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雨の日の図書館

雨音が静かに、いろんな場所を叩いている。
窓・屋根・道路・木々・傘……
この世界にあるすべてのモノを。
 
灰色の空から降り注ぐしずくが、図書館全体を包み込むかのように、優しくしみ込んでいる。
 
あたしはこの場所が好き。図書館の大きな窓から外を眺めると、雨粒が窓ガラスを伝って流れていくのが見える。涙がこぼれ落ちるようなその様子を見ていると、不思議と落ち着く。
人が泣いてる姿を見てそんなことを想うなんて最低だけど、もしかするとそれがあたしの本性なのかもしれない。
 
雨が、あたしを覆っている偽りの何かを洗い流しているのかも。
 
 
いつも図書館にある年季の入った木製の椅子に座って本を開く。
雨の日に読む本の香りは、他の日に読むそれとは違って何かが特別な気がする。
本のインクと紙の匂いが、湿った空気と低気圧と混ざり合って、どこか遠くへ、あるいは物語の世界に連れて行ってくれる。
 
いつでも本の内容は変わらないはずなのに、なぜか違う世界な気がする……
 
 
 
窓の外の雨音に耳を澄ませていると、時々昔のことを思い出してしまう。遠い遠い昔の話。母親と一緒にこの図書館に来て、雨音に包まれながら何かの絵本を読んでいた。
雨が降って外で遊ぶことができなかったから、そういう日は決まって図書館に来ていた。
 
母親が静かに本をめくる音、その優しい手の感触、そして温かな笑顔。今はもう会えないけれど、その思い出は心の中で生き続けている。
 
雨の日の図書館には、特別な静けさがある。みんな家から出たくないから、わざわざ来る人も少なく、ただ雨音とページをめくる音だけがシンとした本棚の間に響きわたる。その音はとても心地よいリズムとなって、すべてを架空の世界に引き込んでくれる。
 
「雨の日には、世界が少しだけ違って見えるんだよ?」
かつて誰かがそう言っていたのを思い出す。
母なのか、数少ない友人なのか、それとも物語の登場人物なのか……
それはもう覚えてないんだけれども、その言葉だけは鮮明に覚えている。
 
雨が降ることで、普段は見えない美しさが浮かび上がる……
多分そういうことだろう。
 
雨の日に限らず、図書館で過ごす瞬間を大切にしてるのは、無意識にこの言葉を思い出しているからかもしれない。
 
 
降り続く雨は、まるで終わりのない物語みたい。
雫が1つ一つ、あたしのどこかに何かを刻み込んでくれている……気がする。
どう思いたいだけかもしれないけどね。
 
 
「雨の日の図書館は、あたしの特別な場所。」
 
誰にも聞こえないような小さな声で、そうつぶやいてみる。
もっともその言葉は、雨音に溶け込んでしまい、雨粒が叩きつけられてはじけてしまうように、図書館全体に広がっていった。
 
静かに流れる時間の中、雨音はただひたすらに音を鳴らし続け、あたしのことを満たしてくれた。
 



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