森 晶麿

虚構家、小説家ってWikipediaに書いてあったのでたぶんそう

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  • 森晶麿ホラーマガジン

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  • ソコデコソダテ

  • 三単現のエス──または彼を炎上から救うたった一つの方法

最近の記事

恋愛掌篇「陰謀論ノ彼女」

 「スマホによって、我々はつねに国家に存在を把握されており、電磁波によって寿命も決められているの。だから、私は何も持たない」  経理部の鵜馬ふみはそのようにして自分が携帯電話の類を持っていないことを説明した。今日で交際から一年。長かった。  最初のデートにこぎつけるのだって、非常に苦労したものだった。社内では彼女を見かけることはあっても、他部署では話しかけることは難しかった。社内メールは管理部がチェックしていて、プライベートな内容は送れない。  結局僕は、新しいインボイ

    • ホラー掌篇「となりの家の子」

       出勤前の朝のゴミ出しは憂鬱な仕事の一つだが、今日はそうでもなかった。なにしろ、連れがいる。昨日入学式を終えて、晴れて小学一年生となった娘のハナだ。  まだ大きすぎるのではと心配になるランドセルを背負い、よろよろと歩いている。その小さな手を握りながら、そうかこの子が学校に通うのか、なんてことを、今さらのように感慨深く思っていると、いつもは嫌で仕方ない生ゴミの、鼻が歪みそうな匂いも耐えられる気がする。  背後から、二つの足音がしたのは、そんなタイミングだった。一つはよく知っ

      • 恋愛掌篇「マスクガールと停電の夜」

          リリコがマスクをつけるようになったのは、新型コロナウイルスの流行より何年も前のこと。両親でさえ、彼女の顔を幼少期以降はほぼ覚えていないくらいだ。リリコは時折真夜中にこっそり鏡で自分の顔を確かめることがある。だが、グロテスクな代物だ、という以上の感慨がわかない。 というか、人間は全般、グロテスクなものだ、とリリコは思う。よくみんな、マスクの一つもつけずに外出ができるものだ、と感心と疑問が同時にわき起こる。 そして、そういった感慨と矛盾するようだけれど、リリコはまた、他

        • 対話篇「僕はあの日、作家にブックオフで買ったと伝えたかった」

           その日は、好きな作家、大池恵子さんのサイン会だった。僕は中学校のときに図書館で大池さんの本を読んで、その濃密な心理描写に酔い、サスペンスフルな作風に興奮して以来、全作図書館で読み漁ったくらい好きだ。  高校でも、大学でも読んだから、四十冊くらいは読んだのかな。  現在は地元の家具屋で家具製造に明け暮れる日々。まだ入社三年目だから薄給もいいところで、だから大池さんの新作も新刊では買えないけど、推したい気持ちはすごく強い。だから、細々とだけどブックオフに通っては、学生時代に図

        恋愛掌篇「陰謀論ノ彼女」

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        • 人工失楽園BARからこんばんは。
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        記事

          掌篇「すずめの蛸殴り」

          「なんで別れたんか理由を言え」  人がええ気分で寝よったのに、がさがさした聞き苦しい声で現れて胸倉つかんで何を言いよんのや、こいつは。    幼馴染の武雄が押しかけてきたんは明け方の四時やった。どうも武雄の女房が俺と関係もちよったことを口滑らせたらしい。  なんやそれ、どうでもええがな、終わったこっちゃ。  しかもやで? 夫の武雄が「よくも俺の女房に!」とか言うならまだわかるんやけど「なんで別れたんか」てどういうことやねん? 別れんかったらよかったんかいな。 「理由? 

          掌篇「すずめの蛸殴り」

          恋愛掌篇小説「音になれば」

          「ヨーグルトの期限、切れてたら捨てなさいよ」  たぶん乃亜は僕を責めているのだろう。出張から帰ってきた乃亜は機嫌が悪い。  期限の切れたヨーグルトと機嫌の悪い乃亜。    しかし、その横顔は謎めいている。知っている横顔だが、二日間の出張の間に作られた外の空気が見知らぬ表情を作り出す。  いっそ乃亜の言葉が分からなくなったらいいのだけれど、と僕は考える。いまこの瞬間、唐突に乃亜の言葉がわからなくなれば、僕はただ莫迦みたいな顔で乃亜の話すのを見ていればいいわけだ。 「ねえ、

          恋愛掌篇小説「音になれば」

          怪談「ねことおおやと祭りの夜」

          「もうそんな大きぃなったかぁ、坊主、すごいのう、おじちゃんびっくりや」  大家さんは、我が家に来るたびに僕の年齢を尋ね、大げさにそう言って驚いてみせたものだった。  大きい家と書いて、大家さん。だからだろうか、幼い頃の僕にとって大家さんはものすごく大きな存在だった。滅多に会うわけでもないのに、彼が現れると、家の空気が全体、彼の流儀に従わなければならないような、何とも言えない圧迫感で満たされたものだった。 「流儀」と言ったって、大した流儀があるわけではない。大家さんの獲って

          怪談「ねことおおやと祭りの夜」

          怪談「しめさば」

           死んだ兄の恋人の香苗に聞いた話である。  故郷を離れて3年、兄はずっと真面目な銀行員だったようだ。毎朝8時に出勤し、6時には帰宅し、きまってしめ鯖を食べたがったという。しめ鯖は幼い頃からの兄の好物だった。うちは品数が多いから、その中の一品ではあったが、兄は毎度それを好んでいた記憶がある。  考えてみれば、なぜ昔からしめ鯖がそんなに好きだったのかよくわからない。一度決めたらやたらと一つのものを好く傾向のある兄だから、毎日食べると決めてそれを実行していただけのことなのだろう

          怪談「しめさば」

          『君たちはどう生きるか』とアオサギをめぐる思考の断片

           『君たちはどう生きるか』を観てからだいぶ経つのでそろそろ感想をまとめておかなくては忘れてしまう気がするが、なかなか感想がまとまらない。  それにしても世の中、なにもよしあしを急速に決める必要はないのに、公開時から即座につまらんだのわからんだのと表明したがる人が多い。  感動しろ面白がれとは思わないが、体験が「流れている」感がある。    体験は川だ。    すぐに言語化すれば、流れてゆく。自然の法則だ。そこで流れる川をせき止めて、脳内でああでもないこうでもないと咀嚼する

          『君たちはどう生きるか』とアオサギをめぐる思考の断片

          ホラー掌篇「鵜凪のいる夏」

          「まゆみはもう宿題は終わったん?」  篭野のばあやはいつもそう尋ねる。まだ夏休みも始まったばかりなのに、しらけるしやめてほしい。 「自由研究は?」 「まだ」 「ほんなら早うせんと」  ばあやはうるさい。いつも人の顔を見ると宿題は済んだのか、と問う。いっそ嘘をついて済んだことにしようとも思うが、そうすると、今度はたぶん何か用事を頼まれる。掃除だ、炊事だ、納戸のものをとってこいだの……。べつにこき使われるためにここへ帰ってきたわけではない。  そもそも、帰ってくる、という表現

          ホラー掌篇「鵜凪のいる夏」

          失われた薄い名作を求めて「削ぎ落された文体が光る悪徳警察小説『夜の終る時』」

           先日、米澤穂信さんが「初の警察小説」(版元曰くだが)を発表された。それを知って、本来第2回には里見弴の本でも紹介しようかと思っていたのだが、急遽、同じ「警察小説」の括りで、結城昌治の『夜の終る時』はどうかな、と思った。  というのも、本書は、国内ミステリ史においてきわめて淡泊でクールな足跡を残す結城昌治の「初の警察小説」だったからだ。警察小説というジャンルは、そもそも私立探偵小説のリアリティを補足するために生まれたという経緯がある。エド・マクベインの87分署シリーズなどが

          失われた薄い名作を求めて「削ぎ落された文体が光る悪徳警察小説『夜の終る時』」

          黒いスーツの男のいる風景(オドレイの場合)

           オドレイは黒いスーツの男が好きだ。いつ頃からだろうか、たぶんサクランボの種を出すことを面倒がらなくなった頃からだ。黒いスーツを着ている男はいい。誰でもいいかと言われると迷うのだが、とりあえず「全男よ、黒いスーツを着てみないか」と思うくらいには好きだ。  ある日、赤いバラを持ってどこからともなく男が現れても、その男が黒いスーツを着ていなかったら、オドレイは赤いバラを一度つき返し、「黒いスーツを着てから出直してきて」と頼むかもしれない。  そんなオドレイのある日の午後。こんな風

          黒いスーツの男のいる風景(オドレイの場合)

          失われた薄い名作を求めて 第1回「読者に〈物語〉を探させる怪作『鏡よ、鏡』」

           今月から毎月一冊、最近忘れ去られているかもしれない名作(薄め)を紹介していこうと思います。入手のしやすさしにくさをあまり考えずに、ひとまずは厚さだけを基準に、好きなものを語っておりますので、「探したけど見つかりません!」とかはむしろ書店さんを通じて、または出版社に直接かけあってください。もしも絶版状態であれば、そうした読者の皆様の声の一つ一つが復刊につながる可能性もなくはありません。  さて今夜は、知っている人は当然知っているけれど、知らない人は知らない(当たり前)スタン

          失われた薄い名作を求めて 第1回「読者に〈物語〉を探させる怪作『鏡よ、鏡』」

          動詞だけの掌篇「どうして」

          出会う 話す 笑う 頼む 飲む 止まる 聞き返す 黙る 笑う 泣く せがむ 怒る 追う  問いかける 佇む  見上げる 帰る 寝そべる  思い出す  泣く 怒る うずくまる 唸る 引っ掻く 搔きむしる 立つ  探す 見つける  握る しまう 電話する 取り繕う 笑う 約束する  出かける 考える 確かめる 考える 確かめる 着く  話す 笑う 刺す 刺す 刺す 刺す 刺す 刺す 刺す 刺す 刺す 刺す 刺す 刺す 刺す 刺す 刺す 笑う 刺す

          動詞だけの掌篇「どうして」

          掌篇「ポオのいない風景/群衆の人2023または新たな探偵小説のレントゲン」

           マスクを外さないことには、ポオの口髭を見分けられない。何しろ、ポオを探すのに頭の形やあの猜疑心に凝り固まった目ばかりを頼りにするのは心もとなさすぎる。そんなわけで、マスクを外す人が増えてきたのは、じつにポオを見つけるにはよい頃合いだった。問題は、2023年という時代にポオを見つけられるか否かだ。  私がその男に目を留めたのは、そんなさなかのことであった。男は、群衆から浮いていた。時折視線をきょろきょろさせて(群衆はきょろきょろしない)、時折物音にびくりと反応して(群衆は物

          掌篇「ポオのいない風景/群衆の人2023または新たな探偵小説のレントゲン」

          掌篇小説「火花」

           荘厳な葬儀に現れた少年の名を、群衆は知っていた。が、誰もがその名を口にすることを恐れた。自分たちが何をしたのか思い出すことになるから。  スマホの撮影はお断りです、死者に敬意をもつのならば。  アナウンスも虚しく、やまないシャッター音。  光。   光。    光が闇をつかのま遠ざける。死者への冒涜。  葬儀場の外ではプラカードをもつ人々の群れ。  死者は自然の味方だった。プラカードの者たちは、死者の遺志を継ごうと叫び声をあげている。  少年は、十年以上前のことを考え

          掌篇小説「火花」