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感傷の口座開設

近所の銀行へ口座開設に行った。インターネットバンキングにいくつかの口座をもっているのだが、セキュリティの設定や管理が面倒くさく、普通のキャッシュカードと通帳の管理が一番手間がかからないと思った。

しかし実際に行ってみると、リアルの銀行も、口座開設に書類を書くことはほとんどなくて、窓口に呼ばれる前に、自分のスマホか銀行のタブレット端末から必要事項を入力する。その後、窓口に呼ばれても、巨大なタブレット端末の画面をみながら、各種設定や手続きを進めていく。サインもタッチペン、印鑑ですらスキャンのような機械で読み込む。

私はそれほどデジタル音痴ではないけれど、この20年くらい、リアルの銀行で口座を開設したことがなかったせいか、手続がこれほどまでにデジタル化されていることに、時代は変わったのね……としみじみとしてしまった。「今はこんなこともデジタルなんですね」と、とんちんかんな驚きを見せて、窓口の若い行員さんを困惑させてしまった。

とはいえ、そんな感傷にひたっているひまはなく、手続きはテキパキと進めなくてはならない。

まず、1つの銀行に対して2つまでしか口座を開設することができないが、私はすでに2つの口座を開設していると言われた。1つは現在も使っているので分かっているものだが、もう1つはいつどこで開設したのか、まったく覚えがなかった。その口座の支店名をいわれても、たしかに近くには住んでいたけれど、キャッシュカードや通帳すらどこにあるのか分からない状態だった。

そのことを行員さんに伝えると、覚えのないその口座の解約をして、この支店に口座をつくることができるといわれ、その手続きをお願いした。

覚えのない口座の解約手続きは、なぜか紙にいろいろ記入したのだが、その紙に記載されていた口座開設の申込者が、学生時代にアルバイトをしていた学習塾の名前になっていた。

あ…バイト料をもらうためにつくった口座だったのか……

思いがけず懐かしい名前が出てきて、また感傷的な気分が押し寄せてきた。

そういえば、そのバイト先で知り合った人と付き合うことになり、その人が就職した先も、ここではない銀行だった。バブル経済崩壊直後の就職活動だったけど、出身大学がよかったことと、あるこだわりがあって大手都市銀行などは狙わずに、中堅の政府系金融や地方銀行を回ったこともあり、なんなく第一希望に入行した。

入行から1ヶ月ほど企業の研修所で新人研修を施されたのち、しばらくは窓口対応をしたり、地元商店街の営業をしたりしていたな……などとさらに思い出にふけっていた。

記入用紙からふと顔をあげると、担当してくれている行員さんの胸には「実習中」のバッチが。

この人も4月に入行したばかりなのね……

でも、とても優秀な行員さんで、キャッシュカードに付与するクレジットカード機能や電子マネー機能、インターネットバンキング機能など、様々な複雑な機能をよどみなく、取りこぼしなく説明した。おそらく、機能付与の一つひとつが彼の営業成績になるのだろう。

簡単な手続きだと思っていたリアルな銀行の手続きが、思った以上に面倒くさく時間がかかり、思考が停止していたことも手伝って、彼の営業成績向上に貢献した。

付き合っていた人も窓口対応していて、当時いろいろな話を聞いていたけれど、口座開設は印鑑さえあれば誰でもできた時代で、これほど複雑な手続きではなかったはず。もし、あの人が今この時代で新人だったら、決して器用な人ではなかったから、こんな複雑な説明と営業、できなかっただろうなあとも思った。

結局、窓口の椅子に座ってから1時間後、やっと手続きが完了した。立ち上がるとき「4月に入行されたばかりなの?」と彼にたずねると、はにかみながら、「はい、大変お待たせして申し訳ありませんでした」と答えた。

付き合っていた人の面影を重ねながら、「こちらこそお世話になりました。これからも頑張ってね」と声をかけると、新人研修で習ったと思われるお辞儀で見送ってくれた。

彼がこれからどのようなキャリアを歩むは分からないけれど、社会人としての人生が充実したものであるようを祈った。

そして、付き合っていた人の“今”にも思いをはせた。

たしか数年前にテレビドラマで話題となった「半沢直樹」と同じ年の入行で、あれから二十数年の年月が経つ。あの人がこだわっていたような銀行員になれたのか、会って聞いてみたい気もする。



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