森 晶麿
君のげげげげげげげげげげげげんそうから僕は
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
たたたたたじたたたたたたたたたたたじたたたたたたたたたたじ
「私の中に一体の死体がある、というと、人はいかにも奇異なことを言っているように思うかもしれないわね。でも事実よ。私の中には一体の死体がある」 私は目の前の人物にそう告げた。それは告白と言ってもよかった。 私の名は密室。 「知ってのとおり、外部から入ることはできない。したがって、この死体がどのようにして私の中に現れたのかは私には皆目わからないの。現状、私のなかに犯人と呼べる存在は見当たらないわ」 なるほどね、ふむ、それは興味深い、と目の前の人物は顎を指でさすりながら唸る
柳原正一はごく普通のどこにでもいる心優しい高校教師だった。生徒からの人気も高く、保護者からもよく相談をされ、校長や教頭、学年主任、同僚からの信頼も厚かった。 三年前に同僚の美奈代と結婚し、子どもも生まれた。元気な男の子だ。柳原はこの家族のためにこれからは生きていくのだ、と思った。 柳原はその年、二年三組の担任をすることになった。とてもまとまりのあるいいクラスだった。だからだろうか、九月に入ってすぐ、校長から転校生をこのクラスに入れたい、と相談された。名前は石笛君江。
いつぐらいからだろうか。とにかくここ数カ月、「笑いと暴力」について考えていた。どこからが笑いで、どこからが暴力か。 最初にこの手の問題を意識的に持ち込んだのはビートたけしだったのではないか。それまでの、政治家のような圧倒的強者(どうせ敵いっこない相手)を叩いて笑いを起こす、といったものから、ビートたけしはそのへんの小市民さえも罵倒の対象となることを示した。「じじい」も「ねえちゃん」も、ぜんぶ「バカヤロウ」とぶった切られるモチーフになった。 これによって、それまでフィクショ
私が現在のようになったのは、日差しの強烈な夏のある朝のことでございました。もう夏休みに入って幾日か経った頃です。蝉がうるさく鳴いていたのをよく覚えています。 蝉というのは、明け方五時半ごろからはもう活動を始めるのですね。闇が醸すなけなしの涼しさが遠のいて、蝉の声が蒸し暑さを連れて蚊帳の中に押し寄せてくる気配で目覚めたのです。 かといって眠いのは眠いので、ただだらだらと扇風機のぬるい風だけを生きる糧と心得てじっとベッドの上で体を横たえていたのでした。そうしていると、蝉
「かわいそうに」と彼女が撫でた その瞬間までどう思っていたのか覚えていないが そう言われたら自分がかわいそうな気がして そう言われたら彼女を好きになって 彼女といつしか暮らし始めた 「かわいそうに」と彼女がそれを撫でた その瞬間までどう思っていたのか覚えていないが そう言われたら自分もそれがかわいそうにみえて そう言われたら自分もそれが好きな気がして 彼女とそれを連れて帰った 「かわいそうに」と彼女がテレビの向こう側の景色に叫んだ その瞬間までどう思っていたのか覚えていな
20代の終わりの頃の話だ。 中高の同級生の杉本怜太(仮名)と2年ほどの間に5回くらい酒を飲み交わすことになった。最初に連絡してきたのは、杉本だった。mixiで俺のアカウントを発見したとかで、東京にいる仲間は少ないから今度飲まないか、と誘われたのだった。 その当時勤めていた会社が杉本のアパートに近かったというのが、それほど気乗りのしない誘いを受ける消極的な理由となった。 と言っても、会っても明るい気分になる奴ではないので、あくまで一時間程度、「あいつは今何してる」「A子は最近
大理石製カウンターに立っている女性は、彼女自身大理石製なのではと見まがうほど白い肌とそれ以上にクリアな笑顔を輝かせ、右手で示した。 「ようこそ、楊陽作品展へ。右手をごらんください。こちらは楊氏の最新作『俯ける時』です。この作品の価値がわかるとご決断されたお客様はこちらからどうぞ」 彼女の右手──つまり向かって左側には何もなかった。何かのわるい冗談か、さもなくば本気でこっちを騙すつもりか。だが、隣を見て唖然とした。私をこの美術館に連れてきた張本人、川辺美幸は、食い入るよ
「きゃっ」咄嗟に千紗は叫んだ。蜘蛛が、千紗の足元をちょこまかと駆けていたのだ。千紗は昆虫全般が苦手だ。だからこんな日本家屋に越してくるのはいやだと言ったのに。 ずいぶん遠くまで来てしまった。仕方ない。東京にはいられないもの。東京にいた頃、千紗はよく東京を徘徊する巨大な蜘蛛の夢にうなされていた。蜘蛛はノボルを追っている。ノボルというのは千紗が好きだった男の名前。 ノボルは所帯持ちの大学教授で、千紗との関係は火遊びに過ぎなかった。それでも千紗にとっては本気の、一度だけの
「あんたここがどういう職場だかわかってるんでしょうね?」 腕組みをしながら金髪の長身の女性が尋ねた。尋ねたというより、脅されている雰囲気だ。私は天井で稼働中の換気扇のプロペラを見上げながら、物怖じせずに答えた。 「東京都グロテス区の区役所八階。グロテスクとアラベスクを分類して整理します」 「分類までは合ってる。でも整理するのはグロテスクだけ。アラベスクを見つけたら容赦なく廃棄。項目ごと削除。さあ、わかったら、さっさと仕事始めな!」 シュウコ先輩は自分のデスクに戻っ
エドガー・アラン・ポオは、自身の小説「モルグ街の殺人」をthe tales of rasiocinationと呼んだ。日本語に訳せば「推理小説」。だが、同時にポオは作者の用意した都合のよい推論が、世間で勝手に高く持ち上げられすぎている点を懸念してもいる。ポオにしてみれば、「推論なんてこれくらい都合よくできちゃうんですよ、〈理路整然としてる〉ってこわいね」くらいの感じだったんじゃないかと思う。 まあポオの思惑はともかく、その後、さまざまな論者がミステリの〈かたち〉を定義せんと
3月24日、高松の映画館ソレイユ2にて『千年女優』の上映会が行なわれた。主催は香川のたった一人の大学生。その動機など詳細はこちらのインタビューをごらんいただきたい。要約すれば事故でご自身の卒業が遅れることになり、同級生の卒業記念に、と上映会を企画されたということだ。 ここで、映画自体よりも、ソレイユという映画館について少し話しておきたい。ソレイユは高松にある小ぢんまりとしたレトロな雰囲気の漂う映画館だ。上映される映画がいちいちセンスがいいので、原稿の都合さえつけば月一では訪
「スマホによって、我々はつねに国家に存在を把握されており、電磁波によって寿命も決められているの。だから、私は何も持たない」 経理部の鵜馬ふみはそのようにして自分が携帯電話の類を持っていないことを説明した。今日で交際から一年。長かった。 最初のデートにこぎつけるのだって、非常に苦労したものだった。社内では彼女を見かけることはあっても、他部署では話しかけることは難しかった。社内メールは管理部がチェックしていて、プライベートな内容は送れない。 結局僕は、新しいインボイ
出勤前の朝のゴミ出しは憂鬱な仕事の一つだが、今日はそうでもなかった。なにしろ、連れがいる。昨日入学式を終えて、晴れて小学一年生となった娘のハナだ。 まだ大きすぎるのではと心配になるランドセルを背負い、よろよろと歩いている。その小さな手を握りながら、そうかこの子が学校に通うのか、なんてことを、今さらのように感慨深く思っていると、いつもは嫌で仕方ない生ゴミの、鼻が歪みそうな匂いも耐えられる気がする。 背後から、二つの足音がしたのは、そんなタイミングだった。一つはよく知っ
リリコがマスクをつけるようになったのは、新型コロナウイルスの流行より何年も前のこと。両親でさえ、彼女の顔を幼少期以降はほぼ覚えていないくらいだ。リリコは時折真夜中にこっそり鏡で自分の顔を確かめることがある。だが、グロテスクな代物だ、という以上の感慨がわかない。 というか、人間は全般、グロテスクなものだ、とリリコは思う。よくみんな、マスクの一つもつけずに外出ができるものだ、と感心と疑問が同時にわき起こる。 そして、そういった感慨と矛盾するようだけれど、リリコはまた、他
その日は、好きな作家、大池恵子さんのサイン会だった。僕は中学校のときに図書館で大池さんの本を読んで、その濃密な心理描写に酔い、サスペンスフルな作風に興奮して以来、全作図書館で読み漁ったくらい好きだ。 高校でも、大学でも読んだから、四十冊くらいは読んだのかな。 現在は地元の家具屋で家具製造に明け暮れる日々。まだ入社三年目だから薄給もいいところで、だから大池さんの新作も新刊では買えないけど、推したい気持ちはすごく強い。だから、細々とだけどブックオフに通っては、学生時代に図
「なんで別れたんか理由を言え」 人がええ気分で寝よったのに、がさがさした聞き苦しい声で現れて胸倉つかんで何を言いよんのや、こいつは。 幼馴染の武雄が押しかけてきたんは明け方の四時やった。どうも武雄の女房が俺と関係もちよったことを口滑らせたらしい。 なんやそれ、どうでもええがな、終わったこっちゃ。 しかもやで? 夫の武雄が「よくも俺の女房に!」とか言うならまだわかるんやけど「なんで別れたんか」てどういうことやねん? 別れんかったらよかったんかいな。 「理由?