東谷 奈美

目に見えないものを信じますか?多くの現代人と同じように、見えない世界のことは「非科学的…

東谷 奈美

目に見えないものを信じますか?多くの現代人と同じように、見えない世界のことは「非科学的」と一蹴して来ました。しかし、愛する人の死をきっかけに、目に見えない世界の広大さ、慈悲深さ、不思議さを身をもって体験することとなりました。41歳母、10歳と6歳の子供のこの世での冒険を綴ります。

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  • スピリチュアルな世界を信じるわけではないけれど...

    目に見えないものを信じますか?多くの現代人と同じように、見えない世界のことは「非科学的」と一蹴して来たのですが、愛する人の死をきっかけに、目に見えない世界の広大さ、慈悲深さ、不思議さを身をもって体験することとなりました。41歳母、10歳と6歳の子供のこの世での冒険を綴ります。

最近の記事

玉手箱

いくつかの箱の中を漁っていると、見覚えのあるアルバムが出てきた。 約4年前の彼の不惑のお誕生日に私が子供達と一緒に作ったアルバムだった。大切そうに他のものとは別に置いてあった。 たくさんの家族の写真と共に、一ページ、一ページ、子供と考えたメッセージが書いてあった。 40歳のお誕生日おめでとう!! いつも最高のお父さんとして一生懸命色々とやってくれてありがとう。 抱っこしてくれてありがとう。 お風呂に入れてくれてありがとう。 肩車で、高いところを見せてくれてありが

    • 証拠

      四十九日が迫っていた。 私は夫を感じたくて、夫の部屋の、夫の机に座ってみた。 夫はなぜ死んでしまったのだろうか。 本当は幸せじゃなかったのだろうか。 私といるのがもう嫌だったのだろうか。 いつも一杯一杯で、疲れていて、夫のことを大切にしていなかった私から逃げたかったのだろうか。 彼が消えてしまった何かしらの糸口が見つかるのではないかと、探偵のように夫の机を物色し出した。 夫の机の後ろの棚に、いくつか黒い収納ボックスが収められていた。 私はその一つ一つを開けて、取り

      • 「よしよし。」

        友人のKが彼の家の近くにある整体にゴッドハンドがいると教えてくれた。 その整体は家から電車で20分ほどのところだった。私はまた父に乗せてもらって鍼に行くのが嫌で、次の日に自力で整体に行ってみることにした。 自力といってもまだ歩くことがままならず、駅まで歩いてみたがあまりの痛みにタクシー乗り場でタクシーに乗り込んだ。 整体院について待合室で手続きを済ます。 名前を呼ばれ、施術室に入り、また中待合の椅子に座る。数人の中年の整体師の先生と、年配の先生がそれぞれ患者さんに施術

        • 手巻き寿司

          帰ると、大学時代の友人のRが子供達の面倒を見ながら夕食の準備をしてくれていた。 Rとは大学、社会人と色々とよく遊び、よく飲んだ。結婚が決まり、夫の留学先のロサンゼルスで結婚式を挙げたときには大学時代の仲間を大勢引き連れて結婚式に参加してくれた。 それ以来、夫も含め男女ともに仲良くなったグループでそれぞれが子供が産まれてからも子連れでお祭りに参加した遊びに行ったりと楽しい時間を過ごしていた。 元々この日はその仲間で集い、夫に献杯を捧げる予定だった。ぎっくり腰ゆえに断ろうと

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          32本

        記事

          二度とお願いなんかするものか。

          鍼治療が終わり、父の車に乗った。 東新宿の繁華街を通って、都市のコンクリート網を通りながら帰る。 気だるい梅雨の季節に突入しかかった都市のコンクリート網は重たそうだった。全てがグレーで、全てがじっとりしていた。息苦しくなり窓を開けるともわっとした梅雨の雨の匂いが生ぬるい風と共に入ってきた。 まるで5歳児を叱るように 「ほら、クーラーを入れてるんだから、窓は閉めなさい」 と父は言った。 私は 「気持ち悪いの」 と5歳児のように答え、彼の助言を無視したが、父は自分

          二度とお願いなんかするものか。

          償い

          次の朝、起きてもぎっくり腰は治っていなかった。 トイレに行くにも這って行くしか方法はなく、体中に「惨め」と書かれたポストイットを貼り付けられているようだった。 「お前が彼を死なせたんだからこれくらいの罰は当然だ」という声が頭の中でぐるぐるしていた。そうだ、私がもっと気をつけていれば、私が気づいていれば彼は死ななかったのだ。自分のせいなんだ。確かに、死んでしまった彼に償うにはこれくらいの痛みは当然なのかもしれない。だったら死ねたらいいのにと本気で思った。 心配していた両親

          東新宿

          泣きながら寝てしまっていたようで、 「終わりましたよー。どうですか?」 という朴先生の声で起きた。 先生は鍼を一本一本抜きながらカタンカタンとステンレスの鍼皿に入れていくのが聞こえた。 抜き終わると、「立ってみてください。」 と言われ、ナマケモノのようにゆっくりと起き上がり、立とうとした。腰は曲がったまま地面に足をつけ、そのまま上半身を起きあげようとしたが、無理だった。 「あー、まだダメですね。今日は帰ってゆっくり休んで、また明日来て下さい。」 腰を曲げたまま治

          痛み

          「着替え終わりました。」とカーテン越しに伝え、診療台に横たわった。 「さ、さ、うつ伏せになってください。」と入ってくるなり鍼のパッケージを開けながら、通常の診察に進んで行った。 朴先生は私の腰を触診しながら、「あぁ、ここですね〜」といいながら、鍼をさした。 その瞬間、強烈な電気が腰から太ももの裏にかけて走り、 「痛い!!!!!!!!痛い痛い痛い、痛い!」 自分の叫び声にびっくりしながら半狂乱状態で叫び続けた。 「はい、はい」と朴先生はやめる様子もなく、淡々と、あっ

          朴先生

          親に来てもらうことも考えたが、また余計な心配をかけてしまうと思い、やめた。タクシーで行くことに決めた。 タクシーに乗り込むのも一苦労だった。普通に座ろうとしても激痛が走り、後部座席に横たわる他なかった。「東新宿まで、お願いします。」といかにも弱々しい絶え絶えとした声を漏らし、朴先生のところへ向かった。 朴先生はまだ、夫が亡くなったことを知らない。また夫が亡くなった事実を伝えなければ行けない人がいる。面倒だった。 東新宿に着くと、低く、重くぶら下がる鼠色の雲をバックに東新

          ぎっくり腰

          次の日は梅雨らしいどんよりと重く垂れ下がる雲が重苦しい日だった。 朝から、来客の準備をする。 不思議なウイルスの時代で家族だけのお葬式だったため、連日色々な方々が個別に挨拶に来てくれていた。 毎日、あいも変わらず何も構わずに家を散らかす子供達に苛立ちながら、怒る気力もなく、ゲームをする息子の前をこれ見よがしに掃除機をかける。あと数時間でお客さんが来ても恥ずかしくない状態にしなければ、と頭の中は片付けモード全開だった。ソファの背もたれの部分のクッションを正そうと、クッショ

          ホンダのzoomer

          コミュニティを通してすでに夫のことを聞いていたマスターは私の顔を見るなり、ただうなずいて私をカウンターの席につかせた。 マスターの言葉に頼らない優しさが心に沁みた。 黙ってコーヒーを淹れてくれて、目の前に差し出してくれた。 夫がいつも飲んでいた、サントス豆のコーヒーは柔らかに口に広がり、すーっと食道を通って空っぽの胃に入っていくのがわかった。 「奈美ちゃん、大変だったな。」 マスターが絞り出したその言葉に涙が溢れ、コーヒーと共に涙も飲んだ。 「いい奴はみんな早く行

          ホンダのzoomer

          運命か、偶然か

          髪を切って少し軽くなったからか、朝から出かけたくなった。 相変わらず梅雨にもかかわらず気持ちの良いカラッとしたお天気が続いていた。あてもなく家を出て歩き出した。 木々は新緑を宿し、まだ幼い葉は眩しい若草色を放ちながらキラキラしていた。紛れもなく初夏だった。時は確実に進んでいた。 気づくと、夫が昔一人暮らしをしていたマンションの近くまで歩いていた。 交差点の角に位置するそのマンションは夫が社会人になってからずっと住んでいた場所だった。お互いまだ社会人数年目で付き合い出し

          運命か、偶然か

          ティッシュに一万円くるんでくれた

          美容院に着くと、Mさんはいつも通りの軽やかさで迎えてくれた。おしゃれなメガネをかけて洗練された小綺麗な白いシャツを着たMさんは時代が違えば時計屋さんを営んでいそうな職人のような感じで、言葉はいつも少なかったが、あたたかい人柄が滲み出ていた。 普通に振る舞っていたつもりだったが、毛穴からただならぬ雰囲気を醸し出していたようで、久しぶりに会うなりMさんは 「どうした、どうした?」 と店の隅に私を連れて行き、私は事情を説明した。 Mさんは「わかった。大丈夫だから。」 とだ

          ティッシュに一万円くるんでくれた

          「ごめん。」

          次の日も、梅雨の合間の晴れ間が出ていた。窓を開けると、あたたかな風が爽やかで、正直、とても心地良く、気持ちがよかった。気持ちが良いと思ったことに罪悪感を抱き、ブルブルと頭を横に振った。どんな天気も気持ちがいいことなんか、これからはもうないんだ、と自分に言い聞かせた。 顔を洗いに洗面所に行くと、鏡に映る中年の女性の姿にゾッとした。髪は枕に暴力を振られたかのようにぐちゃぐちゃで、数ヶ月染められないまま放置された白髪が根元を雑草のように覆い尽くし、目の下にはぷっくりとした大きなク

          「ごめん。」

          私はもう、空を信じない

          ピカピカのランドセルに教科書をたくさん詰めてルンルンに帰る娘の手を握りながら、ふと見上げると、誰かがグレーの雲のカーテンを開けたような爽やかな青空が一部のぞいていた。 私は垣間見える青空を睨みつけ、騙されないぞ、と心の中でつぶやいた。 どんなに晴れてこようが、夫がいなくなった事実は変わらない。 私はもう、空を信じない。 あんなに晴れていた日に夫は亡くなってしまったんだから。 信じるものか。 きっと怖い顔をしていたんだろうと思う。 「ママ、大丈夫?」と娘が言った。

          私はもう、空を信じない

          初登校

          いつの間にか5月は終わっていて、気づけばそこら中に紫陽花が堂々と姿を現していた。明け方まで降っていた雨に濡らされた花びらに水滴が輝いていた。 2月末で一斉休校となっていた学校が再開した。 と言っても、まだ教科書などを取りに行くだけだった。 小学一年生の娘にとっては入学式以来初登校。リモート出勤のままになっているお父さんも多く、子供を挟んで両親揃ってきている家族が多かった。 多くの規制の中なんとかできた入学式は親子3人で参加したのに、2ヶ月経った今、夫は一緒にはいなかっ