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『劇場』 失って初めて気づく価値

2020年/日本
監督:行定勲
出演:山崎賢人・松岡茉優


1. 安全な場所について

男が必要としているのは安全な場所
そして、その場所を守りたい女。

感情に従順である人間は恐怖 でも尊いと思った


永田は沙希のことを感情に従順と感じている。
でも、本当にそうだろうか。
確かに天真爛漫で無邪気なところが沙希の長所だ。
でも彼女は本音を隠してはいなかったか?


沙希は言う。

「ここが一番安全な場所だよ」

永田にとって微笑みながらそう告げる沙希は「神」だ。

彼女は優しさと笑顔で男の全てを受け入れるだけでなく、男を支える健気さも併せ持つ。
この、男にとって居心地のよい「天国」は、女が男に現実忘れさせることで築いた「幻想」ではなかったか。


2. 自信を持てない男と女の本音

自分に甘いダメ男とそれを支える天使のような女。
この類のステレオタイプな関係性はあまり好きではないが、思い直してダメ男永田の立場に立って作品を観た。

でも残念ながら永田に共感できるところは少なかった。
永田の身勝手さもさることながら、自信のなさゆえの嫉妬、そのくせ高いプライドが見ていて辛いのだ。

比べたら笑われるんだろうけど、俺は自分で創作する人間だからディズニーランドで好きな人が楽しんでるのを見るの耐えられない

だから俺はディズニーと勝負してるわけよ


ディズニーと勝負するのは別にいい。
創作に対して高い志があるのは悪くないと思うから。

でも「ディズニーランドで好きな人が楽しんでいるのを見るの耐えられない」というのはいかがなものか。また、それに対して「すごい! さすが!」と言ってしまう女もこれまた見ていて辛い。
永田の言うとおり、確かに沙希は彼に甘すぎるのだ。


永田の自信のなさは彼の成功体験の少なさ故だろう。
永田は「人のアドバイスを聞かない病」と自分のことを評しているが、それは傷つくのが怖いから。だから彼はぬるま湯(安全な場所)から出たくない。

また、永田は「安全な場所」である沙希を必要とする一方、それを疎ましいと感じたりもする。そんな自分を勝手と思いながらも行動は変えない。
結局、永田が一番愛しているのは自分なのだ。


一方の沙希は純粋無垢のかわいい女だ。
しかし、相手を慮ってか自分の意思を表に出さない。

男に合わせる。主張しない。全肯定。

ある意味男の理想の女なのかもしれないが、結局、沙希は壊れていく。
沙希の心には純粋無垢さとは相入れない感情が潜んでいたにも関わらず、永田が必要としている「安全な場所の神」を健気に演じていただけなのではないだろうか。



3. 依存し合う二人の出口はどこだったか

ところで、永田のダメ男っぷりのエピソードは事欠かない。

ほとんどヒモのような生活をしながら光熱費さえ難癖をつけて払わない。
沙希が永田を喜ばそうとバイクを貸しても、その思いを踏みにじるような行動をとる。気に入らないと怒鳴る。身勝手な嫉妬をする。あぁ、そう言えば浮気もしていた。まだまだあった気がするが、とにかくひどい。

時には埋め合わせをするがごとく優しくなるが、それは酒に酔った勢いで気が大きくなった時だけ。とにかく自分の都合と気分次第。


でもこれは永田だけが悪いわけではない。沙希のせいでもあるのだ。
永田は相手に依存すること、そして沙希は自分に相手を依存させること(またはその逆も)で、自己実現がうまくいかない苦しさや寂しさを紛らわせている。

沙希からすると、才能がある(と思っている)永田に尽くすことで自分の存在意義を保っているのだ。つまり二人はの関係は共依存。

だからと言って、相手を想う気持ちは嘘ではない。
でもそれは自分のため。相手のためを想っての感情じゃない。
お互い、もし相手を失ったら、自分自身を支えられる自信がない。
だからどこにもいけない。出口がないのだ。


しかし、沙希が酒に溺れて壊れていくあたりから状況が変わってくる。
沙希のお飾りではない、人間らしい部分が露わになってくるのだ。
彼女は自暴自棄になり、酔って本音を永田にぶつける。

あたし 27歳になるんだよ 
地元の友達みんな結婚してさ 
あたしだけだよこんなの


そこにはもう無邪気で純粋無垢な沙希はいない。

そして、ついに沙希は自分の意思で、東京を、永田のそばを離れる決意をする。


永田に真実を突きつけたのは高校時代からの友人、野原だった。

人から才能があるって思われてないことには気づいてる?

そう問われて永田は答える。

それは、ずっと知ってる


そうだよなあ、だけど沙希ちゃんにだけはそう思われたくない。
他の人に思われても平気なふりはできるけど、沙希ちゃんに思われると壊れるんだろ、自分が。

それが嫌で、怖くて、それで逆にさきちゃん壊す?  何様だよなあ

だけどお前は自分が好きだからやめられないんだよな


これが真実だ。
でも、そこには自分の才能を疑い、苦しみ、また上手くいかない人生を必死で耐えている永田の孤独が見え隠れする。彼だってギリギリなのだ。

でも、もう「安全な場所」はない。
永田も沙希も出口を探さなければならない。


4. そして人は変わっていく

壊れ始めた沙希と永田が自転車に二人乗りで桜を観る場面がある。

みんな幸せになったらね 

うまくいかんね なんでだろ

俺の才能が足りないからね

永田が一人でしゃべり、沙希は一言も口を開かない。
薄暗い桜並木を駆け抜ける二人乗りの自転車が走り抜けていく。
永田の悲しげな表情。そして美しい光景を見上げる沙希。

二人は、この生活を終わらせなければならないことを知っている。



そして、「劇場」につながるラストシーン。
沙希の言葉はどこまでも「神」だ。

昔は貧乏でも好きだったけど、いつまでたっても何にも変わらないじゃん
でもね、変わったらもっと嫌だよ。だからしかたないよ。
本当は永くんはなんにも悪くないんだもん。何も変わってないんだから。

勝手に年をとって焦って変わったのは私の方だから
だから、ありがとう


それに対して、永田は芝居のセリフとして、成功した後の夢を沙希に語る。

それは「演劇が認められて成功したら美味しいものを食べに行く」とかそういう平凡なことだ。今まで彼はそんなありきたりな夢を語ったことはなかった。


でも沙希はもっと前にそれを聞きたかったはずだ。
永田が語っているような「平凡な幸せ」がかつての彼女のささやかな望みだった。

でもそれはもう過ぎたこと。



生きることは変化することだ。
頑なに変わらなかった永田も安全な場所を失った以上、変わるしかない。

そして人生は続く。


一番会いたい人に会いにいく。
こんな当たり前のことが、なんでできなかったんだろうね。


大切なものは失って初めてその価値に気がつく。


5. 最後に

現実を直視できない男と、そんな男と現実的な幸せを望んだ女の恋は、見ていてせつないだけでなく辛かった。というか、ちょっとイライラした。

自分がもっと若い頃にこの作品に出会ったとしたら、感じ方は違ったかもしれない。
今の私は(たとえどんなに魅力的なオーラがあっても)永田みたいな男にときめかない程度には分別があるし、自分が沙希の友達なら彼女に説教してしまいそう。

ちなみに、イライラの原因の大部分は前半の共依存関係の描写にあると思っていて、ちょっとテンポが遅く長すぎると感じた。
映画館で観るならともかく、逃げ場がある家(Prime Video)で鑑賞すると「途中で挫折する可能性もあるかな」というのが正直なところ。

しかし、永田のダメっぷりと沙希へのイライラ感を耐えたおかげで、後半からラストにかけて作品に引き込まれた。特にラストの展開は斬新で心に刺さった。
そしてなんと言っても、山崎賢人と松岡茉優の演技が素晴らしかった。


トップ画像:「劇場」オフィシャルサイトより引用
https://gekijyo-movie.com


 (day78)

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