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【創作】オーガニックコットン 第7話(最終話)


私たちの結婚式は
勤務先の特養で行なった。


ソウくんに
ここで式が挙げられたらいいね、って
何の気なしに言ってみたら

「それ、実現させよう!」って
張り切ってしまった。


こういう時のソウくんの
行動力は本当に尊敬する。


さっそく私の手を引いて
施設長に相談しに行かれた。


私は迷惑をかけるから
断られると思っていたけれど
何とすごく乗り気になってくれて、
知り合いの銀行マンやら政治家やら
たくさんの人の伝手を頼って
本格的な装飾を施してくれた。

どこの誰が用意したのかは知らないけれど
レッドカーペットまで敷いてあった。

元々、趣のある特養のこともあって
更に本格的な
結婚式場のような雰囲気ある
会場に早変わりした。


現場の同僚には
いつも以上に仕事を
増やすことになるから
悩んだんだけれど、
介護長にも、先輩にも言われた。


「私たちだって
 貴女たちがしてくれなかったら
 こんな光栄なことって
 きっと一生できないわ。

 そんな希望を出してくれた
 2人にとても感謝してるのよ。

 だから、堂々と、ここで式を挙げて。
 むしろこちらから
 お願いしたいくらいよ」


一方で、
お父さんとお母さんは
苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「資金なら出してやるから
 もっとちゃんとした場所でやった方が
 落ち着けるんじゃないか。
 駅前のホテルでもいい。
 あそこは人気があるだろう」



「父さん、柚子香のやりたいように
 させてやれよ。

 一世一代の行事に妥協させたら
 しこりが残るし、
 父さんの思う幸せと
 柚子香のそれとは違うんだ。

 だいたい柚子香が本当にやりたがって
 すぐに諦めたことなんて
 今までだって無いだろう」


お兄ちゃんは私のことを
いつだってよく分かってくれている。




ソウくんは敬虔な仏教徒だから
服装も着物がいいのかと思ったけど、
私がドレスを着たいと言うと
快くOKしてくれた。


2人で選びに行って
オーガニックコットンの
エンパイアドレスに決めた。



ソウくんを纏っているようで
心がこそばゆい。




特養で式を挙げてもいい。


人に迷惑をかけない範囲で、
ううん、かけているかもしれないけれど、
相談しながら礼節をもって
好きなように、すればいいと思う。




会場には地元のマスコミまで来て
恥ずかしかったけれど、
その分協賛金を頂けた。

施設長は
「これはすごい施設のPRになるよ」って
ニヤリと黒く笑った。


施設と分配して
私たちの分は
新婚旅行の費用の足しにしよう。


ソウくんの国へ行って
オーガニックコットンの
畑が見たい。




ソウくんのご両親は
はるばるヤンゴンから
伝統的な民族衣装でいらっしゃった。




刺繍が細かく散りばめられた
鮮やかで上質なシルクのロンジー。



拙い英語で挨拶した私に
輝くような笑顔を返し、
優しくハグしてくれた。



ミャンマー語も私、習わないと。


「あら可愛いねぇ」

「本当だねえ、あの子は天使みたい」


ソウくんの小さな甥姪ちゃんたちは
ちょんと座って大人しくしていたり、
式前後の空いた時間に
敷地の広場で走り回ったりしている。


ご入居者は子どもの姿を見ると
とても嬉しいみたい。
皆が喜んでいる姿を見て
私もほっとした。



ソウくんは
金髪でくるくる巻き毛の男の子を
ひょいと抱っこして言った。


「国際結婚は兄が先輩だから、
 いろいろ相談できるよ」



いろんな人の微笑みが
そこら中に溢れて見える。



登録ボランティアさんたちは
この日のためにたくさん
来てくれた。

「嬢ちゃん、きれいだよ!」

川窪さんの横にいる
高田さんの太い、大きな声が
私に届いた。

日曜日がお休みの
デイサービスセンターの職員さんたちは
この日のために
介護を手伝ってくれた人もいた。


私やソウくんと仲良しの
特養スタッフが出来るだけ
式を楽しめるように、って。


ジュリエットさんは
魅惑的な真紅のドレスを着こなして、
音楽に合わせて
ご入居者とノリノリのダンスをしていた。


96歳の田島さんは
ボロボロ涙をこぼしながら
嗚咽している。


「ありがとう」って伝えたら

「こんな幸せな日は初めてよ。
 お礼を言いたいのはこっちだよ。
 頑張って子どもをたくさん
 こしらえるんだよ」

ですって。


門脇さんも、どこかで
見ているのかな。


「新人さん、おめでとう」って
言ってくれているような気がする。



お母さんは
顔をめちゃくちゃにして泣いていて、
同じく泣いているお父さんに
笑われていた。

後ろでお兄ちゃんが
やれやれとため息をつきながら
それでも嬉しそうに微笑んでいる。


「心配かけてごめんね」

と謝った私に、お母さんは
馬鹿ね、嬉し泣きよ、と
返したあと、


「本当に素敵な結婚式だわ。
 柚子香は私の知らない大切なことを
 たくさん知っているのね。
 私よりずっと立派な、
 誇れる人になったわ」

と、酷い顔のまま、
それなのに実の娘の私が見惚れるくらい
美しく微笑んだ。



お兄ちゃんはソウくんに
言ってくれた。


「俺は貴方の味方ですから」











私、どうして他人のことばかり
気にしていたんだろう。
一部の、介護士への理解が
じゅうぶんじゃない人から
向けられる視線ばかりを。


むしろ、この大好きな仕事に
バイアスをかけて見ていたのは
他ならぬ自分だったのかもしれない。




外国人との結婚は
いろいろ偏見があるから
心配されるのも納得できる。



でも、それだって
一人ひとりケースが違うわけだし、
偏見を鵜呑みにしては
いけないんだって思う。




髪を上げて
タキシードに身を包んだソウくんの
エスコートする所作が美しくて、
いつもジャージで仕事している
その場所を
お姫さまになった気分で
フワフワと歩いた。





仕事も、結婚相手も、結婚式の形態も、
きっと他も何だって、
よく考えて周りに配慮すれば
理解のない人の言うことは気にしないで
自分が本当に望むことを
優先していいと思う。




式に参加してくれて
泣いているお父さんお母さんや
幸せそうなみんなを見て気づいた。




私が好きなことをして
幸せでいることできっと、
周りの人も嬉しい気持ちに出来るって。



ソウくんは素敵な人だけど、
これからも日本にいる限り
偏見の被害や困難に遭うんだろう。


そのときは私が支えよう。



痛みを分けてもらえるように、
もっと強くなろう。


ソウくんに会ってから
偏見についてたくさん考えた。


介護士への偏見。
外国人への偏見。
嫌だな、と思う偏見も
私も他所で持っているのかもしれない。


自分だって加害者かもしれない。


事実、ソウくんからの愛情を
疑ってしまったとき、
「永住権狙い」かもしれない、と思って
ソウくんを傷つけた。


それでも。

気づいて、声を挙げて、
寄り添って。

そうやって一つ一つ
こなしていくことで、
世界の何かが1ミリでも
良い方に変わっていけるように。 


強くなろう。


オーガニックでも生き残った
コットンのように、


手間をかけて育ててもらえたぶん、
たくさんの人に支えられて
成長させてもらっているぶん、

強く、優しく、しなやかに。


(完)   





最後までお読みいただき、
ありがとうございました。


今までのお話はこちら。

第1話

第2話

第3話

第4話

第5話

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