マガジンのカバー画像

短編小説作品集1

52
初期の短編小説集。物語の中の日常を伝えられますように。
運営しているクリエイター

#夏休み

『夏の終わりに思い出すのは君のこと。』(8)

『夏の終わりに思い出すのは君のこと。』(8)

9/ 1、始業式の日。
制服に袖を通す。

夏休み中は、ワンピースにビーチサンダルが私の定番だったから、久しぶりの制服は、何だか窮屈だ。
夏休みが終わったことを、思い知る。

9月になったとはいえ、まだまだ蒸し暑く、
髪をポニーテールに束ねた。

学校へ行くと、「久しぶりー!」、「元気にしてた?」と、久々の再会を喜ぶように、クラスメイト達が戯れ合っている。

私の属する 1年 2組は、学校舎の一階

もっとみる
『夏の終わりに思い出すのは君のこと。』(7)

『夏の終わりに思い出すのは君のこと。』(7)

彼は、何故、私の名前を知っていたんだろう。

不思議に思ったが、ベンチの上を見て、すぐに察した。
スケッチブックにも、色鉛筆のケースにも、
覚えたての筆記体の英語で、名前を書いたシールが貼られていた。

アキヒロくんは、これを見て、私がテラシマ アカリだと知ったのだ。

私は何てマヌケなんだろうと、笑えてきた。
突然現れた、知らない男の子。
私は知らないけれど、彼は前から私を知っていてくれた。

もっとみる
『夏の終わりに思い出すのは君のこと。』(6)

『夏の終わりに思い出すのは君のこと。』(6)

間近でみる、初めての蝉を描き漏らすまいと、
色鉛筆を手早く持ち替えては、スケッチブックにその形を写していく。

隣にいる彼は、蝉の乗った枝を動かさないように、しっかりと手に握っていた。

もしかしたら、スケッチブックにのめり込む私を、もの珍しく見ていたかもしれない。

いつもなら、見られていたら、恥ずかしくて絵を描いてなどいられないけれど、
森と蝉の声に囲まれた世界には、二人だけしかいなくて、私達

もっとみる
『夏の終わりに思い出すのは君のこと。』(5)

『夏の終わりに思い出すのは君のこと。』(5)

彼は、ベンチに座る私から少し距離を取り、
蝉の背を私に見えるように右手に持ちながら、立っていてくれた。

半泣きで、スケッチブックに絵を描き込む私を、彼は少し呆れた顔で見ている。

「虫苦手なのに、描こうとしてたの?」
と聞く声にも、それは滲んでいた。

「だって‥‥。
高所恐怖症だって、そこに橋があれば渡りたくなるかもしれないし、
お腹いっぱいでも、デザートは別腹とかいうし‥。」

私は、画用紙

もっとみる
『夏の終わりに思い出すのは君のこと。』(4)

『夏の終わりに思い出すのは君のこと。』(4)

男の子の姿を確認すると、
私は、「アイスありがとうー!」と、彼に届くように、お腹に力を入れて声を出した。

少し先にいる彼は、その声が聞こえたらしく、手を振って応えた。

駆け足で私の元に来た彼は、
一本の木の棒を右手に持っていた。

私が、「それ、どうしたの?」と聞くと、
彼は、「これ、探してきた。使うの。」と、
ニヤリと笑った。

それは、まっすぐ細い木の枝で、30cmほどはありそうだ。
先が

もっとみる
『夏の終わりに思い出すのは君のこと。』(3)

『夏の終わりに思い出すのは君のこと。』(3)

私以外の誰かが、この世界にいることを忘れていた。

私は、風が吹いたことで我にかえり、
ワンピースの裾を抑えると、ベンチから飛び降りた。

足の裏に、土がひやりと触れた。

「あ、あの‥、せ、蝉‥!」
いきなり知らない男の子がいたものだから、動揺して、咄嗟に出たのはそんな単語だけだった。

「蝉‥?」
男の子は、少し目を細めて首を傾げる。

ベンチの上に広がった、スケッチブックに気がつくと、
「あ

もっとみる