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【声劇台本】稲荷神社の秘密

登場人物3人 性別不問 兼ね役可 30~40分

性別不問  アドリブ可  語尾などの軽微な変更可  兼ね役可


ボク:少年。深夜徘徊している。
千夏:大垣八幡神社の神様の遣い。
アカリ:稲荷神社の神様の遣い


――――――――――――――――――――――――――――――――――


深夜2時頃・岐阜県大垣(おおがき)市・大垣八幡(おおがきはちまん)神社にて

千夏:ちょっと。そこの少年

神社の鳥居の先、お賽銭箱の横に座っている女性は、そこを通りかかった少年に声をかけた。

ボク:は、はい……

少年は驚きのあまり、つい目を合わせてしまった。

千夏:ここでなにしてるの?こんな真夜中に?

ボク:い、いや……特に理由はないですけど……ただフラフラしてただけです。

千夏:フラフラしてた?
千夏:少年、歳いくつ?

ボク:……別に何歳だって、あなたには関係ないでしょ。

千夏:あ?
千夏:口の利き方に気を付けなさい。

0:千夏に鋭い目で睨みつけられた少年は、その目力と声にすっかり怯んでしまった。

千夏:もしかして……ドロボウでもしてきたの?

ボク:そ、そんなこと……

千夏:あるの?

ボク:ないに決まってるでしょう!

千夏:ふふふ。

ボク:あ、あなたこそ……
ボク:夜の2時過ぎに、神社でタバコ吸ってるなんて……不審者じゃないんですか?

千夏:不審者かぁ。
千夏:だとしたらどうする?警察でも呼ぶ?

ボク:それは……

千夏:いいわよそれでも。おしりのポケットに入ってる電話を使えば、すぐに来てくれるんだろうから。

ボク:……

千夏:まぁ……捕まるのはあなただろうけれど。

ボク:……どうしてそれを?

千夏:外見でわかるわよ。あなた未成年でしょ?中学生?高校生?

ボク:……高校1年生です。

千夏:高校1年生。不登校?

ボク:……はい。

千夏:まぁ、そんなもんだと思ってたわ。

ボク:どうして……

千夏:深夜徘徊してる高校生ってのはねぇ、不登校か不良のどっちかって相場が決まってんのよ。

ボク:はぁ……

千夏:でも少年、不良には見えないから、大方不登校で昼夜逆転してるのかなって。

ボク:おっしゃる通りです……。

千夏:そう。まぁ、いいんじゃない?

ボク:え?

千夏:ん?

ボク:お説教されると……

千夏:しないわよ。そんなつまらないこと。

ボク:……

千夏:あと、正確にはこれはタバコじゃなくて、キセルっていうのよ。

ボク:キセル?

千夏:そう。細長い筒なの。

ボク:タバコとなにが違うんですか?

千夏:んー。たいして変わんないわ。紙じゃないだけ。

ボク:え、じゃあなんで紙たばこ吸わないんですか?

千夏:そりゃあ、キセルの方が好きだからよ。
千夏:まぁ……紙とか電子のタバコを買えないってのもあるんだけれども……

ボク:買えない?

千夏:金欠なの。

ボク:あぁ。
ボク:じゃあ、たばこやめれば……

千夏:イヤよ。

ボク:……

千夏:なに?

ボク:い、いえ……

千夏:……

ボク:あ、あの…‥もう1ついいですか?

千夏:ん?

ボク:あの……なんで浴衣着てるんですか?

千夏:は?

ボク:いや……あんまり若い女の人が、この辺で浴衣着て歩いてるの見ないので……

千夏:悪い?
千夏:気に入ってるのよ。この紺色の着物。

ボク:い、いえ……と、とっても似合ってると思います……。

千夏:あら、ありがとう。

ボク:いつも着てるんですか?浴衣?

千夏:えぇ。年中着物よ。

ボク:寒くないですか?冬に浴衣1枚って?

千夏:まぁでも……昔はみんな、年中着物を着ていたんだから、大丈夫よ。

ボク:へぇ……。

千夏:それよりいいの?

ボク:え?

千夏:いつまでもここにいて。

ボク:え、えぇ……。
ボク:親も家にいないですし。

千夏:そうかもしれないけれど……
千夏:ここは駅からも近いし、最近は物騒だから警官もウロついてるわ。

ボク:ゲッ

千夏:補導されないうちに、早く帰って寝なさい。
千夏:肌にも悪いわ。

ボク:……そうします。
ボク:じゃ、じゃあ……

千夏:ん。
千夏:じゃあね。
そういって、少年は帰っていった。

場面転換
数日後・深夜2時過ぎの大垣八幡神社で

ボク:あれから数日……毎日のように夜になると、街を徘徊するようになってしまった。
ボク:色々な所をフラフラとしていると、やっぱり落ち着く。
ボク:ここに来るのは、数日ぶり。
ボク:そういえば、今日はあの女の人いるかな……

そういって、少年は鳥居をくぐってみる。

千夏:あら……また会ったわね、少年。

ボク:こ、こんばんは……

アカリ:だぁれ?このニンゲン。

千夏:この辺を深夜徘徊してる少年よ。

アカリ:ふーん……。

ボク:こ、こんばんは……

アカリ:こんばんは。

千夏:この子はアカリ。近くの稲荷神社から遊びに来たの。

ボク:へぇ……
ボク:ご友人……なんですか?

アカリ:友人というか、まぁ……古い知り合いよ。

千夏:そうねぇ。友達とはちょっと違うかしらねぇ。

ボク:は、はぁ……
ボク:……ん?

千夏:なによ?

ボク:今、稲荷神社から遊びに来たって……

アカリ:そうよ。あるでしょ?ここからイオンの方に行く途中に。

ボク:いや、そうじゃなくて……

アカリ:え?

千夏:神社から遊びに来たってのが、よくわからないんでしょ?

ボク:え、えぇ……。

アカリ:あぁ。
アカリ:え?あなたまだ言ってないの?

千夏:言ってないわよ。言う必要ないじゃない。

アカリ:そうだけれど……

千夏:まぁ、今言えばいいじゃない。

アカリ:そうね……。
アカリ:あたし、稲荷神社に住んでるの。

ボク:稲荷神社に、住んでる?

アカリ:えぇ。

ボク:んー?

千夏:そのままの意味よ。
千夏:彼女は稲荷神社に、私はここに住んでるの。

ボク:……神社に住んでるっていうのは、つまり……

アカリ:そもそも論、あなたの目の前に座っている、着物を着た女性は、ニンゲンじゃないの。

千夏:そう。神様の遣いよ。
千夏:もう何百年もコキ使われてるの。

アカリ:そういうこと言わないの!

千夏:ホントの事じゃない。

ボク:え、ちょ、まって

アカリ:ん?

ボク:あなた達、ニンゲンじゃないんですか?

千夏:さっきからそう言ってるじゃない。

ボク:えぇ……

アカリ:まぁ無理もないわ。

ボク:え、じゃあアカリさん……キツネなんですか?

アカリ:キツネっていうか、怪異といったほうがニンゲンにはわかりやすいと思うんだけれども……

千夏:でもあなた、外見はキツネじゃない。

アカリ:まぁ、あなたと違ってね。

ボク:え?

千夏:そうよ。あたしはまぁ……犬ね。

ボク:えぇ……
ボク:え、でも、アカリさん……耳とか尻尾(しっぽ)は……

アカリ:もちろんついてるわよ。
アカリ:ただ今は隠しているだけ。

ボク:隠してる?

千夏:彼女、彼女の神社から歩いてここまで来たんだもの。
千夏:歩いてる途中に、誰かに見られたら困るでしょ?

ボク:た、たしかに……

アカリ:そうそう。
アカリ:最近みんなすぐ写真撮って、ネットにあげちゃうから困るのよ。

千夏:ホント。不快な世界になったわよ。

アカリ:まったくよ。

ボク:え、あの、ちょっといいですか……

千夏:ん?

アカリ:なぁに?

ボク:お2人はその……なんなんですか……?

千夏:隣の神社の同僚?みたいな感じかしらね。

アカリ:真夜中はお客さんも来ないから、こうして息抜きに出てこれるの。

ボク:お客さん?

千夏:参拝客のことよ。
千夏:彼女の神社は稲荷神社、それなりの人が毎日来るのよ。

アカリ:おかげさまで。

ボク:え、じゃあいつ眠ってるんですか?

アカリ:朝よ。
アカリ:ニンゲンが仕事に行く時間に寝るのよ。

ボク:昼夜逆転してるんですね。

千夏:あんたに言われる筋合いはないと思うわよ。

ボク:うぅ……

アカリ:ま、とりあえずそういうことだから。

ボク:じゃあ、お2人は別の世界から来たってことですか?

千夏:そうね。
千夏:たまーに帰ったるするわよ。

ボク:え、今度、あっちの世界のお話聞かせてください!

千夏:ですって。どうする?

アカリ:いいんじゃない?少しなら。

千夏:そう……。

ボク:お願いします!

千夏:まぁ……気が向いたらね。

ボク:じゃ、じゃあ……明日!
ボク:明日またこの時間に来ていいですか?

千夏:明日かぁ……

アカリ:明日何かあったかしら?

千夏:ほら……

アカリ:あぁ!そうだったわねぇ。

ボク:なにかあるんですか?

千夏:明日はチョットね……

ボク:あ……

アカリ:じゃあ、明日は稲荷神社に来る?
アカリ:あたしが相手してあげるわ。

ボク:い、いいんですか?

千夏:アカリ……

アカリ:いいわよ。なんだか楽しそうだし。
アカリ:明日この時間に、稲荷神社に来てちょうだい。
アカリ:色々お話ししましょう。

ボク:あ、ありがとうございます!

千夏:……

アカリ:それじゃあ、今日はもう帰りなさい。

千夏:そうね……明日に備えてはやく寝なさい。

ボク:は、はい……
ボク:それじゃあ、また……

千夏:警察に見つかるんじゃないわよー。

場面転換
翌日・深夜2時頃の稲荷神社にて。

ボク:こ、こんばんは……

アカリ:あぁ。来たわね。

赤い浴衣を着た女性が、どこかから現れた。
その鮮やかな着物は、彼女の黒くて長い髪を引き立てている。

アカリ:こっちよ。

ボク(ナレーション):そういって彼女は、ボクを社務所のような所へ招き入れた。
アカリ:そこに座っていいわ。
ボク(ナレーション):玄関で靴を脱ぐと、和室に通された。
ボク(ナレーション):そこには机と座布団が並べられている。社務所の人が普段休んでいる所だろうか。

アカリ:はい。どうぞ。

ボク(ナレーション):そんなことを考えていると、彼女がお茶を出してくれた。あったかい……緑茶かな。

ボク:あ……お構いなく……

アカリ:ふふふ。
アカリ:社殿のほうは、さすがに神様に見つかっちゃうから、ここで我慢してね。

ボク:あ、いえ、全然問題ないです。

アカリ:あ、夜になると、この神社の神主さんとかは帰っちゃうから、心配しないでね。

ボク:そ、そうなんですね……。
ボク:あ、あの……

アカリ:ん?

ボク:いいんですか?ニンゲンと会ったりして。

アカリ:まぁ……推奨はされていないのは確かね。

ボク:で、ですよね……。

アカリ:まぁでも、いずれにせよもう遅いわ。
アカリ:あ、でも……

ボク:はい?

アカリ:写真とかは撮っちゃダメよ?流石にそれは面倒だから。

ボク:そ、そうなんですか?

アカリ:ほら……いんすた?とかに写真とかのっちゃうと困るのよ。夜中までたくさん人が来たり、肝試しに面倒な子どもが来ると邪魔なのよ。

ボク:でも……神社の宣伝になるんじゃ?

アカリ:知名度は上がるかもしれないけれど、そういう人たちはお賽銭とかはくれないの。
アカリ:ゴミとかは捨てていくくせにね。

ボク:なるほど……。

アカリ:今日少年を呼んだのは、それが理由なのよ。

ボク:え?

アカリ:要するに口止めよ。私たちのこと、誰にも口外しないでねって。

ボク:も、もちろん。誰にも言いません。
ボク:まぁ……言いふらす友達とか知り合いもいないんですけどね。

アカリ:……返答に困るいいお返事ありがとう。
アカリ:千夏から聞いたわ。不登校なんだって?

ボク:千夏?

アカリ:もう1人のほう。青い着物を着て、キセル吸ってる。

ボク:あぁ……。千夏さんっていうんですね。

アカリ:名前聞いてなかったの?

ボク:はい。
ボク:というか、ほとんどなんにも聞いていないです。

アカリ:ほとんど?

ボク:はい……。
ボク:聞いたのは、あの青い浴衣をとっても気に入ってるってことくらいです。

アカリ:……それだけ?

ボク:は、はい……。

アカリ:そっか。
アカリ:少年は何か教えたの?少年自身のこと。

ボク:うーん……
ボク:不登校で、昼夜逆転しちゃって、やることもないから気分転換に夜の町を徘徊しているってことくらいは言いましたけど……

アカリ:けど?

ボク:どちらかといえば、バレちゃったって感じですね。
ボク:不登校でしょ?とか突然言われて、それが当たってたというか……

アカリ:なるほどねぇ。
アカリ:最初は千夏から声をかけてきたの?

ボク:え、えぇ。

アカリ:そう……怖かったでしょ?
アカリ:彼女、見た目がヤクザの姉さんって感じだし。

ボク:まぁ……。正直人生終わったと思いました……
ボク:金髪のポニーテールに、片手にキセル持ってて、ボクの方めっちゃ睨んでくるんで、カツアゲでもされるのかと……

アカリ:アハハ
アカリ:そりゃあ災難だったわねぇ。

ボク:あはははは……
ボク:でも、話してみると、とってもいい人?ですよ。
ボク:やさしいですし。

アカリ:優しい。
アカリ:そう思う?

ボク:はい。
ボク:なんだかんだで話し相手になってくれましたし、言葉だけかもしれないですけど、心配もしてくれましたし……

アカリ:そう……。

ボク:そう思いませんか?
ボク:けっこう長く、お付き合いしてるんですよね?千夏さんと?

アカリ:そうねぇ……もう数百年くらいかしらねぇ。

ボク:そんなに……

アカリ:でも彼女も昔は黒だったのよ。髪色。

ボク:え、そうなんですか?

アカリ:えぇ。
アカリ:ここ数十年はあの色だけどね。

ボク:へー
ボク:ていうか、髪の毛の色とかって染めていいんですか?

アカリ:ダメとは言われてないわね。

ボク:そ、そうですか。

アカリ:まぁほら、ニンゲンの前に頻繁に姿を現すならば別だけれども、そういうわけでもないからいいのよ。

ボク:なるほど……
ボク:でもなんであの色に変えちゃったんですかね?

アカリ:え?

ボク:あの紺色の浴衣なら、黒髪の方が似合うと思うんですけどね。

アカリ:……知りたい?

ボク:え?

アカリ:彼女が、どうしてあんな外見なのか。

ボク:それに理由とかあるんですか?

アカリ:あるわよ。
アカリ:女がイメチェンするのに、理由がないワケないのよ。

ボク:は、はぁ……

アカリ:それで?知りたい?

ボク:……いいんですか?ボクが聞いちゃって?

アカリ:まぁ……いいわ。
アカリ:千夏も少年のこと、気に入ってるみたいだし。

ボク:……それ関係あります?

アカリ:あるわよ。千夏の話相手になるとき、地雷踏みたくないでしょ?

ボク:あ、あぁ……たしかに。

アカリ:さて、どこから話をしようかしら……。
アカリ:千夏がいる神社の事、なにか知ってる?

ボク:んー。
ボク:正直あんまり知らないです。
ボク:お参りもしないですし。

アカリ:じゃあ……あの神社にお参りしてる人、見たことある?

ボク:……言われてみればないかもしれません。
ボク:お正月とかは、ここに来ちゃいますし……。

アカリ:ふふふ。ありがとう。

ボク:あ、いえ……

アカリ:実はそれには理由があってね、あの神社にはご利益(りやく)がないのよ。

ボク:ご利益がない?

アカリ:神社にお参りに来ると、大体みんな願掛けするでしょ?

ボク:え、えぇ。

アカリ:そうすると、私たちはその願いを聞いて、場合によってはその願いを叶える手伝いをするのよ。

ボク:手伝い?

アカリ:願いを叶えるのは神様だから。

ボク:あぁ……。
ボク:え、ていうか、場合によってっていうのは……?お賽銭の金額とか?

アカリ:うーん……詳しくは言えないけれど……
アカリ:いくらお賽銭を投げられても、ヤクザの願いは叶いにくいし、お賽銭の金額が1円とかでも、3歳くらいの少女の願いは叶いやすい……かもしれない。
アカリ:とだけ言っておくわ。

ボク:な、なるほど……

アカリ:まぁ言ってしまうと、その願いを神様に届けるのが、あたしたちの役目なワケ。
アカリ:だから、あたしたちの存在意義は実は大きいのよ。

ボク:べ、勉強になります。

アカリ:でもね、私たち遣いも、ひいては神様でもどうにもできないことってあるのよ。

ボク:神様でもどうしようもないこと?
ボク:そんなことあるんですか?

アカリ:まぁ、いくつかね。

ボク:それは……なんですか?

アカリ:……なんだと思う?

ボク:うーん……。

アカリ:ちょっと考えてみて。お茶、入れなおしてくるから。

ボク:え、あ、すみません……。
そういってアカリは、どこかへお茶を入れに行った。
数分後、急須に熱々のお茶をいれて戻ってきた。

アカリ:……はい。熱々よ。

ボク:あ、ありがとうございます。

アカリ:それで?なにか思いついた?

ボク:……大きな災害とか?

アカリ:お!するどい。
アカリ:大きな地震とか津波は、私たちにはどうしようもできないの。
アカリ:発生自体を止めるのは無理って意味よ?

ボク:神様も自然には勝てないんですね……

アカリ:そうね。まぁ細かい話はまた今度にするとして、他にはある?

ボク:うーん
ボク:思いつかないです……。

アカリ:それはね。戦争よ。

ボク:戦争?

アカリ:そう。ニンゲンが勝手にはじめるバカな争い。
アカリ:実はあれも、あたし達には止められないの。

ボク:へー

アカリ:まぁこれも、色々理由があるんだけれども、今日その話はいいわ。
アカリ:私たちにできるのは、被害の軽減くらいなの。

ボク:被害の軽減?

アカリ:死ぬんじゃなくて、大ケガで済むとか、そんな感じよ。

ボク:あぁ。なるほど……。

アカリ:それでね。なんでこれを聞いたかって言うと、千夏がああなったのは、実は戦争が原因なのよ。

ボク:戦争が原因?

アカリ:ずっと前、日本も戦争してたでしょ?

ボク:第2次世界大戦ですか?

アカリ:そう。
アカリ:あの時、ここら辺に住んでいた男性は皆、戦争に駆り出されたの。
アカリ:戦争に行く前は一家全員で、男性陣が行ってしまってからは、残された家族が毎日、千夏の神社に祈ってたのよ。みんなの無事をね。

ボク:……

アカリ:千夏もその願いを叶えようと必死に頑張ってたんだけど、ほとんど成果は出なかった。
アカリ:それまで神社に来ていた人々のうち、男性はほとんど亡くなって、残された家族が嘆き悲しんでいる姿を、ただ見ていることしかできなかったの。

ボク:……でも……千夏さんは悪くないんですよね?

アカリ:えぇ。
アカリ:でも、戦争が終わってから、彼女はああなったの。
アカリ:自分の存在意義に悩まされてしまって、役目もロクに果たせなくなってしまった。

ボク:そんな……

アカリ:でも、そんな姿を見て、弱いと思われたくなかったんでしょうね。
アカリ:だから外見が少し派手だし、キセルなんてもの吸ってるのよ。

ボク:そうだったんですか……
ボク:そんな過去が彼女に……。

アカリ:誰にだって過去はあるのよ。

ボク:……

アカリ:まぁ、キリがいいところで、今日はこの辺でお開きにしましょうか。
アカリ:空も明るくなってきたし……

ボク:え、あ、ほんとだ……。

アカリ:それじゃあ少年。気を付けて帰りなさい。

ボク:あ、はい。今日はありがとうございました……。

場面転換
数日後深夜2時頃・大垣八幡神社にて。

千夏:……そろそろ来る頃かなって思ってたわ。

ボク:あはは……
ボク(ナレーション):キセルから吸った煙を吐いて、彼女はボクに話しかけてきた。

千夏:ここはアカリの神社と違って、社務所はない。
千夏:社殿への階段……あたしの隣でよければ座りな。

ボク:あ、ありがとうございます。

そういって少年は、千夏の隣に腰掛ける。

千夏:聞いたわ。アカリのやつ、全部話しちゃったんだって?

ボク:え、えぇ……。

千夏:まったく、おしゃべりね。

ボク:あはは……

千夏:でも彼女の言う通りよ。こんな見た目で、実は強がってるだけ。
千夏:ダサいでしょ?

ボク:……

千夏:なんだよ、なんか言ってよ少年。気が利かないなぁ。

ボク:……それは少し違うと思います。

千夏:ん?

ボク:全然ダサくないと思います。

千夏:……

ボク:確かにその……千夏さんは多くの人を救えなかったかもしれなません。
ボク:でも、それを気にしてるってことは、それだけその人たちのために頑張ったってことじゃないですか?
ボク:ルールかなにかで、戦争は皆さんではどうしようもないって聞きました。
ボク:それをわかってても、助けようとしたんですから、それって素晴らしいことだと思います。

千夏:……いいのよ。お世辞なんて。
千夏:なにがどうあろうと、救えなかったという事実に変わりはないの。

ボク:それも、少し違うと思います。

千夏:え?

ボク:学校から逃げてるボクが言うのも変ですけど、何かに対して真摯に向き合ってたんですから……
ボク:それって……中々できないことだと思います。

千夏:真摯に向き合うかぁ……

ボク:え?

千夏:戦争が始まる前、みんなはここでお祭りとかをしてくれたんだよ。
千夏:正確には神様を祀るためであって、あたしじゃないんだけどね。
千夏:でも、そこでみんながお供え物をしてくれて、笑顔で近況報告してくれて、なんだかんだで幸せだった。

ボク:……

千夏:でも、その日常が奪われてしまった。
千夏:なんとかできないのは分かってるけれど、それでも日常を取り戻したい。そう思うものなのよ。

ボク:……

千夏:想像できる?みんなあたしの所に来て、無事を祈っていたのに……
千夏:半分は遺体すら戻ってきてないし、残された家族は、悲しむ暇もなく、女と子どもだけで貧しい生活に耐えなきゃいけなかった。

ボク:それは……

千夏:しかもさぁ……とてもつらかっただろうに、この神社を建て直してくれたんだよ。

ボク:え?
ボク:建て直す?

千夏:この神社、空襲で1回ダメになってるんだよ。

ボク:え、そうなんですか?

千夏:戦争が終わった後、生き残った人たちがみんなで、ここを直してくれたんだよ。
千夏:ここでお祈りしたから、私たちは無事だった。だから、神様に恩返ししないとねって。

ボク:……

千夏:それを見てて、なんだか情けなくなっちゃったのよ。
千夏:あたしはなんにもしてないのに、みんなはあたしのことを助けてくれる。
千夏:ほんと……あたしって、神様の遣い失格よね。

ボク:……

千夏:あとは聞いた通りよ、見事にグレちゃったってわけ。

ボク:……でも、それは情けないとは言わないんじゃないですかね?
ボク:元々千夏さんには、ほとんど何もできなかったんですし……
ボク:それに、空襲があっても、神社を直すくらいの人が生き残ってたわけですから……

千夏:でも、あたしはそうは……

ボク:千夏さんはそう思ってなくても、他の人たちがそう思ってたなら、そういうことにすればいいじゃないですか。

千夏:……

ボク:現に千夏さんは、今でもその人たちのこと、覚えてるじゃないですか。
ボク:それは、千夏さんにしかできないことをしていると思いますよ?

千夏:ん?
千夏:どういうこと?

ボク:ほら……人って、死んじゃったらそこで終わりじゃないですか?
ボク:でも、千夏さんがその人のことを覚えていれば、その人は千夏さんの中で永遠に生きていけるわけですよ。

千夏:……

ボク:神様の遣いに、存在を覚えてもらえるニンゲンなんて、滅多にいないですから!
ボク:その人たちにとっては、それだけで嬉しいと思いますよ。

千夏:存在を覚えてるだけじゃあ、その人たちを大切にしてるとは……

ボク:それにほら、今千夏さんが来てる浴衣、お供え物でしょ?

千夏:……どうして知ってるの?

ボク:ヨレヨレですし、柄が古いので……
ボク:でも、もらったものを、肌身離さず身に着けてるんですから、備えた人は喜んでますよ絶対。

千夏:……今日はもう帰りなさい。

ボク:え?

千夏:いいから。はやく。

ボク:え、あ、はい……。
ボク:それじゃあ……また来ます。

千夏の目に光る何かを見た少年は、状況を察して、振り返らずに神社から去っていった。

千夏:……もういいわ。でてきなさい。

アカリ:……
千夏が座っている背後の社殿から、アカリがソッと出てきた。

千夏:あなたって、ホント性格最悪よね。
千夏:全部隠れて盗み聞いているんだもの。

アカリ:だって……気になったんだもの。

アカリは、千夏の隣に座る。

アカリ:何十年も強がってる存在に、ニンゲンがどう接するか。

千夏:見世物じゃないのよ、あたし。

アカリ:そんなのは百も承知よ。
アカリ:でも、今日はいいもの観れたわ。
アカリ:まさかあなたを泣かせるなんて。

千夏:……
千夏:あの少年、あんなこと言うなんて。なんで不登校なんてやってるんだろうね。

アカリ:あなたと同じ。キット優しすぎるのよ。

千夏:あたしとおんなじ?

アカリ:あたし達みたいな怪異相手にも、ニンゲンと同じように接して、それなりの言葉をかけようと努力しているのだもの。
アカリ:少なくとも悪い性格ではないと思うわ。

千夏:そうかしらね……
千夏は、キセルに火をつけながら答える。

アカリ:違うと思うの?

千夏:……わからない。
千夏:もうニンゲンとどのように接していいかわからないのよ。

アカリ:そうでしょうね。

千夏:え?

アカリ:あなた、あの少年に名前聞いてないでしょ?

千夏:え、えぇ。

アカリ:怖いんでしょ?あの少年と親しい関係になるのが。
アカリ:もしもまた失ったら……って考えちゃう。違う?

千夏:もしもじゃないわ。
千夏:ニンゲンの方が、確実に寿命が短いんだから。先にあっちが旅立つ。

アカリ:そうね……。
アカリ:でも、それが運命よ。

千夏:そんなの言われなくてもわかってるわ。

アカリ:なら……

千夏:だから、そんなに特定のニンゲン1人に、入れ込まないようにしてるんでしょ?

アカリ:なら、どうしてさっき、あの少年を家に帰したの?

千夏:え?

アカリ:本当にどうでもいい存在なら、泣いてるところをみられても、なんとも思わないはずよ。
アカリ:あの少年。周りにいいふらすとかいうバカなこともしないだろうし。

千夏:……泣いてる姿を見られていい女が、この世界にいると思う?

アカリ:ふふふ。
アカリ:そうね……たしかに、気になっている殿方に見られるのはイヤかも。

千夏:そうじゃなくて……

アカリ:まぁいいわ。
アカリ:野暮な話はここまでにしましょう。

千夏:ん……

アカリ:でも、今度会ったらお礼を言っておきなさい。
アカリ:なんならそのまま……ねぇ。

千夏:……それどういう意味よ?

アカリ:そのままの意味よ。

千夏:……あいにく、そんな趣味はないわよ。

アカリ:まぁ……最初はお友達からだものね。

千夏:そういうことじゃなくて……
千夏:ニンゲンとあたしたちは……

アカリ:関係ないわよ。
アカリ:いざとなったら、こっちの世界に引き込めばいいでしょう?

千夏:それは……

アカリ:いいじゃない。
アカリ:あなたが泣いてるのを見て、何にも余計なこと言わずに帰ったでしょ?
アカリ:下手な声をかけるふざけた男より、はるかにマシじゃない?
アカリ:優良物件よ。

千夏:……もうこの話はしたくないわ。
千夏:あなたも、今日は帰ってちょうだい。

アカリ:なによ。

千夏:なんでもよ。

アカリ:まぁ……いいわ。
アカリ:でも、今日の夜くらい、少しいい夢でもみさせてあげなさい。

千夏:……そうするわ。

アカリ:じゃ、またね。

千夏:えぇ。またね。

そういって、アカリは下駄をカタカタとならして、稲荷神社へと帰っていった。

千夏:はぁ……。
千夏:今日はもう少し吸うかぁ……

完結

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