朴先生

親に来てもらうことも考えたが、また余計な心配をかけてしまうと思い、やめた。タクシーで行くことに決めた。

タクシーに乗り込むのも一苦労だった。普通に座ろうとしても激痛が走り、後部座席に横たわる他なかった。「東新宿まで、お願いします。」といかにも弱々しい絶え絶えとした声を漏らし、朴先生のところへ向かった。

朴先生はまだ、夫が亡くなったことを知らない。また夫が亡くなった事実を伝えなければ行けない人がいる。面倒だった。

東新宿に着くと、低く、重くぶら下がる鼠色の雲をバックに東新宿の歓楽街のネオンが妙に明るくチカチカしていた。韓流のアイドルショップやまるでプラスチックのような不思議な食べ物を売るお店の並ぶ通りに面した怪しい建物の一角にある朴先生の診療所は、妖艶な女性がマッサージをしている様子を看板にしたタイ式マッサージ店の奥にあった。

診療所の前には、タイ式マッサージ店の看板とはまるで正反対の質実剛健な文字で「XX鍼灸治療院」と黒い文字で書いてあった。

ドアは空いていて、簾を右手であげながら治療院の中に入ると、独特の甘く、籠ったようなお香の匂いが漂ってきた。

「こんにちは。」弱々しい声を

「あぁ!こんにちは!いらっしゃいいらっしゃい!」と腹の底から出す朴先生の妙に明るい声がかき消した。

「どうしましたか、そんな顔をして!!!」とまるで揶揄うように聞いてくる朴先生に、私の頭は夫のことを話そうか話すまいか考えていたが、身体は勝手に話し出していた。

「先生、夫が4月に急に死んじゃって、、、起きたら冷たくて、、、」と泣きながら吐露していた。

朴先生は、まるで知っていたかのように驚きもせず、

「あぁ、そうでしたか!」とだけいって、

「どうぞ、どうぞ」と治療台に私を座らせ、鍼灸治療のために背中が開く治療着に着替えるように言った。

私は朴先生が驚かないのに驚きつつ、それ以上説明する必要がないことにホッとして、言われるがままに着替えた。

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