見出し画像

『夏の終わりに思い出すのは君のこと。』(4)

男の子の姿を確認すると、
私は、「アイスありがとうー!」と、彼に届くように、お腹に力を入れて声を出した。

少し先にいる彼は、その声が聞こえたらしく、手を振って応えた。

駆け足で私の元に来た彼は、
一本の木の棒を右手に持っていた。

私が、「それ、どうしたの?」と聞くと、
彼は、「これ、探してきた。使うの。」と、
ニヤリと笑った。

それは、まっすぐ細い木の枝で、30cmほどはありそうだ。
先が二股に分かれている。
何に使うのか、全く分からずに、私は首を傾げた。


彼は、腰を屈めて、歩道脇にあるツツジの木の茂みで、何か探し始める。
5月には、鮮やかなピンク色の花を咲かせる木だが、今は葉が茂るだけだ。


彼の不思議な行動に、少し不安と苛つきをおぼえた。
全く意図が分からない。
でも、アイスの恩があると、もう一人の私が囁き、文句をいうのをじっと堪えた。


私の心の葛藤を察知したのか、
「これ、これを探してたんだよ。」と、彼は応えた。

彼の指差す方をみると、ツツジの茂みの中に、小さな蜘蛛が住処を張っている。

明るい日差しを避けるように、人の目から隠れるように、ツツジのいくつもの葉と葉の間を、光沢のある透明な糸が繋いでいた。


彼は、木の枝の二股になった部分を蜘蛛の巣の下に差し入れると、糸を切らない様に、丁寧にそれを掬(すく)いあげた。

幾重にも重なった糸は、透き通った白色をしていて、
それを掬いあげる様は、池に張った薄氷を優しく扱うようだ。

私は、蜘蛛の巣だということを忘れて、見入ってしまった。

「よし、できた!」
という声にはっとして、
蜘蛛の巣のついた枝を持つ彼に、
「そんなの、どうするの?」と尋ねる。

彼は、「見てて。」と言って、
履いていたスニーカーを脱ぐと、ベンチに上り、枝を持つ手をめいっぱいクヌギの木に伸ばした。


すると、あんなに遠くにいたはずの蝉に、枝の先が届く。

枝の分かれた先には、糸が扇形にキラキラと光っていて、
それが蝉の上に被さると、
クヌギの木にしがみついていた蝉が、糸に攫(さら)われた。

木の枝は、即席の虫捕り網になった。

彼は、蝉から丁寧に蜘蛛の糸を解くと、
「はい。」と言って、私の目の前に蝉を差し出した。

「ガリガリ君」をくれた時と同じように。


目の前で、蝉の折れ曲がった 6本の足が一斉に動く。
離れた真っ黒い目が光って、こちらを見ている気がする。

私の頭が、間違いなくそれが虫だと認識すると、
私の身体は、「いやぁぁぁぁぁ!」と大声を上げた。

(つづく)

※物語上のことなので、真似しないでください🍀

次のお話はこちらから。↓↓


物語の第1回は、こちらから。↓↓



いつも応援ありがとうございます🌸 いただいたサポートは、今後の活動に役立てていきます。 現在の目標は、「小説を冊子にしてネット上で小説を読む機会の少ない方々に知ってもらう機会を作る!」ということです。 ☆アイコンイラストは、秋月林檎さんの作品です。