ティッシュに一万円くるんでくれた
美容院に着くと、Mさんはいつも通りの軽やかさで迎えてくれた。おしゃれなメガネをかけて洗練された小綺麗な白いシャツを着たMさんは時代が違えば時計屋さんを営んでいそうな職人のような感じで、言葉はいつも少なかったが、あたたかい人柄が滲み出ていた。
普通に振る舞っていたつもりだったが、毛穴からただならぬ雰囲気を醸し出していたようで、久しぶりに会うなりMさんは
「どうした、どうした?」
と店の隅に私を連れて行き、私は事情を説明した。
Mさんは「わかった。大丈夫だから。」
とだけ言って、私たちを流し台に連れて行ってくれた。
3人並んでシャンプーしてもらい、娘は久しぶりの美容院にはしゃいでいた。
「Jちゃんは今日どれくらい切るの?」とMさんが聞くと、娘は
「パパが触った髪の毛だから、切らないの。」と言った。
Mさんは言葉に詰まり、
「そうだね。オッケー、じゃあ今日は髪の毛巻いてみよう。」と言って作業に取り掛かった。
娘はプリンセスのような巻き髪の仕上がりを見て、満足そうに鏡をみて笑った。
お会計をして、帰ろうとすると、Mさんは
「ちょっと待ってて。」
と言って、何かを取りに行った。
帰ってくると、ティッシュにくるんだ一万円を照れ臭そうに、
「これ。」
と言いながら渡してくれた。
「旦那さん、ほんと面白いくらい髪の毛真っ直ぐだよね。」とMさんがいうので、私は、
「うん。アホみたいにまっすぐ。」
そう答えて、美容院を後にした。
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