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『フレンチ・ディスパッチ』のウェス・アンダーソンが作り出すコミュニティ

ウェス・アンダーソン監督の作品『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』がようやく日本で公開され、先日映画館で鑑賞しました。

映画を鑑賞した後、Filmarksというアプリで作品に対する様々な感想を読むことが好きなのですが、今回は特に賛否がはっきりと分かれている印象がありました。最高だと褒める人もいれば、理解ができない、眠かった、との酷評まで幅広く見受けられました。酷評も貴重な意見ですし、それを否定するつもりは全くありません。
私は何を隠そう、とにかくウェス・アンダーソン監督の大大大ファンです。今作の日本での公開を2年間待ちに待ったような私としては今作もかなり満足感のある作品で、数日間幸せな余韻に浸るほどでした。
ですがその一方で、批判的な意見の理由も何となく理解できました。ただ、プラスの意見もマイナスの意見も、見ているものとしては同じ方向を向いているように思えました。その過程と、私が思うこの作品に対する感想、ウェス作品の魅力について、ネタバレを避けつつ話していけたらなあと思います。


ウェスの作品はかなり昔の作品からアニメーション作品までどれもお気に入りですが、一番好きなのは彼の代名詞とも言える作品『グランド・ブダペスト・ホテル』です。この作品をきっかけにウェスを知ったこともあり、私が「ウェスらしさ」を考える時にいつも基盤としているのはこの作品です。
世間一般でよく語られるウェス・アンダーソン作品の特徴として、「洗練されたカメラワーク」「作り込まれた世界観」「おしゃれで可愛い画面」などがあります。これらも勿論毎回チェックしていますし、大好きな要素です。
それに加えて、毎回登場する『ウェス組』と総称されるお馴染みのキャスト探し、軽快でクセになる音楽、オープニングとエンディングの映像まで、何もかもが大好きで毎回ワクワクさせられます。
ウェス作品を見たことがある方はわかるかと思いますが、シンメトリーな構図やズーム、スライドといった珍しい撮影方法が全編を通して続き、その上ハイテンポで繰り広げられる会話と圧倒的な情報量、そして鮮やかな色合いの独特な世界が永遠に続きます。なのにそれが最後には綺麗にまとまり、まるで一つの展覧会を見たような気持ちになります。

しかし、これこそ好き嫌いが分かれるポイントでもあります。というのも、鑑賞者が映画に何を求めるか、それによってウェスらしさは良い方向にも悪い方向にも転がるのです。
例えば、私はテンポが良い映画が好きで、邦画独特の「間」の取り方があまり得意ではありません。疾走感を求める派としてはウェス作品は大変心地いいのですが、早すぎて訳がわからない、といった意見も見受けられます。
情報量が多いのに、あまりのスピードについていけない。結果ストーリーをあまり理解できなかった。
今作『フレンチ・ディスパッチ』は特にその色が強かったなと思います。


事前にあらすじを見ていればわかるのですが、この映画は3本+1本、その周りを構成する物語による短編集です。話同士に実質の繋がりはないため、飛び飛びに感じやすいです。
歴代の長編作品のように1本のストーリーでまとまっていれば、最初から最後まで疾走感が途切れることはなく、かつ物語も理解しやすく、2時間があっという間に過ぎ去ります。
しかし今作はウェス作品にしては珍しく、体感時間が長かったです。一気に3本分のストーリーに触れることができ、お得感はありましたが、その分結局どれが印象に残ったかといえばどれも中途半端になってしまいました。1個目のお話がすごく自分好みだったのでそれはすごく覚えていますが、『グランド・ブダペスト・ホテル』のような長編の方が個人的にはのめり込めて好きでした。

短編集であることを知らずに鑑賞した方も多いのではないかと思います。
映画鑑賞はあらすじを見ることが前提ではないですし、そもそも今作はあらすじがかなり不明瞭に書かれていたので難しい点だったとは思います。
ですが、それらも承知でウェスは『雑誌の映画化』というコンセプトに挑んだのだろうと思うので、彼の発想力とそれを実行する力には毎回驚かされます。ぜひ一度体験してほしい、新感覚の作品です。

もう1つ、私がウェス作品において大好きなものがあります。それは彼の『コミュニティ』の描き方です。
彼は映画の中で、沢山の狭きコミュニティを作り上げます。家族、所属団体、職場、などが主な描き方ですが、例えば全世界や国中、街中を巻き込んで何かをしたり、といった大きい規模で物語が進むことは少なく、もっと狭いコミュニティに焦点を当てて、その中で繰り広げられる「小さな大事件」をコミカルに描き出します。これが私の思うウェスらしさです。
『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』『ダージリン急行』では家族、『グランド・ブダペスト・ホテル』『フレンチ・ディスパッチ』ではそれぞれホテル、出版社の職場がコミュニティとなり『ファンタスティックMr.FOX』では狐の仲間が住むコミュニティが一丸となります。これらを通してウェス作品からは人の繋がりを深く感じることができます。政府にデモを起こす学生団体が登場することもあります。大人も子供も関係なく、それぞれがそれぞれらしく振る舞い、それを受け入れてくれる居場所が必ず用意されています。
敢えて狭いコミュニティに焦点を当てることで、もしかしたらどこか別の国ではこんな事が実際に起きていたかもしれない、と思わせてくれる器の大きさが素敵だなと思います。

また、彼は作品の外でもコミュニティを作ることが大変上手な人物です。先ほど少し触れたように、ウェス作品には毎回お馴染みのキャストが登場することが多く、作品を重ねるごとに「ウェス組」の俳優は増えていきます。音楽も毎回同じ作家が制作に関わります。
メイキング映像を見ると、制作陣や俳優がウェスの作り出す作品とそのコミュニティについて言及している場面が多いのですが、とにかく皆が楽しんで作品作りに挑んでいることが伝わってきます。ウェスの無茶振りにも笑いながら応えたりと、裏話もとにかく楽しそうです。そんな愉快な現場だからこそ愉快な映画を生み出すことができるのでしょう。

制作陣に限らず、世界中のウェス・アンダーソンファンも、一種のコミュニティであると解釈しています。面白い例として、インスタグラムに『Accidentally Wes Anderson』という、ウェス映画に出て来そうな場所、風景の写真を集めたアカウントが存在するほどなのです。投稿数は1700越え、フォロワーは160万人ほど。これらの数字を見るだけでもコミュニティの大きさが分かります。


非公式の活動ではありましたが、このアカウントに投稿されたウェスっぽい写真を集めた写真集が発売された際、なんとこの写真集にウェス本人が序文を寄稿したのでした。
日本でのメディア露出はまだまだですが、日本にも沢山のファンがいます。そのコミュニティ色の強さを苦手に感じる人もいるかもしれませんが、ウェス・アンダーソンという人間に対して思う、一切押し付けがましさのない自由な雰囲気が私は好きです。国境を超えて愛される彼の世界は唯一無二です。


ウェス作品が苦手な方も、『フレンチ・ディスパッチ』を見るか悩んでいる方もいるかと思います。私から確実に言えることとしては、この映画を見ることで嫌な気持ちになることは絶対にないと思っています。彼はコミュニティを作りあげ、コミュニティを幸せにする力を持っています。
好みは人それぞれなので、満足度には勿論差があると思いますが、一度難しいことを忘れて、深いことは考えずにウェス・アンダーソンの世界に浸ってみてほしいです。きっと何とも不思議で、何とも穏やかな2時間になるでしょう。そしてウェスの作り出す暖かなコミュニティに、これからもっと沢山の人が増えることを願っています。

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