いた昨年のnoteを見返してみた。 ずいぶん克明に正月の実業団と箱根駅伝について書いている。 それはそれで、競技ファンとして正しく楽しんでいたんだなぁ~。 そこで今年である。 駒澤大学の危なげない優勝を眺めつつ、シード権を狙う各大学の熾烈なデッドヒートを堪能。 しかし、焦点は55年振りの出場の母校であった。 ほぼ初出場だし、どこかで大ブレーキしちゃうのでは?と、思いながらのハラハラの観戦だった。 結果は、往路18位、復路16位の総合18位というものだった。

        • なんとグループE首位通過なのです

          日本時間の12月1日朝4時から始まった対スペイン戦、大方の予想に反して2-1で勝利することが出来た。 ワールドカップでドイツとスペインに勝利。 コスタリカにはよもやの敗戦であったが、堂々の首位通過である。 まさかこんなことが起きるとは! 生きててよかった!!⤴⤴\(^o^)/ 日本にプロリーグが出来て30年。 欧州の強国は100年以上の歴史があるわけだから、長足の進歩である。 1970年代の最弱期(クサビのパスが足元に収まるのを見ることはまれだった)を知っている者からす

          •     ドーハの奇跡!?

            表題は23日以降ネットでやたら目についた。 「悲劇」があってからの「奇跡」なわけだが、ドイツ戦を振り返ると、起こるべくして起きた「事実」のように思える。 なので「!?」を付けた。 ドイツ代表スタメンは GK 1 マヌエル・ノイアー DF 15 ニクラス・ジューレ 2 アントニオ・リュディガー 23 ニコ・シュロッターベック 3 ダヴィド・ラウム MF 6 ヨシュア・キミッヒ 21 イルカイ・ギュンドアン 10 セルジュ・ニャブリ 13 トーマス・ミュラー 14 ジャマル

            2022年 カタールワールドカップ

             異例のシーズン中の中東カタールW杯が開幕した。 賛否両論の飛び交う中、11月20日に開催国カタールとエクアドル戦で開幕を迎えた。 これまた初の開催国の敗北というスタート。 何かザワザワ感満載でのスタートだなと思っていたところ、22日には好調を伝えられていたアルゼンチンが、アジアの雄サウジアラビアに逆転負け! 私も観戦したが、1978年~86年のイメージ強い私には現アルゼンチン代表は凡チームにしか見えなかった。 ケンペスからマラドーナに受け継ぐ「ドルブルの鋭さ」の欠片

            第96回 箱根駅伝予選会

             10月15日(土)、東京・陸上自衛隊立川駐屯地~立川市街地~昭和記念公園において、箱根駅伝予選会(第99回東京箱根間往復大学駅伝競走予選会)が開催され、本学陸上競技部男子長距離パートは総合6位という成績を収め、大会史上最長の55年ぶりとなる復活出場権を獲得しました。 これは大学のホームページの記載の文章。 いやぁ~、本当によくやった! 2024年の出場を大学としても目指していたわけだが、1年早く達成出来たのだ。 あの青学の原さんでもやっと5年目に出場できたわけだから、ま

            常盤のイチョウ

             ある日(10月1日)の朝🐩散歩の時に北浦和公園の銀杏の臭いを嗅いでふと思った。 全く葉も色付いてないのに銀杏は落ちるんだっけ⁉️ 9月末から最低気温もグッと下がったから銀杏も沢山落ちたのか? 小学生の頃、常盤小学校(旧校舎)の中庭にもイチョウの木が沢山あり、種を削って中身を出して笛を作ってピーピー鳴らしていたのを思い出した^_^ 落ちていた葉は確か黄色かったような…臭いももっと強烈に臭ったような… 記憶は曖昧なものである。 銀杏が落ちるのが早くなったとも聞いたことも

            チーズ近況

            7月6日に無事14歳に!!(^^)! 持病もなく毎日元気にお散歩している🙌 が、老化は随所に見られるようになってきた。耳が遠くなったのはその最たるところだ⤵️T^T 目も見えないわけではないが、ボールを追うのが前ほど迅速には出来ない。 ゆっくり追いかけてる感じ。 以前書いた「逆流性食道炎」は、ご飯をふやかして2回に分けてあげることでほぼクリアできた。 食後にだっこで背中を「トントン」するのはご愛敬。そんな事位なんでもない。 「参ったなぁ、赤ちゃんが増えちゃったよ」^_^

            チューリップ50周年ツアー

             去る4月23日(土)、府中の森芸術劇場どりーむホールの公演に行ってきた。先月のKKPPツアーに続き2か月連続である。(近年では画期的) 開演時間は16時30分。土曜なので早い! 浦和からだと武蔵野線を使い2回ほど乗り換えだ。 道中ワイヤレスヘッドホンからは「チューリップガーデン」♪ 気持ちはすでに⤴⤴!(^^)! 急いた気持ちで最寄りの東府中駅に到着!(競馬もあり特別停車だったらしい) 今回も大学の陸上部の同期2人と参戦である♬ 足早に「どりーむホール」に着くと既に長蛇

              私の「映像遍歴」 その2(洋画編)

             その後は、「スターウォーズ」に始まるジョージ・ルーカス作品、「ジョーズ」からのスピルバーグ作品等、所謂ハリウッド作品を主に見ていた。「バック・トゥ・ザ・フューチャー」、「シークレット・オブ・マイ・サクセス」(邦題「摩天楼はバラ色に」)はマイケル・J・フォックス主演のヒット作だが、彼に自分を投影して見ていた。(単に背格好が似た感じだったのでw)  基本「お涙頂戴もの」よりは「笑えて元気になる」作品が好きだ。劇中歌が良ければなお良し♬ その中でも印象に残っているのは、ジョン

              私の「映像遍歴」(その1)

             自身の映像遍歴は多分TVから始まっている。最初の記憶は「宇宙人ピピ」(1965年)から。「東映漫画まつり」、ガメラ系の怪獣映画大流行りの時代においてだ。 「少年ジェット」は大好きだったが、放送開始年は私の生前なので再放送を見ていたのだろう。ジェットのスクーターに相当に憧れた! 家が自営業で忙しかったのであろう、親と映画館に行った記憶よりもTVの記憶の方が遥かに多い。 まあよくTVを見ていた夢見がちな少年だったのだろう。 その後は、「宇宙少年ソラン」、「マグマ大使」、「

            60からのオーディオ購入記

             中学生のころから徐々にハマっていたオーディオ趣味だが、結婚後十数年はマンション住まいということもあり、古い機材は一切売り払ってしまっていた。 16年ほど前に実家に戻ったのを機に、計画はしてはいたのだが遅々として進まず。 ここ最近のコロナ禍で散財しなくなったのを機に、アナログディスク再生を目的とした機器選びに昨年より取りかかった。  以前はヤマハのセパレートアンプのB-70、C-70に1000モニターをドライブしていた。ナチュラルな音質が好みなので、最終的にそのシステムに

            KKPPツアーに行ってみた

             人生初のKyon2(ここらの表現がちと古いw)コンサート。 「KKPP」は、Kyouko Koizumi Pop Party 「アイドル」という括りに収まり切れないお方の31年ぶりのホールツアー。コロナ禍で声も出せない状況ではあるが行ってみた。 3月30日の追加公演。場所は中野サンプラザ、PM7時スタート。始まるまでに場内でかかっている洋楽のセレクトがプリンスなどで懐かしい~♬ とりとあえず、ここまでのツアーのセットリスト 1.The Stardust Memory

            私の音楽的趣向性

             自分で最初に買ったレコードは、ビートルズの「Let It Be」のシングル。アルバムは「Help!」で、放送委員になった中1の春だった。 ビートルズから僕の音楽は始まっている。 そう、ビートルズの「Get Back」は見るべし!! 放送委員は登校時と昼休み、下校時の当番制だった。音楽好きが多く、暇さえあれば放送室でレコードを聴いていた。登下校時には決まったクラシックを流していた。朝はフランツ・フォン・スッペの「軽騎兵」序曲。下校時の曲はドヴォルザーク の「新世界」だった

            2022年の浦和レッズを考える

             2020年までの暗黒時代の後、昨シーズンより監督がリカルド・ロドリゲスになり、柔軟かつ的確な補強が行われ、昨年より相当数の選手の入れ替えが断行された。  小泉、明本、伊藤らの活躍、途中にユンカーの加入もありオリンピックの中断前に8位につけることができた。(10戦無敗は特筆できる内容)  そして中断後には酒井、江坂、アレクサンダー・シュルツ、平野の夏の新戦力組がすぐにフィット。ACL出場権争いに食い込むところまで躍進したのである。天皇杯も獲得できた。  しかし、2020

            老いるということ(その2)

            腰椎分離症の悲劇  右足の脹脛の筋断裂を起こしたのが35過ぎ。 その後は40歳くらいまで、シーズン中は月1の市民リーグと週1の夜ミニサッカー、そして休日の朝サッカーを続けていた。  やはり年齢による衰え(瞬間的なスピード)はあったが、同年代よりスピード、タフさも勝っていたと思えた。  40を過ぎて市民リーグは卒業。次世代にチームを委ねた。(現在もチームは活動中、素晴らしい!) サッカーの「場」は主に「朝の地元サッカー」のみ。  しかしその間も細かいケガ、肉離れが増えて