二度とお願いなんかするものか。

鍼治療が終わり、父の車に乗った。

東新宿の繁華街を通って、都市のコンクリート網を通りながら帰る。

気だるい梅雨の季節に突入しかかった都市のコンクリート網は重たそうだった。全てがグレーで、全てがじっとりしていた。息苦しくなり窓を開けるともわっとした梅雨の雨の匂いが生ぬるい風と共に入ってきた。

まるで5歳児を叱るように

「ほら、クーラーを入れてるんだから、窓は閉めなさい」

と父は言った。

私は

「気持ち悪いの」

と5歳児のように答え、彼の助言を無視したが、父は自分側のコントロールパネルで窓を閉めた。

私は軽く絶望した。

都内の谷を抜けて、私たちの家のある坂を登り始めた時、いつもお世話になっている花屋があることを思い出し、数日後に迫る我が家での四十九日の儀式の供花の相談のために寄ろうと思いついた。

あぁ、でもなんか父は不機嫌だしな、、、言い出しにくいな。。。でもこの腰じゃ自分でここまで歩いて来られないしな。。。とぐるぐると考えた果てに、

「ちょっと、この先にあるお花屋さんに寄って欲しいんだけど。四十九日のお花を買わないといけないから。」

と力なく父に伝えると、父は

「えぇ、今から?!この後ジムに行く予定があるんだけど。」と心底嫌そうに言った。

「なんでもない。」

私は消え入るような声で言ったが、心の中では叫んでいた。

私の中の5歳児が暴れ出した。

なんだよ、なんでもやってくれるって言ったのに、ちょっと花屋に寄るのもだめなんだ。

結局そうなんだ。

いつもそうなんだ。

パパはなんでもやってくれるって言ったのに、ちょっと必要なことをお願いするとそうやって自分の予定を優先するんだ。

パパはいつだってそうだ。

家族がご飯を食べるのもパパがお風呂を出てから。食卓を立っていいのもパパがご飯を食べ終えたら。いってらっしゃいと見送るときも、おかえりなさいと出迎えるときも、私たちはいつもいなくてはいけないけれど、パパはいつも自分の予定が最優先なんだ。

やっぱり、そうなんだ。こんなにも痛いのに。
心も身体も痛いのに。

だからお願いするのが嫌だったのに。

もう何もお願いなんかするものか。

だから私はタクシーで行こうと思ったのに。

パパが送るっていうから乗ったのに。

そんなに恩に着せるなら何もしなくていい。

二度とお願いなんかするものか。

家に着き、私は

「ありがとう。」と聞こえるか聞こえないかの声で言って、腰が折れたまま車を降りて、のろのろと、でも真っ先に家に入った。


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