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月灯りが、やさしく照らす夜に……

千夏:大垣八幡神社に住む神の遣い
アカリ:稲荷神社の神様の遣い




とある日の深夜
大垣八幡神社にて……
 
 
アカリ
……相変わらず美味しそうに吸うわね。そのキセル。
 
 
紅い振袖をひらひらと漂わせながら、どこからかアカリがやって来て、石段に座ってキセルを吸っている千夏に声をかける。
暑いからか、それとも静かな空間を邪魔されたからか、
千夏は少し不機嫌そうな顔をした。
 
 
千夏
美味しそうじゃなくて、美味しいのよ。
あなたもどう?
 
アカリ
遠慮しておくわ。
折角洗ったばかりの着物に匂いがついちゃうしね。
 
千夏
そう。それは残念ね。
それで?暇をつぶしに来たのかしら?
 
アカリ
えぇ。
少年がしばらく来ないから……
あなたが寂しがってると思って。
 
千夏
ふん……
そんなんでさみしがらないわ。
元々あたし、ずっとこうしてキセル吸ってた人生だし。
 
アカリ
そう言う人生ねぇ……
 
 
アカリは千夏の隣にちょこんと座る。その瞬間に起きたわずかな風が、アカリの髪の毛をふわっと浮きだたせる。
 
 
千夏
なによ……
 
アカリ
別に。
 
千夏
あなたと違って、あたしは世渡り上手ってわけじゃないのよ。
 
アカリ
何にも言ってないじゃない。
そもそもあたしは、あなたがそんな風な怪異だと思ってないわ。
 
千夏
へぇ……
じゃあどういう怪異だと思ってるのよ。
 
アカリ
んー
そうねぇ……
優しい怪異……かしらねぇ……
 
千夏
優しい?あたしが?
 
アカリ
そりゃそうでしょう。
なんだかんだで少年の相手はするし。
ずっと昔のことも覚えている。
近くであなたのことを見ているから、余計にそう感じるわ。
 
千夏
そう……
あんたも変わってるわね。
 
アカリ
全く……
照れてるのを隠して、素直になれない所もカワイイわねぇ。
 
千夏
うっさい!
 
アカリ
ふふふ。
 
 
いたずらっ子のようにアカリは笑っている。
笑い方までも、アカリはふわっとしているようだ。
 
 
アカリ
まぁいいわ。
 
千夏
……何がイイのよ。
 
アカリ
それより……
少年も随分とモノ好きなのね。
 
千夏
え?
 
アカリ
この時期に松島に行ったんでしょ?
 
千夏
えぇ……そうみたいね。
あなたも少年にそう聞いてたの?
 
アカリ
そうよ。
ちょっと旅行に行きますって。
お土産待ってるわって返しといたわ。
 
千夏
そう……
少年のことだから、きっと何か買ってくるわ。
 
アカリ
そうね……
でも心配にならない?
 
千夏
……少年なら大丈夫よ。多分ね。
まぁでも……たしかに……あのエリアには色々ありすぎるわ。
 
 
千夏の声のトーンがわずかに変わる。
そこに何があるのか、そこになにが「いる」のか、よく知っているからこそこんな声が出せるのだろう。
 
 
アカリ
そうでしょう?
あたしもそう思うわ。
 
千夏
そして……あたし達も、色々考えさせられるわ。
 
アカリ
……みんな考えてることは同じね。
 
千夏
ニンゲンには寿命があるけれど……それがいつ来るのか……
それは誰にもわかりっこない。
残酷よね。
 
アカリ
そうよねぇ……
ニンゲンって、いつまでも自分の人生が続くと思っているみたいだけれども……
必ず終わりが来てしまう。
それこそ、予期していない時に突然。
 
千夏
……
 
アカリ
少し詩的に言い換えるなら……
だからこそニンゲンの……ひいては生きとし生けるモノのは尊いのよ。
 
千夏
尊い。
そうなのかしらね……
 
アカリ
え?
 
千夏
たしかにあなたの言う通りだと思うわ。
でも実際のニンゲンはどう?
あたしの神社と違って、あなたの所にはたくさんの参拝客が来るでしょう?
みんな尊く扱われている?
 
 
アカリ
それは……
 
千夏
実際はみんな毎日生きるのに必死でしょ?
働きすぎて壊れちゃうニンゲンもいるし、何かを我慢して今日を生きるのが精いっぱいのニンゲンも少なくない。
そしてそういうニンゲンに限って、寿命が突然訪れるのよ。
 
アカリ
随分と決めつけるのね。
 
千夏
そういうニンゲンをたくさん見て来たからね。
 
アカリ
……あなたの言うことは否定しないわ。
たしかに、そういう類(たぐい)のニンゲンもいるわね。
 
千夏
そういうニンゲンって幸せなのか……
あたしは不思議で仕方がないわ。
1回きりの、しかもいつ終わるかわからない人生よ?
無理なんてしないで、好きに生きればいいと思うわ。
後悔のないようにね。
 
アカリ
……あなたの言ってることは、もっともだと思うわ。
でも……ニンゲンの世界はそう単純でもないと思うわよ?
 
千夏
そういうものなのかしらね……
あたしにはわからないわ。
 
アカリ
少年を見ていて思わない?
 
千夏
思わないわ。
 
アカリ
え?そう?
 
千夏
えぇ。
少年は少年で、色々葛藤はあると思うわ。
でも、ニンゲンの人生に正解なんてないし、そこまで思い悩む必要ないと思うわ。
たかだか学校に行けていないだけでしょ?
 
アカリ
でも……そう思わないニンゲンの方が多いわ。
特に今の世界じゃね。
 
千夏
だから……
少年はあたし達が想像している以上に難しい状況だと思うの。
でも……それを乗り越えようなんて思って欲しくないの。
 
アカリ
……逃げたりしてもいいってこと?
 
千夏
端的に言うとね。
 
アカリ
……あなたからそんな言葉が出るなんて。
 
千夏
え?どういうこと?
 
アカリ
あなたってなんだかんだでマジメだから……
いつかは学校に行かせるものだと思ってたんだけど……
あなたも少年に出会って、変わったのね。
 
千夏
ふん……
変わったかぁ……
 
アカリ
随分とね。
 
千夏
そんなに?
 
アカリ
えぇ!
前はグレてただけだったのに、少し明るくなったように思うわよ!
 
千夏
そんなことないわ。
今もグレてるわ。
 
アカリ
いいのよ。それで。
色々なニンゲンがいるように、色々な怪異がいていいと思うの。
 
千夏
そうかしらねぇ……
 
アカリ
そうよ。
ちゃんと神様の遣いとして、それなりの欲割をこなせてればの話だけど……
 
千夏
じゃああたしは失格じゃない。
 
アカリ
そんなことないわ。
あなただって、ニンゲンのことを思いやってる。
 
千夏
そう?
この通り……閑古鳥が常に鳴いている、オンボロ神社だけれども?
 
アカリ
でもあなたは、少年の心の支えになっている。
それで十分よ。
 
千夏
なってるのかしらねぇ……
 
アカリ
なってなかったら、まぁまぁの頻度で遊びに来ないわ。
 
千夏
でも、あなたの神社にも行ってるでしょ?
 
アカリ
来てるわねぇ。
だから、あたし達2人で彼のことを思いやって、あたしたちも少年に思いやられているのよ。
 
千夏
ふーん。
そういうものかしらねぇ。
 
アカリ
そうよ。絶対に。
 
千夏
ねぇ……
あなたは「愛」ってなんだと思う?
 
アカリ
なによ唐突に?
 
千夏
この間……少年に少しだけそういう話をしたのよ。
何らかの形で、愛って何かを考えておくことが、
あたしたち遣いには必要ってね。
 
アカリ
そう……
それはごもっともな意見ね。
それがどうかしたの?
 
千夏
自分で言ってなんだけど……
最近はそれがよくわからなくなってきたわ。
 
アカリ
そんなもの……明確な、正しい答えがあるわけじゃないわ。
そんなに悩むことないんじゃない?
 
千夏
そうかもしれないけれど……
なんとなーく考えちゃうのよ。
 
アカリ
どうしたのよ……急にそんなこと。
 
千夏
さっきの話じゃないけれどね……
あたしはニンゲンへの接し方が、なんだかわからないのよ。
 
アカリ
少年意外と関わりがないから?
 
千夏
それもあるわ。
でも、ニンゲンの願いを届けるのが、あたしたちの役目でしょ?
 
アカリ
そうね。
 
千夏
側で祈ってくれているニンゲンを見ていると、
なんだかわからなくなる時があるのよ。
その願いを届けることが、本当にいいことなのかどうか。
 
アカリ
つまり……
ニンゲンの願いを聞き届けない方がいいこともあるってこと?
 
千夏
平たく言えばそうね。
 
アカリ
例えばどんな時?
 
千夏
んー
本人が無理しているときとか、かしらねぇ。
 
アカリ
無理して祈ってるってこと?
 
千夏
えぇ。
仕事がうまくいきますようにって祈ってるニンゲンいるでしょ?
でも、本心じゃなさそうって言うか……
働くのがツラそうなのに、そのお願いをしてるって、少なくともあたしは感じちゃうの。
 
アカリ
あぁ……なるほどねぇ……
そういう場合、仕事をやめるのがベストな道なのに、
本人は無理して頑張ろうとしている。
そのニンゲンの背中を押すかどうかってこと……かしらね?
 
千夏
そう!それよ!
あたしが言いたかったのはそういうこと。
 
アカリ
確かにそういうニンゲンはいるわねぇ。
きっとマジメなのね。
 
千夏
マジメに物事に取り組むことは悪いことじゃないと思うわ。
でもねぇ……
 
アカリ
無理して何かを続けて、壊れてしまう。
そうなるかもしれないのに、その背中を押せるのか……
ってことでしょ?
 
千夏
えぇ。
まさしくね。
 
アカリ
あなたって本当に優しい。
 
千夏
は?
 
アカリ
そこまでニンゲンのことを考える怪異、中々いないんじゃなくて?
あたしも含めてね。
 
千夏
よしてよ……
あなただって、願いを聞き届けてる。
あたしよりもたくさんの声をね。
 
アカリ
量がすべてじゃないわ。
質も大事よ。
 
千夏
……どうかしらね。
 
アカリ
ま……でもそう聞かれると難しいわね。
どっちがそのニンゲンのためになるか、微妙な所ね。
 
千夏
難しいことに挑戦することは大事だし、その姿勢は応援したい。
でも、明らかに向いていないと分かっているニンゲンにそれをしたら、いつかダメになってしまう。
 
アカリ
悩ましいでしょ?
 
千夏
とっても。
 
アカリ
あたしたちって、軽々しく「愛」って言葉を使うけれど……
その存在は重くて責任が伴うわ。
最近それを強く感じるのよ。
 
千夏
責任。そうね。
怪異だからこそ持つ責任って、たしかにあるわね。
 
なんか悪いわね。
突然こんな話して。
 
アカリ
少し驚いたけど、いいのよ。
でも残念だけど、今のあたしには答えが出せないわ。
 
千夏
あたしもよ。
だから、常に考えていないといけない。
 
アカリ
そうね……
愛とは何か……
それをもってしてできることは何か……
 
千夏
あたし達にとっての、永遠の課題よ。
 
 
真夜中の空には、月が小さく、
けれども確かに昇っていた。
あたたかい色でこの世界を優しく、そして少し残酷に照らしている。
もう少しで朝が来てしまう。
その優しさは、眩しすぎる光にかき消されようとしていた。
 

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