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人工失楽園BARからこんばんは。

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人工楽園が失われた2020年の日本にオープンした思考酩酊空間。
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#森晶麿

猫を撫でる、その他の浮遊思考

猫を撫でる、その他の浮遊思考

いま家の外では簡易の小屋の中で猫が寝ている。一週間とか、いやもう少し前からかな、家のまわりをずっと首輪をつけた猫がみょおみょお鳴きながら徘徊していた。

何だろうな、とは思っていたが、気にしないようにしていた。だが、日を追うごとに相手は距離を縮めてくる。うちはまた、子どもの出入りが多い。そうすると、庭先で子どもが優しくしたりするせいもあるのだろう、あるいは、よその庭より雑草が伸びているから、餌にな

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犬に種類があるように

犬に種類があるように

子供の頃、「流れ星銀」という漫画があった。
犬が熊を倒すために集まる話だ。
その影響で、ポインターとかセントバーナード
とかグレートデンとか、とにかく犬の図鑑をみては
いろんな犬の種類をかたっぱしから覚えたものだった。
不思議なもので、
我々は「犬」というカテゴリを知っているから
ドーベルマンとチワワを同じ「犬」と認識できるが、
そうでなければ、とてもそれらをひとまとめには
見られるはずがないので

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クリスマス小説「チック、チック、チック」

クリスマス小説「チック、チック、チック」

探偵ブルーブラックは影に似ている。どこにでも現れるが、誰もブルーブラックに気づかない。それは彼の類まれな才能というわけでもない。彼はただ生来そういう男であり、その結果として探偵という職業に流れ着いた。

ブルーブラックはクリスマスが好きではない。昔の恋人が必ず電話してくる日だからだ。昔の恋人と一言でいえば同一人物に思えるが、それはAだったりBだったりCだったりとその都度変わる。要するに、その年のク

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がらんどうな気分

がらんどうな気分

このところ出版界は先行き不安な話をよく小耳にはさむ。つい今日も大御所作家さんまで連載が本にならないとTLで目にした。あの方がその扱いなら、自分なんぞ野良犬もいいところだろう。

そんなことを考えていたら、ふと思い出した。4,5年前だったか、自分もまだ書き途中の0稿の件で、とつぜんべつの出版社の編集さんから「森さんの別の社の原稿がうちに回されてきたんですよ。出版してくれないかって」
と言われたことが

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ここが死に場所だろうと。~『沙漠と青のアルゴリズム』あとがきのようなもの~

ここが死に場所だろうと。~『沙漠と青のアルゴリズム』あとがきのようなもの~

デビュー3年目くらいから、終わりを意識しはじめた。
こう書くと、何を急に言い出すのかと思うかも知れない。
でも本当の話だ。

黒猫シリーズは順調に売り上げを伸ばしていたが、それにしたって「遊歩」より売れる作品があるわけではなかった。
発行部数だって、巻を追うごとに少しずつ右肩下がりになる。それは仕方のないこと。どれだけ最善の状態にしても、シリーズものというのは、映像化とか新聞やテレビでレビューが出

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『黒猫と歩む白日のラビリンス』刊行記念リモートトークイベント!

『黒猫と歩む白日のラビリンス』刊行記念リモートトークイベント!

 ええとこんばんは。

 森晶麿です。はじめての方もそうでない方もどぞよろしく。

 さて、じつは9月17日に黒猫シリーズの最新刊が発売になったのですが、いつもだとどこかの土地へ行って刊行記念トークイベントなどをやるのですが、今回はこういう状況だということもあり、リアルなイベントは断念しました。

 けれど、せっかくですし、何より執筆についての裏話などあれこれ話したいこともあります、ということで、

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タイトル公募900字小説「9月に始めたい存在しない習い事」5連発

タイトル公募900字小説「9月に始めたい存在しない習い事」5連発

先日、Twitterにて「#9月に始めたい存在しない習い事」というのを募集しまして、そこに皆様からご応募いただいた架空の習い事を5つ選び、タイトルにして900字小説を書きます、と言いました。そして、昨夜無事に5つのタイトルが決定しました。さて、どんな話になったか。以下ごらんください。
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蝉の声回収講座 そろそろ何もない抜け殻のような日々から脱しなければならなかった。ミコが最後の

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ある古美術商への飛び込み営業で本当にあった怖い話

ある古美術商への飛び込み営業で本当にあった怖い話

8月の終わりなので怪談噺でも一つ、と思ったのだが、じつを言うとこわい思いというのをあまりしたことがない。

生まれつき霊感がまったくなく、そのわりに中学校まではひどく怖がりだったのだが、高校のときにふと「これまで一度も幽霊の気配すら感じたことがないということは、いるいないは別にして俺には霊感がない。それなのに、『いそうな感じ』を怖がる意味とは……?」と考えてすっかり恐怖心というものと疎遠になってし

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タイトル公募断篇小説「夕立そうめん」

タイトル公募断篇小説「夕立そうめん」

先日、断篇小説のタイトルとして使える「夏の終わりに食べたくなる存在しない食べ物」をTwitter上で公募しました。
その結果、たくさんの素敵なタイトルが寄せられました。そのなかで、とくにシンプルでピンときた「夕立そうめん」を使わせていただき、小説を書いてみようと思います。では以下が本編となります。どうぞ。
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 夕立そうめん  2003年の夏の終わりのことを久志は強烈に

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小説に向かなそうなタイトルで小説を書いてみよう

小説に向かなそうなタイトルで小説を書いてみよう

こんばんは。じつは今日、ふと思い立って、夕方にツイッターで以下のような募集をしたのでした。

急募】即興企画で「小説に向かなそうなタイトル」を募集します。採用タイトルは1つ。#小説に向かなそうなタイトル、で呟いてください。採用ツイートのみRTします。夜の九時くらいまでで締め切り、そこから決めて12時までにnoteにアップします。

本当は2,3件集まればいいかなと思っていたのだけれど、思いのほかた

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短篇小説「抱擁」④

短篇小説「抱擁」④

 「私は反対だね。死者のことをどう思うかは生きている者が勝手に決めればいいじゃない? なにもお父さんの半生を今さら探ることないと思うね」

 私がナオミの自宅で雨村治夫という男の人となりや、彼からの依頼について話すと、ナオミは煙草をすぱすぱと吐き出しながら言った。

「第一に、その雨男にはもう会わないほうがいいよ。今日も雨だし。そいつのせいかも」

 ナオミはまんざらジョークでもなさそうな様子で眉

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短篇小説「抱擁」③

短篇小説「抱擁」③

 雨村治夫は私の知る男のなかでも最低の部類だった。喜怒哀楽の怒りばかりがたんこぶみたいに突出しており、不出来な阿修羅を思わせた。かつて娼館にいた頃に私をやたらぶった男がいたが、雨村なら私を殺す寸前まで痛めつけたにちがいない。この男はそういうタイプにみえた。

 彼は警官に「俺の娘を……ハルカを道連れにした男に家族はいるのかよ?」と尋ねた。警官は一瞬私の顔を見たが、沈黙を保った。私はすでにその時には

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短篇小説「抱擁」②

短篇小説「抱擁」②

 話を父が船に乗って消えた日に戻そう。
 あれから私がどんなふうに過ごしたか。一人の人間の不在を補うことは罅割れた容器を修復するみたいに簡単にはいかない。私以上に大きく取り乱したのは母だった。母は一人で帰ってきた私を責めた。なぜ父を止めなかったのか、と。それから店長も私を責めた。明日から自分の代わりに馬車馬のように働く人間がいなくなったからだ。

 私の口からは甘いキャンディーの匂いがしていた。母

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短篇小説「抱擁」①

短篇小説「抱擁」①

 雨の日に生まれた。誰に聞いたわけでもない。私がそう決めたのだ。名前のない街で、雑貨店の地下にあるソファでへその緒を切られ、そのままそこが私の寝床となった。
 
 雑貨店は父の職場で、そこは店長の好意で父母に与えられた部屋だった。私は何も知らぬ間に店長の恩恵にあずかった永遠のエトランジェだった。 

 台風の夜になると、ソファは水浸しになるので、母は一晩中私を抱きかかえていなければならなかった。そ

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