その選択によって、失ったものと得たものは何か-映画『男と女』
人は選択することによって何かを失い、そして何かを得る。
失ったものと同等の価値があるものを得るとは限らないけど、失う・捨てることによってこそ、得ることができるものがあるのも事実。
先日、6月に観た映画「男と女」(監督:イ・ユンギ)を再鑑賞した。
韓国ドラマ「トッケビ」を完走し、コン・ユの主演の別の作品を観たくなり、以前鑑賞して涙したこの作品を選んだ。
前回(初観)の感想はこちら。
2ヶ月前と同じように、鑑賞後はぐーっと胸が締めつけられた。
登場人物たちの孤独や寂しさが伝わり、心の奥深くに入り込んでくる作品なのだ。
それと同時に、2回目の鑑賞だからこそ考えたこともあった。
それは、それぞれの選択によって「失ったもの」と「得たもの」について。
その前に、ここで簡単にあらすじを。
精神的疾患を持つ子供の親同士として出会ったギホンとサンミン。
ギホンは、精神的に不安定な娘と妻を支えながら、ひとり孤独を抱えて生きている。一方のサンミンは息子が何より大切だが、予測不能な行動を繰り返す息子の世話で心身ともに疲弊している。そんな二人が心の隙間を埋め合うかのように、恋に落ちる。サンミンは家族を手放す道を選択するが、一方のギホンは家族を支え続けることを選び、サンミンの元から去っていく。お互い想い合いながらも、二人は結ばれることはなかった。
話を戻す。
ギホンとサンミン。
それぞれの選択によって「失ったもの」と「得たもの」は何か。
自分が背負っている人生(家族)から逃れることができない優しい男ギホンと、母親として一番大切なものを手放してでも、自分の気持ちに嘘をつくことができなかったサンミン。
彼ら選択はある意味真逆だ。
ギホンは自分が曖昧に生きていることに憤りを感じながら、身動きが取れない。
優しい笑顔の下に孤独と寂しさを抱え、妻と娘のために夫そして父としての生活を淡々と続ける。
つまり彼は、自分の気持ちに蓋をして、病気の妻と娘のために自分の人生を犠牲にすることを選んだ。
一方のサンミンは、何よりも大切だった一人息子を手放すと同時に、自分の居場所だった家庭を失った。
それだけではない。その原因となったギホンも自分の元から去っていった。
ラストシーンの彼女の涙をみるにつけ、サンミンは全てを失ったかのように見える。
人生の選択に正解はないので、どちらがよかったのかなんて誰にもわからない。
でも、個人的には、より多くを失ったのはギホンの方なのではないかと感じた。
彼が責任感や家族への愛情を捨てきれず、その結果失ったものはサンミンだけではない。「自分の気持ちに正直に生きる」という未来も同時に失った。
人生において、その代償はとてつもなく大きいように感じる。
もちろん、捨てられなかったもの(家族)を守る生活の中で、喜びや幸せを見出すことはできるだろう。
でも、それは誰かの心を満たしたことによるささやかな見返りであり、自ら積極的に望んだものではない。
きっと彼の人生においては、身を引き裂かれるような気持ちであきらめたサンミンへの想いがいつまでもくすぶり続ける。
サンミンはどうだろう。
全てを失ったかのように見える彼女だが、ギホンとは逆に、実は新しい未来を得た。
孤独に苛まれ疲弊し苦悩した日々の続きではなく、新たな人生を手に入れたのだ。
一方で息子が側にいないその人生が幸せかどうかはわからない。
むしろ罪悪感や息子恋しさで、幸せとは程遠いところにいるのかもしれない。
でも、サンミンの人生が別のステージに移ったことは間違いない。
彼女はそれを自分で選んだ。今までの続きではない、新しい人生を。
サンミンが失ったことで得たものは、それだ。
---
「どんなに相手が好きでも、どんなに相手を必要としていても、どうにもならないことがある」
これは前回鑑賞後に書いたnote記事の言葉。
その感想に変わりはないけど、再鑑賞して思ったことは、「もし本当にどうにもならないなら、サンミンは自分の人生を大きく変える選択はしなかったはず」ということ。
ギホンへの想いと、息子への愛情の板挟みになっていることこそが、サンミンにとっての「どうにもならない」ことだ。
でも、結果的にはそのどうにもならない現状を変えたくて、あるいは変えるしかないほど追い詰められて、最終的に自分の感情に従った選択をした。
ギホンとサンミンの選択はどちらもそれぞれ重い選択だ。
そしてそこにあるのは、現状を変えないことによって続く痛みと、現状を変えたことによって発生した新たな痛み。
「失うこと」がネガティブで「得ること」がポジティブというような単純な問題ではなく、生きていく上で人は常に選択を迫られ、そして選んだ人生と折り合いをつけていくしかないということ。
---
さて、この映画の映像の静けさと美しさは、登場人物の複雑な感情と対比的で、それが映像と主人公たちの心情、そのどちらをも引き立てていると感じる。
そして、優しく少し気の弱い、でも惹かれずにはいられない男を演じる、コン・ユの魅力が溢れる作品だと改めて思う。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?