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配られたカードで勝負するしかないー『ミセン-未生』からみる組織と人

U-Nextで韓国ドラマ「ミセン-未生」を完走。

会社員経験のある人なら誰もが共感するエピソードがふんだんに盛り込まれた物語だ。たとえば、社内不正、パワハラ、セクハラ、非正規雇用、社内政治、社内派閥、出世競争など様々な問題や出来事が描かれる。

また、主人公である新入社員チャン・グレの苦悩と奮闘、上司オ・サンシクの中間管理職としての戦い、チャン・グレの同期たちそれぞれの悩み・葛藤には感情移入せずにはいられない。


ところで「ミセン」は日本のドラマかと見紛うほど、韓国ドラマでありながらそれを感じさせない。つまり、会社組織における価値観や組織で求められる立ち振る舞いが日本と非常に似通っていて、東アジア文化圏の価値観みたいなものを見せつけられるドラマなのだ。

ここでは、「ミセン」を通して感じた組織と人の成長について書いてみたい。


1. チャン・グレという異端児

主人公のチャン・グレは囲碁の才能に恵まれ、子供のころからプロ棋士を目指して生きてきた。棋院の研究生になるほどの実力を持ちながらも、生活の苦しさから囲碁だけに集中することはできず、アルバイトをしながら囲碁の腕を磨いていた。

また、囲碁を優先するため高校を中退しプロを目指したが、アルバイトとの掛け持ち生活が祟り入段試験に何度も失敗していた。そして父の死がきっかけとなり、プロになることを諦め就職することを決意する。

棋院時代の後援者のコネで大手総合商社に入社したチャン・グレだが、「高校認定試験による高卒」である彼に対する同僚たちの目は冷ややかだ。
同期たちが必死に努力して勝ち取ったインターンの座を、学歴がないにも関わらずコネで手に入れたチャン・グレに対する風当たりは強かった。

おまけに、囲碁の世界で孤独に戦ってきた彼にとって、人との協働は未知の世界。また、世間知らずの彼はコピーをとることさえままならない。
社会性が低いことや何の特技もないことはチャン・グレの立場を更に悪くした。


そんなチャン・グレが、揉まれ、耐えながらも必死で自分の「道」を進んでいく姿が描かれるのがこのドラマ。囲碁で培った洞察力と勝負師らしい度胸、そして強い意思で失敗を繰り返しながらも一歩一歩成長していく。


そして、新人でありながらいくつかの大きな取引を成功させることに貢献する。しかし、契約社員として採用された彼に正社員になる道は開かれておらず、立場の弱さが彼を苦しめることになる。

それでも前向きにコツコツと仕事をこなすチャン・グレ。
謙虚に努力を重ねる彼の姿に、周囲の人々も彼を仲間として認めるようになる。



さて、そんなチャン・グレを見ていて浮かんだ言葉は「多様性」だ。
人と違う道を歩いて来た彼は他者とは異なる視点を持っている。
人と協働した経験がないことは仕事においてはマイナスだが、だからこそ見える景色があり、結局はそれが彼を助けた。

会社というのはある意味同質な人間の集まりだ。
同じような学歴を持ち、同じような経験をし、同じようような価値観を持っている。だからこそお互いを理解しやすい。
そしてそれらの要素は、仕事をする上ではアドバンテージなることの方が多いだろう。利益を追求するというミッションの前に、ある一定のレベルをクリアした、つまり「言葉が通じる相手」との協働は効率がいいからだ。

しかし、そこには盲点がある。
同質の集団からはイノベーションが生まれにくい。


チャン・グレは、エリートが集まる総合商社においては異端児だ。
彼は異端児としての自分を押し通すのではなく、まずは相手の懐に入るべく行動する。自分とは違う世界で生きて来た人々と協働するために、自分の殻から這い出る努力をする。

そこで足元固めた後は囲碁の経験が彼を助けていくことになる。
誰もチャン・グレのような生き方をしてこなかったからこそ、彼のアイディアや気づきは貴重だ。彼の言動は上司や同僚たちに自分たちの常識を疑う機会を与えることになる。

それはチャン・グレの強みでもあり、会社にとっては「人材の多様性」が生かされている状態といえるだろう。


2. ルールを守る意味とそれに慣れてしまうことの怖さ

会社には様々なルールがある。

規定や規則といった守らなければ罰則が生じるものから、ガイドライン的な指針まで、混乱やリスクを防ぎ利益を最大化する活動を支障なく行うためのルールが明文化されている。
これは会社における法律なので遵守する義務があるし、義務を果たさなければそこから追い出される。つまりそれは誰もが知る「社内基準」であり、また会社に必要なものでもある。

一方で、明文化はされていないルールも存在する。
いわゆる暗黙のルールだ。
それは上司や先輩から後輩へ受け継がれるもので、会社の空気、つまりは文化を創っている。

このどちらのルールも無視することはできない。



しかし、チャン・グレの同期であるハン・ソンニョルは「暗黙のルール」を破り理不尽な上司と戦うことを試みる。

彼は上司からあまりにひどい扱いを受けたことに腹を立て、上司の上司(課長)に告げ口をしたり、上司の悪口を社内掲示板に投稿する。しかし上司の方が一枚上手で逆に自分が悪者にされてしまう。

上司は暗黙のルールの効力を知り尽くしており、それを軽視したハン・ソンニョルがやり込められた形だ。

暗黙のルールにおいて、(たとえ上司が悪かろうと)序列を無視したり上司に反旗を翻す行為はルール違反。そしてそれを実行したハン・ソンニュルは違反者と見なされた。


これが組織なのだ。
より多くの権限を持つものが強く、その立場を脅かすものは危険人物の烙印を押されることになる。
もし、ハン・ソンニョルがとった行動を許せばそれが前例となり、上位者の立場が盤石なものではなくなる。その結果序列が機能しなくなる故に、会社ではルールが重視される。

この軍隊的な組織構造が良いとは思わない。
なぜなら、押さえつけられ耐えているうちにその状況に慣れ、いつしか思考停止に陥るからだ。
そうしている内に会社の文化に適応した人間に飼い慣らされる。(それが組織の目的でもあるのだが)

ハン・ソンニョルの言葉がそれを端的に言い表している。
同期仲間に「戦うなら待て(新入で力もなく、実力が及ばない今は攻撃する時ではない)」となだめられたものの、納得のいかない彼はこう言う。

この会社では僕に変えられるものは何もない
上司の不条理を正すことさえ許されない

戦うなら待てだと?

一体いつまで?

待っている間にあいつらみたいになってしまうのが怖い
(彼らも)最初は違ったはずだ


一方で、会社のそもそもの目的を考えればこれが効率的な方法であることも理解できる。

企業の目的とは「利益を最大化すること」。そのための序列なのだ。
そして軍隊的な方法は組織を統制するのに手間がかからない。つまりは楽。
良いか悪いかは別として、それが事実だ。


しかし、組織のあり方は昨今変化を見せている。
一時期話題になった「テイール組織(指示系統がなく社員それぞれがルールを理解し、意思決定していく)」然り、やり方はひとつではない。
パワハラが問題視されるようになった最近の流れの中で、新しい組織のあり方が模索され、確立されていく時期なのだと思う。



一方で、暗黙のルールを破ることで新しい道が開くこともある。

チャン・グレは、不正を働いた社員が手がけていた事業企画の再開を提案する。
そしてそのことが、古参の社員たちの意識に変化をもたらすことになる。

これまで、社内外を巻き込んだ不正事件がらみの案件は、暗黙の了解で中止されることになっていた。しかし、チャン・グレは「不正を除けば良い企画だ」と進言する。

はじめは怒りさえ見せた上司たちだが、彼の言葉を真剣に受け止め考え始める。そして、過去に不正発覚により中止された企画が、同業他社にパイを奪われている事実にも目を向ける。

そして、熟考の結果、社内の冷たい視線にも負けず企画を通したことで、成功を収めることになる。

これは暗黙のルールによって思考停止になっていたところに、ルールに毒されていない人間の社内政治度外視な「無防備な発言」が気づきをもたらした状況。

こんな風に新しい考えを取り入れることができるかどうか、その度量が古参の社員にあるかないか。もっと言えばそれを受け入れる文化が社内にあるかないか。これによって会社の将来は大きく変わってくる。

古参社員からすれば、それまで培ってきた価値観、暗黙ルールを含めた会社のルールを誠実に守ってきた自分の考えを否定されたような気持ちになり、新しい発想を簡単には受け入れられない。でも初心に立ち戻る勇気がある者は別だ。

初心とは「会社の目的は何か」ということ。それは利益の最大化だ。
慣例に従うことに意味がないとは言わないが、「なぜそうなったんだっけ?」という疑問符をいつも自分の頭に残しておくことは忘れてはならない。そうしなければ、「会社」という狭い世界でした通用しない人間になってしまう。

会社は結局のところ「箱」であり、人が変わっても問題なく回るようになっている。それが組織。つまり「私でなければできない仕事」など存在しない。
代わりはいくらでもいるということ。

だとすれば、狭い世界だけを信じて生きることはリスクとも言える。
世界は広いことを忘れてはいけない。


3. 配られたカードで勝負するしかないのが人生

チャン・グレの上司オ・サンシクは熱血で仕事もできる。
しかし管理職となった今でも、納得がいかなければ上司と対立したり、同僚と喧嘩をしたりと不器用であるがゆえに出世も遅い。

一方で、人思いの彼は口は悪くとも部下を大切にしており人望も厚い。

そんな彼はある意味会社の暗黙のルールをことごとく破る男として、「はずれ者」と見られている。
そして上司との折り合いが悪いが故、常に人員不足に悩まされ厳しい状況に置かれがち。

それでも彼は彼自身が納得できる仕事をすることに人生をかけている。

学歴も社会人経験もない契約社員のチャン・グレを、悪態をつきながらも見守り育てたこともそのひとつ。

オ・サンシクのすごいところは、配られたカードは決して有利なわけではないのに、そこにくじけることなく全力で勝負をする心の強さだ。
持っているカードを嘆くのではなく、それを最大限に生かすことを考える。
カードを増やすために自分の信念を曲げたりしない。



そしてもう一人、配られたカードで必死に努力する男がいる。

それがチャン・グレ。
人から馬鹿にされようが「自分が流れを変えなければ、それが相手の逆流になる」という囲碁で学んだ自分の信念に基づき、冷静にそして戦略的に行動する。
彼もまた、手持ちのカードをどこまで生かせるかを常に考えている。

物語終盤でオ・サンシクがチャン・グレに伝えた言葉がある。

耐えろ (そして) 勝て


スタートが遅かろうが、持っているカードが悪かろうが、人生は前に進むしかない。同じ時間を使うなら、不利な条件を嘆くより手持ちのカードで生きる戦略を考える方がずっといい。配られたカードで勝負するしかないのが人生なのだ。


そして、大切なのは諦めずに道を進むこと。

このドラマはチャン・グレをからその勇気をもらえる良作だ。


ところで、「ミセン-未生」は囲碁用語で「弱い石」という意味。
生き石とも死ぬ石とも定まっていない状態をいう。

皆スタートは「ミセン」だ。
全てはそこから始まり、あとは自分次第。



画像:tvN「ミセン」公式サイトより引用
http://program.tving.com/tvn/misaeng/12/Contents/Html



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