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ここだけ世界旅行解禁! 高野秀行「語学の天才まで1億光年」 #読書感想文

情報のない秘境を取材するために世界各国のレア言語を学び、そして次の国にいくたびに前に習ったことは忘れてしまうノンフィクション作家、高野秀行。

ゆっくり長く読みたいのに、残りページ数が最近のかき氷みたいに、すうっと溶けてなくなってしまう。それぐらい手が止まらないエッセイだった!

テーマは語学。ここに出てくる外国語学習は、仕事のために嫌々覚えさせられたり、将来の安泰のためにしかたなく習うような世知辛い学習じゃない。

インドで全財産だまし取られた経緯を説明できるまで帰れま10

若いころの初めての失敗として語られるのが「インドで身ぐるみはがされ事件」
初インド旅行で、海外旅行初心者の例にもれずおみやげや宿賃をボッタクられるが、周囲を警戒するようになり、インドっぽくない英語をしゃべる旅行者には逆に心を許した結果、そいつはもっと酷いやつで、パスポートも全財産も一切がっさい奪われてしまう。

そこから、面倒くさがる警察相手に、客観的に見れば自分がどれだけマヌケな旅行者で、ありふれたサギの被害にあったかを英語で説明することになる。決まり文句も適当なあいづちもない。知っている限りの英単語を並べて必死に説明する。
「それまでインドの人はべらべらしゃべるなあと思っていたけど、気が付いたら自分がそのひとりになっていた」
インドは貧富の差が激しいのは行かなくてもわかるけど、本当に現地で地元の人に助けてもらう立場になって、二度とやりたくないけど絶対にほかでは味わえない、これが青春だと言えなくもない経験をする。

勉強を始めた時点で旅は始まっている

それからも、アフリカ調査のために、現地の住人が会話だけに使う、「文字がない言語」を習得するため、その言葉を話せる留学生を探したり。
たまたま会ったフランス人に話しかけたら白塗りの暗黒舞踏をしている人だったり。
中国の先生が大きな声で発音しただけで衝撃を受けて、その後も親切なのに買い物はケンカ腰の中国人たちに同化していったり。
タイの学校で女子たちと東京ラブストーリーを翻訳したり。

中国語を話すときは声が大きくなるし、タイ語をしゃべるときは女性っぽくなる。長年その言葉で生きてきた人たちからじかに学ぶので、言葉といっしょに態度や魂みたいなものを吸い込んで、言葉によって少し人格がかわる。

作家としては長年売れなかったので、余裕のある旅行者の語学ではない。
資本のない若者が、日本では自分ぐらいしか知らないような言語を覚えて、「お前、なぜこの言葉を知っている!?」と地元の人を驚かせたり爆笑させるところは、青春小説のように読める。

言語を学習することは旅の準備ではなく、勉強の時点で旅が始まっている。
「勉強は探検」なのだ。教科書だって1ページごとに知らなかったことが書いてあって自分に変化が起こるのだから。

高野秀行作品の味として、本人がマジメに書いてるのに笑ってしまうところも多々ある。以前はミャンマー政権を柳生一族に例えるという知らないものをピンとこないもので例える試みをやっていたけど、

今作では、探検を「RPG」で例える。
言語が障壁を壊す魔法の剣のように思えた…と例えが続くけど、そもそも作者がRPGなるものを知らないのでぼんやりした例えが続く。西遊記の如意棒とかスターウォーズのフォースとか、なんかあるだろうに、なんで知らないもので例えるの。

高野秀行という人のすごいところは、たしかな経験に基づいた「教授」のような人格と、面白そうならUMA探しやドラッグ栽培まで徹底的につきあう、どうかしている部分と、ふたつの人格がまじりあっている。ためになるけど固すぎない。面白さでひっぱって、笑いだけでは終わらない。

彼女ができたので、初デートにほふく前進で入る過酷な洞窟探検をさせてしまい、その後の顛末はもう一度書く気力がないので過去作を読んでほしい、という部分なんて、笑っていいのか真剣なのかわからない。
ただわかるのは、この人はきっと人間が好きだということ。人間が好きだから語学に夢中になれる。これはこの国では何て言うの?と聞けば周囲は警戒せず教えてくれるし、覚えた単語の分だけ話せることが広がる。

恐るべきBTS

最終章で触れるのはテクノロジーと語学。作者が図書館に閉じこもって必死で数行づつ訳した書籍も、今はスマホである程度ぎこちなくても訳せてしまう。
語学を習得する意味はあるのか?
英会話学校は電卓が普及した以降の「そろばん塾」みたいな位置づけになっていくかもしれない。

だけど、韓国のアイドルが人気になって韓国語を学ぶ女性が大幅に増えたともある。人は好きな人の文化を学ぼうとする。翻訳機のほうが確かで手軽な部分もあるが、間違っていても直接伝えたい「そういう語学」もある。それにしても、過去作でタイの学生にドリカムを知らないことを笑われていた高野秀行から、 BTSの名前が出たのは衝撃だ。そこまでになっていたのか

そういえば、バーチャルYouTuberの配信でも海外ユーザーにほんの一言あいさつするだけでめちゃくちゃ各国のコメントが来て盛り上がるし、海外アーティストのライブでも「コンニチワトーキョー!」くらいは叫ぶ。通訳を介さない言葉のパワーみたいなものは、いわれてみればしょっちゅう見る。

作者が世界各地で拾ってきたエピソードも人脈も濃くて、もともと引きこもり気質で、海外旅行なんて面倒だし大変な経験するだけだと冷めていた私でも、読み終わるころには
一度きりの人生、狭い世界に閉じこもったままで終わって本当にいいのか?って思ってしまう。心の氷を溶かして、忘れていた若さに熱を入れられるような読書体験だ!


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読んでくれてありがとうございます。 これを書いている2020年6月13日の南光裕からお礼を言います。