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【創作】オーガニックコットン 第6話


「絶対だめだ、外国人なんて」


ソウくんとの結婚を決めるまでは
前途多難だった。



最初、両親は決して
それを許さなかった。



「だいたいあなたは手塩にかけて育てたのに、
 大変な介護の仕事なんて選ぶし
 どれだけ心配をかけていると思ってるの。


 外国人と結婚したら
 家族中を日本に呼び寄せて、お金を全て
 取られてしまうわよ」




「介護の仕事は好きでやっているの。
 それに、ソウくんのお父さんは
 大きな会社の社長だから
 お金に困ってるわけないよ」


「それは現地での話でしょう。
 日本円にしたら違うわよ」


「そうだな。
 外国人と結婚した日本人が
 家族総出で金ズルにされるのは
 よく聞く話だ」


そんな感じで、両親には
取り付く島もない。


それで、
私の言うことには甘い
お兄ちゃんに間に入ってもらって、



「会ってもいないのに
 全て決めるのは良くない。
 向こうの国に住むわけでもないんだし、
 会うだけ会ってみなよ」


って
両親を説得してもらった。




お母さんはソウくんを
家に上げるのを嫌がった。




それで、外で待ち合わせしたのが
気持ちの良い晴れた日で
かえって幸いだった。




日の光をじゅうぶんに受けた彼を
見たお母さんは、
案の定すぐに絆されたから。




国全体が貧しいとはいえ、
元はと言えばソウくんは
私とは比べられないほど
裕福な家で育ったご子息だ。




私でも分かる高貴さを
お母さんが気づかないはずがない。 



更に、ごく自然にソウくんから
発せられることば。


「お荷物、お持ちします」


これでお母さんのハートは
メロメロになったみたい。




第一関門、突破。
その後更に大変だったけど。



ソウくんは
見た目もいいけど
頭も性格も良いんだよ。


もし、
もし日本人だったら
何の反対もしなかったでしょう?





いつだかソウくんに
聞いたことがある。



「ソウくんは3ヶ国語も話せて、
 日本で介護福祉士も取れて、
 N1も持ってる。
 頭もいいのに、
 介護の仕事をして辛いと思わないの」




「辛い?どうして?
 僕は介護の仕事が好きだよ。
 他にどんな仕事ならいいと思うの」



私の髪を撫でながら
彼は言った。



「例えば外国語の能力が生かせる
 商社とか」



「貿易にも興味があるけど、
 僕は介護の仕事に
 誇りを持っているよ。
 ユズは違うの」



優しく触れる
骨張って大きいソウくんの手が
気持ちいい。



「ううん。
 私はこの仕事、大好き。
 ただ、私たちの仕事って
 汚れ仕事だからって
 馬鹿にする人も多いから。
 給料も高いわけじゃないし」



「給料は、数年して
 社会福祉士を取れば
 少しは上がるでしょう。
 ケアマネを目指してもいい。
 人の言うことは、
 気にしなくてもいいんじゃない」



その日の顔合わせは両親と私、
ソウくんで行なった。
お兄ちゃんは仕事で来なかった。


外で待ち合わせた私たちは、
詳しい話を
よくあるチェーン店のカフェで
もちろん予約もなしに行なった。


わざわざお菓子折り持参で
スーツを着てきてくれた
ソウくんに対して、
両親のあまりにやる気のない態度。


お兄ちゃんが恋人を連れて来たとき、
それは年によって何人か変わったけど
お母さんはいつだって
お寿司やケーキなどのご馳走で
おもてなししていたのにな。


それに比べて
これは酷いんじゃないかと
育ててくれた恩も忘れて
両親のことが嫌いになりそうだったし、
縁を切りたくもなった。


生まれた国が違うだけで
どうしてこうなんだろう。

それともお兄ちゃんが特別で
両親は私のことが嫌いなのかもしれない。



「君にきょうだいはいるのかい?」


子どもの頃から見慣れたマークが
描いてある白いカップ。


駄菓子幾つかの値段で買える
ブレンドコーヒーを飲みながら
お父さんは言った。


「はい、兄が二人、姉が一人います。
 上の兄は父が経営する会社の跡継ぎで
 国にいますが、
 下の兄はオーストラリアに、
 姉はアメリカにいて
 それぞれ家庭を持っています」

優しいソウくんも今日ばかりは
臨戦態勢に見えて、
就職の面接みたいな話し方をしている。


「ほう、家族がバラバラなんだね。
 それはさみしいね」


ソウくんはいつものように
自然な笑顔で言った。

「私の国では、よくあることです。
 幸い私たち家族は
 国で生きていけないわけではありませんが、
 ああいう状況ですから
 保険のためにも家族が
 外国にいた方がいいです」


「というと?」


どこの町にでもある
ありふれた香りのそのコーヒーを
すすりながらお父さんは聞く。


「国で何かあったとき、両親や上の兄は
 下の兄や姉を頼って
 オーストラリアやアメリカへ渡る話が
 あるようです」


「君のいる日本へは来ないの」

わずかにお父さんの声が低くなった。


「両親は英語はできても
 日本語は理解しませんから」


二人で顔を見合わせて
あからさまに
安心したような顔をする両親に、
私は心底うんざりした。


___________________



「ソウくん、ごめんね。
 嫌な想いさせて」


両親と別れて
私たちはそれぞれの住処へ向かった。



右手をソウくんの左手に預ける
いつものスタイルで
帰り道を歩いている。

「ん、なんのこと。
 素敵なご両親だ。
 ユズの目はお父さんに似ているね」


「警察の取り調べみたい
 だったでしょう。両親が」


「そうかな。
 僕は日本人と違って
 空気がうまく読めないから
 分からないな」


とぼけたような顔を作って
微笑んだソウくんの
肩に肩をぶつける。


「嘘ばっかり」


ソウくんは声を出して笑った。


「でも、言われるだろうと
 思っていたことしか
 言われていないよ。

 それに、ユズをとても大切に
 思っていることが分かった。

 お会いできて良かったし、
 最終的に許可をもらえたから
 とても嬉しいよ」 


「それならいいけど」


「そうだよ。
 きっと僕が外国人じゃなくても
 女性の両親は
 厳しいことを言うと思う。
 僕の国でも同じだよ。
 娘を想う、親の愛情だ。
 愛されているね、ユズ」

「うん、だけど私は
 縁を切りたくなったよ。
 家にも呼ばないで顔見せだなんて」


「そんなことを言ったらいけない。
 心配しているからだよ」


私は長い、大きなため息をついた。


「ソウくんは大人だね。
 私は両親にがっかりしたよ。

 私も両親の子どもだけど、
 ソウくんだって、ソウくんのご両親の
 大切な子どもでしょう。

 お父さんもお母さんも、
 そこの想像力が全然ないよ」



ソウくんは空を見上げながら
しばらく考えているようだったけど、
この街に1店しかない
パチンコ店の喧騒の前を通り過ぎたころ、
口を開いた。

「親って大人になるほど本当は
 素晴らしくないって気がつくね。

 小さいときはすごい存在だと思っていても
 実際は自分たちと同じ、
 ただの人間だってわかる。

 それはデコボコで
 悪いところもたくさんある。

 そして僕たちは
 親がした小さなことを、許せない。
 同じことを友達がしても
 簡単に許せるのにね。

 だけど、会いたいと思ったときに
 すぐ会えるところに親がいるのは
 とても幸せだ」


いつもの世間話をするような口調で
言ったソウくんのそのことばが
私の胸の中心に、ストレートに入ってくる。


「ソウくんは、ご家族と離れていて
 さみしい?」


普段穏やかなソウくんが
大きな声で反応する。


「もちろん、さみしいよ!
 だけど僕の国では特別なことじゃない。
 話したいときはSkypeで話せるけど
 兄や姉とも、みんなで会いたいと思う」

私は何と言えばいいのか
分からなかった。



「僕はきっとユズを幸せにする。
 そしてユズのご両親に
 安心してもらえるように努力するから、
 ユズも後悔しないように
 ご両親を大切にするといい」


ああ、私本当にこの人が好きだ。


こんな素敵な人と結婚できるなんて
世界一幸せだ。
つないだ手をキュッと強く握る。


「ソウくん、ありがとう。大好き」


ソウくんは私の唇に軽くキスをして
優しい眼をしてささやくように言った。


「お礼はもらったよ」


どうしてこの人が
冷たく遇らわれなければ
ならないんだろう。




___________________


「お父さんもお母さんも
 日本人の代表なんだよ」


お母さんに電話をかけたら

「外国人はまだ不安だけど
 あの人ならまあいいでしょう」


なんて、
まるでソウくんが随分
下の人みたいに言うから
低い、嫌な声が出てしまった。


ソウくんに
親のことは大切に、と
言われたばかりなのに。


「どういうこと」

「お父さんお母さんが上から目線で
 ソウくんを品定めしたみたいに、
 向こうのお父さんお母さんも
 私で大丈夫かなって
 思っているでしょう。

 息子が結婚相手の親に
 初めて会うとき、
 家にも呼んでくれなかったし
 どこにでもある気の利かない
 チェーン店のコーヒーショップで
 顔合わせしたって知ったら、
 私の方が嫌がられる。


 それどころか、
 日本人全体を嫌うかもしれない。
 お父さんとお母さんのせいで。


 ソウくんのご両親は
 ホテルを経営しているから
 国際的なマナーを
 よく知っているはずだし、
 お兄さんやお姉さんがいる
 オーストラリアやアメリカのことも
 詳しいでしょう。


 そうでなくてもそんな態度じゃ誰だって
 日本人は駄目だな、って思うよ。


 お父さんとお母さんのせいで!」



口が止まらなかった。



あまりに横柄な両親と、
そうされることがまるで日常で
慣れ切ってしまっているかのような
ソウくんの優しさが苦しくて、


酷いことを言っているって
分かっていても、
最後の方は吐き捨てるように
言ってしまった。

お母さんはずっと
黙って聞いていたけど、


「そうかもしれないわね。
 お父さんと話をするわ」


そう呟いて電話を切った。



「柚子香、お前
 母さんに何を言ったの」


やっぱりお兄ちゃんからLINEが来た。


すぐに電話をかけて
ことの顛末を全てお兄ちゃんに話した。


チェーン店のカフェで
顔合わせしたこと。


お父さんお母さんの話が
警察の尋問みたいだったこと。

それでもソウくんが
お父さんお母さんを庇って
大切にするように言ったこと。

途中から涙と嗚咽が
止まらなくなって、
泣きながらめちゃくちゃな声で
話続けた。


「いつもの優しいお父さんとお母さんなら
 胸を張って紹介できたのに、
 どうして私の一番大事な人に限って
 こんなに冷たくするの」


相槌を打ちながら
辛抱強く聞いてくれていたお兄ちゃんは
やがて口を開いた。

「知らないことは恐怖だからな」


「辛かったな。
 お前の彼氏は本当にいい奴だし、
 柚子香の言っていることは正論だ。


 それは今後のことを考えても
 伝えるべきことだったと俺も思う。


 だけどな、
 母さんは世間を知らない
 小さい町のスーパーのパートだから
 世界のことを言われても
 よく分からないし、
 父さんだって外国人と
 接する機会なんてない仕事だろう。

 世代間のギャップもあるしな。

 それでも俺たちを育ててきた
 矜持はあるんだよ。


 だから柚子香、
 今回のことは父さん母さんの方が
 悪いと俺も思うけど、
 次の機会にお前も謝っておきな。


 母さん、相当落ち込んで
 俺に電話をかけてきたから。


 正論で、
 伝えなければならないことでも、
 相手を傷つけることもあるからな。


 2人には俺から上手く
 言っておくから心配するな」



続きはこちら。

第7話(最終話)


以前のお話はこちら。

第1話

第2話

第3話

第4話

第5話


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