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【創作】オーガニックコットン 第5話

早番の行き道、
昼夜の喧騒と打って変わって
まだ人通りの少ない歩道は
遠くまでよく見える。


この街は駅周辺は
賑わっているけれど、
少し歩くと緑が多い田舎の風景に
突然変わる。


まだビルの多い
灰色の道に足を運んでいると、
随分と先の劣化したガードレール寄りに
馴染みの背の高い人と制服姿の男性が見えた。




小走りで近寄ると
ちょうどソウくんと
引き締まった体つきの
同世代のような警官が
挨拶して別れるところだった。



「ソウくん、どうしたの」



何か事故にでも遭ったんじゃないかって
心配して声をかけると、
笑顔で返された。



「おはよう、ユズ」



いつものソウくんだ。

二人で並んで田舎側にある
施設へと向かう。
この人の隣が
すっかり快適な場所になった。



「職務質問だよ」

「えっ?何かしたの?」


ソウくんは困ったように笑う。


「何も。
 外国人は何もしていなくても
 職務質問される。
 正しく言うと、西洋人じゃない外国人」


私は返すことばを失った。


「……何もしていないのに
 職務質問されるの」



「そうだね。でも僕は大丈夫。
 肌の色も薄いから
 半年に1回されるくらいだ。
 だけどアフリカ人の友達は
 1週間に1度のときもあるそうだよ。
 肌が黒いからね」



再び絶句する。


この国に長年住んでいる私の方が
こういった問題を何も知らないなんて、
一体何をやって生きていたんだろう。



「……肌の色で決めるの。
 それって完全な偏見だよね。酷いよ」



そう言うとソウくんは
再び苦笑する。
朝の風は弱く爽やかで
車の数もまだ少ない。


「そうだね、偏見だ。
 偏見はどこにでもあって、
 それが悪いと思ったら
 意見を伝え続けないといけないよね。
 いろんな、例えば、公的な場所に。


 だけど、きっと
 それはすぐになくなることじゃないから
 僕は、気にしないのも
 大切だと思う。

 ユズの近くにもあるでしょう、偏見は」



「うん、私は
 介護職だっていうと
 変な眼で見られるのが嫌。

 すごい、って口で言っておきながら、
 下の世話や給料が少ないことに
 直接結びつけてるっていうか。

 人が足りないから介護士なら
 能力がなくても、
 誰でも出来るでしょう、って
 言われることもあるよ。
 人の命を預かっている仕事なのにね。


 そんな人に会うたびに
 いちいち反応しちゃう」


暗い、真面目な話でも
朝の光がそれを中和してくれる。



「偏見に慣れるのは良くないよね。
 難しいね、そこはちゃんと
 嫌な気持ちに気づかないといけない。
 された人が意見を言わないと
 何も変わらないから。


 だけど、
 反応が強いと
 今度はストレスになる。


 気持ちを変えることも
 自分を守るために大切だ」


ソウくんがまるで
何年も偏見について
考え抜いてきたかのようなことを言うから
心配になる。



「他にも日本で
 偏見に遭ったことあるの」



「たくさんある。
 例えば、部屋を借りるときはとても難しい。
 外国人は汚く使う、とか
 ゴミを分別しない、とか
 騒ぐ、とか思われているみたいだ。

 実際にそういう外国人が
 たくさんいただろうから
 気持ちは分かるけどね」


ソウくんはきっと、
日本で育って生活している日本人より
ずっと多くの困難に耐えながら
生きているのかもしれない。


この国で生活するためには
嫌なことにも目を瞑って
笑って流さなければ
ならないのかもしれない。


「ソウくん」

爽やかな朝の光の中で
私は呼んだ。

「ん?」

「ソウくんのことは、
 私が守るね」

ソウくんはぽかんとした
顔をしていたけれど、
やがて眉を少し下げて笑った。

「ありがとう。
 ユズは頼りになるね」




続きはこちら。
第6話

第7話(最終話)



以前のお話はこちら。

第1話

第2話

第3話

第4話


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