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【創作】オーガニックコットン 第2話


1Kの小さな私のお城。


狭いけどロフトがついていて
のびのび使えるし、
淡い黄色の壁紙が
元気をくれるから気に入っている。



「座って待ってて」と言っても
ソウくんは食器を出したりして
手伝ってくれた。


「子どもみたいなことしか
 できないけれど」


そんな風に笑うこの人は
本当に優しくて穏やかだ。



今日のメニューは
冷蔵庫の中にあるもので簡単に、
豚肉の生姜焼きと
お豆腐の味噌汁とご飯。


それに大根があったので
大根ステーキも添えた。


定番すぎるかな。
でも美味しそうに出来た。



「ユズ、天才!」

「本当?いえ〜い!」


2人でハイタッチをしてから
「いただきます」をした。



ソウくんは日本食が好きなので助かる。
特養で頼んでいる
ご入居者と同じ給食も
残しているのを見たことがない。


「コンビニ弁当とか外で買ったものは、
 食べすぎると身体に悪いよ」


一緒に食べながらそういうと
似合わない顔でニヤリとして言った。



「毎日食べているよ。でも元気だ」

「身体に悪いものがたまっていくんだよ」

「だけど料理は本当に苦手です」



朝飯前で料理をする姿が
ごく自然に想像出来るのに、
ソウくんは頑なに拒む。



「じゃあ時々作ってあげるから
 食べに来たら」



今夜の私はどうしてこんなに
大胆なんだろう。
満月を見ていたからかな。




私が作った料理を完食して
満足そうなソウくんが
一瞬動きが止まったように見えたから
心配になったけど、



「本当。嬉しいな」



すぐにそう微笑んで
お財布からお金を出した。




「こんなにいいよ。
 これじゃコンビニ弁当より
 ずっと高くなっちゃうよ」



我々介護士はお金にシビアだ。



聞けばバスやタクシーの運転手、
保育士だって
同じように厳しい給与体系らしいし、
この時代に好きな仕事で正社員として
働けているのだから
幸せだと思う。




だけど物価も高騰しているし、
お金に細かくなってしまうのは、事実。



「でも、作ってもらって
 嬉しかったから、取っておいて」



じゃあ、これだけ、と
少額返そうとすると、


アハハと身体を前のめりにさせて
笑ったソウくんは
受け取らなかった。




「全く日本人は。
 じゃあ次に僕が来る時に使って」

___________________



日勤か早番のとき、
ソウ君はその後も
何度か夕食を食べに来た。




そんな日は私の部屋へ行く前に
2人でスーパーへ寄って買い物した。
いつだって笑顔を絶やさない
ソウくんの隣にいるのは
心臓がざわめくのに気持ちが良かった。




ソウくんは春の海みたい。
穏やかで明るく、
いつまでも
見ていたくなるような海。




ときどき夕食を共にするようになって
何回目の日だっただろう。




その日は2人とも早番だった。
早番だと夜の時間が長く使えるから
ソウくんとゆっくりお喋り出来る。




だけど、
スーパーにいるときから
ソウくんは何か考えているようだった。



「今日は豚こまが安いね。
 キャベツが家にあるから
 炒め物にしようか」



そう言ってちょうどいい
豚こまのパックを幾つか手渡すと、
まるで豚肉屋さんの品定めみたいに
真剣な表情をして、
それを凝視している。



「どうしたの」



私にそう問われてやっと
いつもの笑みを取り戻して

「ううん、何でもない」

と言った。




ソウくんが少なくとも
表情だけは真面目な顔つきで
選んだ豚こまは、
塩味のちょうど良い炒め物に仕上がった。





食事が終わった後のお茶は、ジャスミンティー。
ソウくんが好きなこの香りの良いお茶を
先週の休みの日に買っておいた。


取りに行こうと
立とうとしたとき、
急に手首を軽く掴まれた。



「ソウくん?」



ソウくんの骨張った手は大きくて
楽々と包み込んでしまった
私の手首が華奢に見える。





ぼんやりそんなことを思って
ソウくんの顔を見ると、
また怖いくらい真面目な顔をして
私の目を見ている。



「ユズ」



渇いた低い声で私を呼んだ。





この人はただの穏やかな
春の海じゃないのかもしれない。




「僕はユズが好きだよ。
 僕の恋人になってください」




あまりに真剣なソウくんの表情は
少し顔に赤みがさしているのに
視線が私を捉えて離さない。




もらったことばを理解するのに
少し時間が必要だった。
ようやく意味が分かってソウくんを見ると
目が、嘘じゃないって言っている。
私は嬉しくて、つい大きな声が
出てしまった。




「うん、いいよ!」




途端にぽかんと間の抜けた顔をして
ソウくんが畳みかけるように言った。




「ユズ、ユズ、僕の日本語、通じた?」


「もちろん、通じたよ。
 私たち、恋人同士になろう」




ソウくんはお財布をなくしたかのような、
困ったような焦ったような顔で
慌てている。




「いや、まるで一緒に帰るのを
 誘ったときのように
 軽く返事していいの」


「え、だって私
 ソウくんのこと好きだもん」


「そんなドラえもんが好きみたいに
 簡単に言うけど、本当に分かっている?」




まだ困った顔のまま
ソウくんは私の両腕を軽く掴んで
じっと私の目を見る。


日本人がしないような強い眼差しに
落ち着いていられなくなる。
私は焦って早口で返事をした。




「うん、ドラえもんより好きだよ。
 ずっとずっと、誰よりも好き。
 信じられないなら、
 私の心臓のとこ、触って音を聴いてみる?」


「う……」




ソウくん、ますます困ってしまったみたい。
顔を横に背けて片方の大きな手のひらを
額に当ててしまった。




「それは……もう少し先でいいや。
 まったくユズは……。
 僕はこの気持ちをどうやって伝えようかと
 たくさん台詞を準備してきた。
 それなのに、何ていうの。
 拍子抜け、だったかな」



「まるで嫌みたいに言うね。
 どんな台詞を準備したの」


「ユズは柚子みたいだ」


「何それ。顔が丸いってこと?」


「違うよ。柚子みたいに明るくて
 可愛くて、いいにおいがする。
 近くにいるだけで、嬉しい気持ちになる」



私は嬉しくて
踊り出したい気分になって、
ソウくんの顔を覗き込んで聞いた。



「他には?」


「ストレスをちゃんと自分で
 解消しているところ、とか。
 言いたいことをちゃんと
 伝えるところ、とか」



思ってもいないことを言われて驚く。



「そうかなあ」


「そうだよ。ユズは強い。
 明るくて、でも少し弱そうに見えて、
 やっぱり強い」


「ふふ。何それ」



自分の印象を他の人から聞くのは面白い。



それが大好きな人からの好印象だったら
なおさらだ。


「他には?」


「oh, my goodness.
 もういいでしょう?恥ずかしいよ」


「ええ〜、準備して来たんでしょう?
 聞きたい」


そう言ってソウくんの周りを
ぐるぐる回る。



「また今度、少しずつね」



ソウくんも私の両手を捉えて
2人で狭い1Kの部屋を回る。



「ソウくん、ソウくん。好きだよ」



「僕も好きだよ、ユズ」



ぐるぐる。



「バカップル、成立だね」

ぐるぐる。

「バカップル?」

「バカなカップルってこと。
 いちゃいちゃしていて。
 いちゃいちゃは、分かる?」

「それなら分かるよ。ドラマで知った。
 例えば・・・・・・」


ソウくんが私を強く引き寄せようとして
私たちはバランスを崩した。



「危ない!」


ソウくんは私を守るように
抱き抱えて、
止まりきれずにその背が壁に追突して音が鳴る。



「壁ドン!」
「壁ドンだ!」



2人して大声を出して
思い切り床で笑い転げた。


ソウくんを下に
寝転がったまま抱き合った私たちは、
しばらくぴったりとくっついたまま
離れないでいた。

ソウくんのTシャツの繊維が
私の顔に柔らかに触れる。


「今日のTシャツも、コットン?」


生成りの優しい風合いは
まるでソウくんのためだけに
作られたように、彼に合っている。

「そう。国のオーガニックコットン」


ソウくんは今度は
英語ではなくカタカナ語で言った。


「肌ざわりが良くて、気持ちいいね」

「僕はユズが上にいるから
 気持ちいい」

そう言って私の髪を撫でる。

「今、エッチなこと考えたでしょう」

途端にソウくんは真っ赤になって
顔を背ける。

「だからそういうのは、
 もう少し後になってからでお願いします。
 日本人はカジュアルだな……」


困っているソウくんが可愛くて、
無理やりその端正な顔に
顔を近づけてみる。

「そうなの?」

赤い顔でそれでも、
私をじっと見つめてソウくんは言った。

「そうだよ。
 心臓が、壊れてしまうよ。
 僕はユズにあっという間に
 食べられてしまいそうだ」





続きはこちら。

第3話

第4話

第5話

第6話

第7話(最終話)



以前のお話はこちら。

第1話


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