見出し画像

短編戯曲(演劇)

場所:
地平線が見える。遠くに盆地、そこに広がる街並み。中心に大きな高い構造物が増えている。
ベンチに並んで座る人達。ベンチは上手奥。
登場人物:
・民衆1、2、3、4、5、
・通行人
・ヤブ医者

ゴールドベルク変奏曲が一瞬流れる。

1「あれ、何だと思う。ピカッ光ってるあれ。」

1「ほら、見えるでしょ?あれだよアレ。」
2「どれの事か分からないよ。」
3「うん。分からない。」
4「分かんないね。」
1「じゃあ、上の方にあるあれは?」

1遠くを指し示して

2「鳥だよ。」
3「雲だ。」
4「飛行機だね。」
1「えー、コウモリじゃない?」
2「コウモリは群れるよ。」
3「1匹じゃ飛ばない。」
4「みんなで一斉に飛ぶね。」
1「.......ッ」

通行人。テケテケと早足で登場

2「あ、人がきたよ。」
3「珍しい。こんな所に人が来るなんて」
4「こんな所で話してる僕たちは、もっと珍しいね。」
1「あのー。あ、そこのあなた、黄色い鞄の。」

通行人。黄色い鞄を初めて観客に見せる。もしくは鞄を拾う。

2「知らない人に、いきなり話しかけるなて、非常識だよ。」
3「それはあの人の時間を奪う行為だ。」
4「声の掛け方にも、問題があるよね。」
通行人「何でしょうか。私に何か?」
1「あれ、何だと思います?」
通行人「ああ。あれですね。ちょっと待ってください。」

通行人。双眼鏡を持ち出す。

2「鳥に決まってるよ。」
3「いや雲だ。」
4「コウモリではないね。」
1「コウモリですよね。」
2「コウモリは1匹では飛ばないよ。」
3「さっきも言った事だ。」
4「群れじゃ無いから、コウモリではないね。あれは飛行機だね。」
通行人「コウモリは1匹でも飛びますよ」
1「ほら。だからコウモリなんだって。」
2「1匹で飛ぶコウモリなんて、見たことないよ。」
3「聞いたことない。」
4「僕たちは知らない。コウモリには見えないね。」
通行人「あー、あれはスカイツリーですね。」
1「そんなわけない。」
2「絶対に鳥だよ。」
3「嘘つきだ。」
4「僕は初めから、スカイツリーかもなって思ってたね。」
5「ピカッってしてるやつが、スカイツリーなんですか?それだったら、そっちじゃなくて、上の        
  方にあるやつです。」
通行人「そうです。ピカッて光ってるあれが、スカイツリー。これで見ると、日の当たり具合
    が最高です。」
1「そっちじゃ無いんですよ。ほらあそこの方に、小さく見えてる。あれですよ。」
2「そうだよ。あの鳥だよ。」
3「あの雲だ。」
4「飛行機だって事は明白だね。」

通行人。双眼鏡を構えて

5「どうです。見えましたか。」
通行人「ああああああああ。」
1「どうなさったんです?」
2「何?何が見えたんだよ」
通行人「急がないと、あ、いや、あれとは関係ないんですが。あれは....そう、多分...鳥...
    鳶です。ほら、円を描きながら飛んでるでしょ?ぐるぐる回ってるじゃないですか。
    それでは、私はこれで。皆さん、さようなら。」
3「なる程、鳶か。」
4「まあ、初めから飛行機か、鳶の2択しか無かったよね。見た目が似てるから、迷ったんだよ。」
5「似てる?似てるのか。いや、間違える事はないでしょ。」

流れる時間。日が傾いたように感じるほどに影が長い。みんな一点を見つめていると、後ろからヤブ医者が近寄ってくる。

ヤブ医者「こんにちは、皆さんも星を見にいらしたんですか?」
1「こんにちは。別にそういう訳ではないんですが、この辺は星が見えるんですか?」
2「こんにちは。星なんて見えないよ。」
3「こんばんは、ここで星が見えるのか?」
4「初めまして、星が見えるなんて最高だね。」
5「それで望遠鏡を持っているんですか?」

ヤブ医者。見えていなかった望遠鏡を取り出す。

ヤブ医者「いやー星を見るのが趣味なんですよ。今日は久しぶりに星を見に来れて、良かった。
     この辺は特に星が見やすいんです。」
1「へぇーそうなのか。星か、星、星。」
2「へぇー」
3「ほぉー。星、星と。」
4「えー、星見えないよね。」
ヤブ医者「あ、一番星だ。あのピカッて光ってる所の上に金星が見えますよ。」
1「あれは鳶ですよ。」
2「鳶って事で決着が付いたんだよ。」
3「鳶だ。」
4「鳶で無いなら飛行機だね。間違いないね。」
5「あれは一番星なんですか?」
ヤブ医者「ええ、自分の診療所からいつも見ていますから、間違いないです。あれは
     一番星です。」
1「診療所?医者ですか?」
ヤブ医者「眼科医なんですよ。私。」
2「だから目が良いんだよ。」
ヤブ医者「はははは、まあ、自慢じゃないですが、視力2.5以上あるんですよ。」
3「ハハハ。是非、我々に目が良くなる方法をご教示して頂きたい。」
ヤブ医者「いいでしょう。簡単な事をするだけで、皆さんもすぐ目が良くなりますよ。」
4「僕はもともと目が良いよね。...ほらあれが、一番星って薄々気が付いてたのは僕だけだよね。
  だけどその方法を知りたいね。」
ヤブ医者「本当に簡単な事なんですよ。必要な事は2つ。一つは私の様に遠くを見ること、見える
     か、見えないかのギリギリを狙って、見ることがコツです。だから星を見たり、
     バードウォッチングをしてみる事をお勧めします。もう一つは、これが大変重要な事で
     すが、この私が開発した新薬を毎日2回、朝起きた時と夜寝る前に使って頂く事です。
     これを一年使って頂くだけで、皆さんの目は、あのスカイツリーから恐る恐る眼下の
     街並みを眺めている人や、飛び回る子供たち、はたまた、持っているカバンのブラン
     ドやスマホの機種ですら、見分けられる様になります。」
5「いつごろ承認された薬ですか?それは。そんな素晴らしい効果のある薬は、聞いたことがな
  いです。」
ヤブ医者「それが最近、承認されたばかりの新薬なんです。今だけですよ、こんな簡単に手に入る
     のは、すぐに人気が出て、一般人では買えなくなってしまいますからね。」
1「じゃあ一つ貰って見ようかな。」
2「わたしにも一つ下さいよ。」
3「では我々に一つずつその新薬をください。」
ヤブ医者「あなた方は非常に運が良い。ちょうど今、人数分の用意があるんですよ。あと、一つ
     言い忘れた事が有るんですが、月に2回私の診療所にお越しください。そこで視力の
     検査をいたしますので。」
4「他の病院ではダメなんですかね。僕が行っているかかりつけの病院があって...」

ヤブ医者、先程にも増して勢いよく。食い気味で。

ヤブ医者「もちろん!そこではダメだ。という訳では無いんですが、私の診療所には最新の機械
     がありまして、これでもかと言うほど精密に視力を測る事ができ、尚且つその機械か
     ら出る光を直接目に取り入れる事で、視力アップも図れる優れものなんです。少し診察
     料が掛かりますが、それでも半年先まで予約で一杯なんです。」
1「それはいい。早くその薬を下さい。」
ヤブ医者「その前に、皆さんの現在の視力を伺ってもよろしいですかな?」
2「右0.1、左0.2。」
3「両方とも1.0。」
4「1.2はあるね。」
5「.....」
1「0.9と1.0」
ヤブ医者「なるほどなるほど。それではどうぞ。」

目薬を取り出し、皆んなに配り出すヤブ医者。皆んな目薬をさす。

ヤブ医者「それでは、ここに私が監修した視力検査キットがありますので、皆さんの視力を測っ
     て見たいと思います。」
2「なんでですか?まだ1分も経って無いですよ」
3「まだ効果は出ないだろ。早すぎる。」
4「皆んな目が良くなった気がするよね。」
1「もう少し経ってからにしません?」
ヤブ医者「そんな事ないです。この薬は即効性も売りなんです。では行きますよ。」

ヤブ医者。キットを広げ、見せる。

ヤブ医者「さて、皆さん。円の欠けている部分はどこにありますか?」
1「右かな?」
2「左だよ。」
3「上」
4「これは下だね」
5「右」
ヤブ医者「パーフェクト‼︎皆さんパーフェクトです。これで皆さんの視力は1.5以上である事が、
     証明されました。」

盛大な拍手をする医者。4も釣られて拍手。

1「何か変わったかな?たしかに少し...良くなった。」
2「見える、見えるよ。スカイツリーが、ピカッて。」
3「うん。スカイツリーがピカッて、見える。」
4「おおおお、さっきより視界が広がったね。」
ヤブ医者「では皆さん。月2回の診察を忘れずに。その目薬は初回は無料でプレゼントいたしま
     す。それでは、また診察で。
     
立ち去るヤブ医者。全員で金星を見つめる。一番がふと。

1「あっちの方に移動しません?あっちに座った方が、多分見やすいです。」
2「そうだよ。ここは少し見辛いよ。」

上手奥のベンチから下手前のベンチへ。なるべく、ベンチは離して置く。

3「たしかに、ここは開けて居て視界がいい。」

照明の幅が広がる。

4「いいですねー。一番星。」
5「皆んな、何が見えているんですか?」
1「スカイツリーです。あのビルが並んでる中でピカッて。」
5「スカイツリーの方では無くて、その上の。」
2「あー、一番星だよ。」
5「本当に一番星ですか。」
3「何が言いたいんです?あなた。」
5「何が言いたいのかな。何が言いたいんだろう。私は、そう私には見えないんです。何も。」
4「あなたさっきから見てますよね、視力検査だって一緒にやりましたよね。」
5「あーえっと、見えないって言うのは、一番星?のことです。」

よく分からない間。1〜4は疑問が消えない。1だけ上を見て立ち上がる。

5「だってさっきから、おかしいですよ。始めはコウモリだとか、鳥だとか、雲とか飛行機とか、   
  言っといて、今は一番星?私も鳶だとか言っている時は、なんか見える様な気がしてました
  でも、流石に...変ですよ。コウモリ、雲、飛行機、鳥?どれも一番星と間違える事はないでしょ
  う。だって全部結構な速度で移動しますよ。ずっと同じ所にあるなんて、可笑しくないですか
  何が見えているんです。私にはピカッとした物の上には、何にも、何も見えないんです。」
1「そう言われましても、一番星以外は何も。」
2「何が見えないだよ。あんたが可笑しいだけだよ」
3「とりあえず落ち着いてください。そして、よく目をこらしてご覧なさい。」
4「僕は理解できませんね。」
5「それにあの眼科医だって、信用できないですよ。私も目薬をさしましたが、何も変わらない。
  何か変わるんですか、あれ。そんなんで、スカイツリーの中なんか見えるんですか?
  私にはあのピカッとしている所が、スカイツリーかどうかも判別できません。本当にスカイ
  ツリーですか。誰かここにいる人で、確認した方はいるんですか?」
1「私にもスカイツリーかどうかわかりません。それはさっきの方が仰っていただけで、私はそれ
  を信じましたから。あと、確かに変ですよね。星の光と他の物を間違えるなんて、普通はない
  そう思ったらなんだか...、さっきの一番星はどこに...」  
2「一番星は確かに見えてるよ。それにあなた(5の方に)、さっきのお医者さんより、自分が賢い
  とか思ってないですか?」
3「そうだ。自分が星に詳しいと思っているなら、自惚れている。」
4「じゃあ、仮にあれが飛行機でも鳶でも一番星でも無いなら、何に見えるんですかね。僕たちに
  その存在を証明して見てくださいよね。」

5諦めて

5「出来ないですよ。私には無い様に見える、でも、あなた方には見えてるものをどうやって...
  そうだ、(1に向かって)あなたさっき、言いかけてましたよね。一番星はどこに?みたいな事」
1「いや、そうなんですが...」

暗くなる証明。何も見えない。聞こえるのは5の声、殆ど聞こえないゴールドベルク変奏曲が流れる。

5「証人になってくださいよ、お願いです。ほらこれで私以外にも、見えない人がいましたよ!」
2「あなた方は、もうここにはいられないよ。理解し合えないなら、いらないよ。」
3「そう、ここで発言する資格はない。あなた方は間違っている。」
4「間違いはいらないね。あなた達の居場所はないね。」
1「ちょっと待ってください。私には確かに見えるんです。ほ、星が、目薬も大変よく効きまし
  た。」
2「じゃあ1人かな、」
3「さよなら」
4「無理だったんだよ。始めから。」

明るくなる照明の中、5の姿はない。本当に小声で疼くまる1、小さく流れるゴールドベルク

1「楽をしたい、考えたくない、流行に乗りたい、仲間外れにされたくない、社会的地位を確保し
  たい、逃げたい、お金持ちになりたい、人より幸せになりたい、辛い暮らしはしたくない.....」
  
流れるゴールドベルク。2-4が去ったあと1が消える。

この記事が参加している募集

#習慣にしていること

130,690件

#眠れない夜に

69,357件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?