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リンナとカンナ【第五話】

【第一~四話までのストーリー】
 子どもに恵まれない義男と由香里は、AIロボットのサブスクリプションサービスで、赤ちゃんロボットをレンタルし「凛菜」と名付ける。

 ところが、その一年後由香里は不倫相手との間に「環奈」という子を授かる。その後、2人はすれ違いや、お互いの不倫が原因で離婚することとなるが……。

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 由香里の夫である義男には、子どもを溺愛する母「千恵子」がいる。千恵子は大切に育てた息子が離婚し、ショックを覚えている。


第五話

千恵子

 手塩にかけて育てた愛息子の義男が、先日離婚した。義男には、2人の娘がいる。義男は2人の娘のうち、長女を引き取ることにしたらしい。

 義男の離婚を聞き、千恵子は呆然とした。今まで反抗期もなく、あの子は育てやすい子だったはず。

 勤勉家で、これまで真面目に育った息子が、なんで道を踏み外す必要があったのか。離婚しなきゃならなかったのだろうか。全部全部、あの女のせいだ。千恵子は、頭を掻きむしりながら、「わぁぁ」と泣き叫んだ。

 息子が離婚した原因は、嫁の由香里に決まっている。日頃から、由香里と会う度に、千恵子はそわそわした表情や態度に疑問を感じていた。千恵子は探偵を雇い、由香里の身元調査を依頼する。

 身元調査によると、どうやら由香里には義男の他に男がいたらしい。その事実を探偵から聞かされるなり、千恵子は怒りでわなわなと震えた。

 ——あの女。絶対に許さない。

 こともあろうことか、由香里はその男との間に、赤ちゃんを身ごもっている。千恵子が驚いたのは、それだけではない。

 なんと由香里は、その子を義男と自分との間に生まれた子として、育てていたのだ。

 義男には、不倫の事実も。子どもが義男の子ではないことも。全部、あの嫁は嘘をついてきたのだ。すべてのいきさつを探偵から聞かされるなり、千恵子は激しく憤慨したり

 探偵から聞いて驚いたのは、由香里の不倫だけではない。義男と由香里の長女(第一子)は、実の子ではなかったことも聞かされる。

 長女の凛菜はAIロボットで、どうやら人間ではないらしい。妊活の末、子どもに恵まれず、夫婦はどうやらAIのサブスクリプションサービスで、赤ちゃんロボットをレンタルしたそうだ。

 AIロボットの赤ちゃんは、2人が自分の子どもとして育てていることも聞かされた。ただその一年後、由香里が不倫でできた子を孕んだため(実の子として育てているが)、状況が一変したらしいのである。

 義男が実の子として連れてきた長女が、ロボットだったなんて。千恵子は息子が、自分に嘘をついていたことも信じられなかった。

 もしかしたら義男は、孫の顔を見たいとせがむ私のために、無理をしたのかもしれない。だからロボットの赤ちゃんを借りてまでして、自分たちの子として育ててきたのだろうか。

 ああ。なんて親思いで、優しい息子なのだろうか。それなのに、由香里さんときたら。本当に酷い女だと、千恵子は由香里に腹を立てた。

 ——不倫の事実を聞いたからには、義男に伝えなくては。そうじゃないと、あの子が可哀想だわ。

 千恵子は、探偵から聞いた情報を、すべて義男に伝えた。次女を授かった頃、実は由香里が不倫を働いていたのだ、と。

「そんなのは、絶対に嘘だ」

 義男は、千恵子の話に応じようとしない。そこで千恵子は、探偵から受け取った次女のDNA鑑定を義男に渡す。

 千恵子はいざという時のために、次女のDNA鑑定も依頼していた。

「そんな……。環奈と、血の繋がりがないなんて嘘だ」

 義男の表情が、たちまち暗くなる。今までずっと、次女は自分の子だと信じて育ててきたのだろう。ああ、可哀想に。千恵子は落ち込む義男を見て、ぽたぽたと涙を落とした。


 義男は千恵子から由香里の不倫、次女のDNA鑑定結果について聞かされたのち、次女へ冷たく当たるようになる。

 手のひらを返したように次女への態度が変貌した義男の姿を見て、本当のことを息子に伝えてしまって良かったのかと、千恵子は後悔した。

 由香里の不倫を聞いてからというのも、義男は由香里にも冷たく当たるようになる。

 その後、義男と由香里はすれ違いを重ね、離婚した。由香里と離婚した時、義男はロボットの長女を引き取ると申し出た。

 長女の凛菜は働き者のロボットで、千恵子が介護を要してからも、終始面倒を見てくれるいい子だ。至れり尽くせりの長女には感謝しても足りないくらいだと、千恵子は思った。

 義男は離婚後、フラフラと飲んでいた頃に出会ったホステスの木梨優香と再婚する。由香里の不倫話を聞かされ、義男はまっすぐ家に戻らず、どうも外で飲み歩いていたらしい。

 探偵からその話を聞かされるなり、あの真面目な息子がなぜ、と千恵子は首を傾げた。

 義男が再婚した木梨優香は、けったいな女だった。家事はしないし、子育てにもほぼ携わろうとしない。長女に関わろうとせず、ほぼネグレクト状態だった。

「私が要介護で動けないからって、あの女は甘く見ているのだ」

 千恵子はこの時、すでに介護を必要としていた。思うように動けない体に対し、何度も千恵子は地団駄を踏む。


 スーパーで買い物を済ませ、足早に家へと辿り着く。ガラガラと、いつものように扉を開ける。家の奥から、悲鳴に近い男の声が響く。

「義男?」

 千恵子は、慌てて声の元に足を運ぶ。すると、そこには血まみれになった義男の姿があった。義男の顔は紫色に腫れ、原型を既にとどめていない様子だ。

 義男の前には、涙を浮かべる凛菜がぼうっと佇んでいる。凛菜の手には、血がべったりと滲んでいる。

「私もこんなことしたくないのに、手が勝手に動くの……」

 凛菜は、泣いていた。千恵子が心配して凛菜に近づこうとすると、「来ないで、おばあちゃん。あなたを殴ってしまうかもしれない」と言う。

 凛菜はロボットだけど、優しい子だ。人をまさか殴る訳がないはず。そんな千恵子の願いも虚しく、凛菜は再び拳を振り上げ、義男を殴り始める。

 千恵子は恐怖のあまり、へなへなとその場へ座り込んだ。本当は、息子を助けてあげたい。けど腰が抜け、足もすくんで、その場から身動きができないでいる。喉が渇いて「助けて」の声すら出ない。

 凛菜に殴られ続けた義男は、ぐったりして、その場に倒れ込んだ。

 しばらくすると、扉の向こうから「ただいま」と女の声がする。義男の再婚相手の優香だ。どうやら、帰ってきたらしい。

 これまで家を顧みず、外で遊び歩いていたというのに。どうして、このタイミングで帰ってくるのか……。運とタイミングの悪い女だと、千恵子は思った。

 だめ。優香さん。今は、ここに来てはいけない。そう伝えてあげたいのに、声が何も出てこない。体はずっと、震えたままだ。

 優香が部屋に入るなり、変わり果てた義男の姿を見て真っ青になる。

「ぎゃぁぁぁぁ!」

 優香は、叫び声を上げる。凛菜は優香の姿を見るなり、包丁を手に取る。そして、一目散に腹目掛けて突撃し始めた。

「本当はこんなことをしたくないの。誰か、誰か止めて!」

 凛菜は、すっかり泣きじゃくっている。

「包丁を置いて!私、あなたに何もやってないでしょう?」

 優香は、泣きながら凛菜に訴える。

「ごめんなさい。私の意思ではないんです……」

 千恵子は、凛菜の手と足に目をやる。ガクガク震えている様子だ。どうやら、凛菜の意に反して、体が勝手に動いているのかもしれない。

 凛菜は手に取った包丁で、優香を滅多刺し始めた。あたり一面、血飛沫が部屋中に飛び交う。「ぎゃああ」と、叫び声が響き渡る。

 千恵子は思わず手を合わせ、 南無阿弥陀なむあみだぶつと唱え続ける。

 ——いつも優しくて働き者の凛菜に限って、殺人なんてする訳がないじゃない。凛菜はAIかもしれないけど、面倒を見てくれたのはあの子だけ。

 目をつぶり、静かに念仏を唱える千恵子。凛菜の刃物は、千恵子の腹部目掛けて突き刺さる。ブスッ、ブスっ。鈍い音が、幾度となく響き渡る。

 凛菜は、涙を浮かべている。千恵子は「可哀想に」と思った。

 きっと何者かが、凛菜をどこかで操っているのだろう。そもそもあの子は、人間ではない。ロボットなのだから。

 凛菜は、片手で刃物を持つ腕を留めようとする。しかし、暴走する手を止めることができない。

「おばあちゃん……大好きなおばあちゃん……。ごめんね……。私にも、何がなんだかわからないの……」

「いいのよ。今まで、私のために尽くしてくれて。それだけで満足よ」

 そう言って、千恵子は息絶えた。凛菜はその後、自らを刃物で何度も刺そうと試みた。しかし機械の身体が、刃物を貫通することはなかった。


 凛菜は、AIのサブスクリプションサービスでレンタルされたロボットだ。ここから先は、ロボットの貸し出しを行う会社の木村代表によるエピソードである。


MENTA代表取締役 木村健司の話

 木村健司には、大学在籍時から、起業に憧れがあった。

 木村の父は、数多くの事業を展開する実業家だ。父の背中を見て育った木村は、「将来は、父親の家業を継ぐもの」と考えていた。

 木村は、幼少期からインターナショナルスクールに通い、何度か海外への留学も経験している。

 木村は、父の縁故で富裕層が集うパーティーにも若い頃から参加している。木村は、パーティーに顔を出すことにより、世界中の成功者たちと人脈を築いた。

 数多くの成功者達が集うパーティーで、木村はある1人の起業家と出会う。彼は、ビルガー・ローンというアメリカの起業家だ。

 ビルガーは、人間の知的な行動を再現する「人工知能」に特化したサービスを数多く展開する天才的起業家として、世界中にその名をとどろかせていた。

 木村は、ビルガーから起業ノウハウについてレクチャーを受けた。斬新なビルガーの発想に、木村の胸は高鳴る。木村は、ビルガー・ローンとの出会いをきっかけに「俺は、日本版ビルガーになる」と決意した。

 ビルガーとの出会いをきっかけに、木村は人工知能について独自の研究をし始める。やがて木村は、人工知能搭載のAIロボットサブスクリプションサービス「MENTA」提供をスタート。

 木村は、サービスを宣伝するためには、地道な宣伝が必要と感じていた。

 そこで木村は、SNS上でフォロワー10万人以上のインフルエンサー達を見つけ、声をかけ続けた。MENTAのPRをお願いできないか、一人一人のインフルエンサーに打診し始めたのである。

 SNSでの積極的な宣伝が実を結び、事業は大きく軌道に乗る。事業が飛躍する中で、木村に思いもよらないニュースが舞い込んできたのである。

「木村社長、大変です。MENTAのAIロボットが、殺人事件を起こしたみたいです!」

 息を切らしながら、MENTAの広報である吉田が走り込んできた。普段は、冷静な吉田だ。あの吉田が息を切らしているというのは、かなりやばい事態なのだろう。

「そんな筈はない。MENTAが提供するロボットは、トラブルを防ぐために初期設定で『精神年齢を高めにする』など、何らかの対策を取ってあるはずだが。本当に、うちの製品なのかね?」

「それが……。以前格安でモニター商品として世に出した、欠陥品がトラブルを起こしたみたいなんですよ」

「欠陥品なら、『当社は一切のトラブルに対して、責任を持ちません』と商品の注意事項へ記載しているはずだ。

だから、私たちが責任を問われることはないだろう……」

 そう言って、木村はネクタイをキュッと締め直す。吉田は、両手で僕の肩をギュッと抱え込み、険しい表情でこう述べた。

「社長、何を言っているんですか。自社製品が問題を起こしたのだから、我々は責任を取るべきです。社長、どうか直ちに謝罪会見を……!」

「謝罪会見?なぜ僕が、そんなことをしなければならないのか。

もとはと言えば、そもそも社員が欠陥品を作らなければ、こんな大事にならずに済んだのに。それに、今年はMENTA20周年記念でもある。

晴れやかなメモリアルイヤーにしたいからこそ、余計なトラブルに巻き込まれるのは御免だ。

吉田。新サービスの宣伝を、このタイミングで行え。そして『MENTA20周年記念キャンペーン』を大々的に行うんだ」

「は?キャンペーン?このタイミングでですか?」

 目が点になっている吉田に対し、木村は淡々とした口調でこう伝えた。

「ああ、そうだ。たとえば、TwitterやInstagramのハッシュタグキャンペーンとして『#MENTA20周年記念キャンペーン』を付けてくれた人には、抽選で100名様に商品券をプレゼントするってのはどうだ?」

「社長……。もうやめましょうよ。トラブルが起きる度に、火消し目的で新サービスの宣伝をしたり、キャンペーンを展開するなんて、子ども騙しにも程があります。

顧客様のために、今は謝罪した方がいいです」

「うるさいな!私のやり方に、口答えするな!」

 ぶつぶつと吉田に小言を言われるのは、もうまっぴら御免だと木村は思った。思い起こせば、広報の吉田はいつも俺の意見に反論してばかりいる。

 木村は、これまで何度も吉田のクビを切ろうとした。理由は、自分の動きを邪魔するからに他ならない。しかし、吉田を切ろうとすれば、他の社員が「吉田さんが辞めるなら、私たちも辞めます」と言い出すので、仕方なく残留している。

「社長、すみません……。ただ、このSNSの状態だけは、一度チェックしてもらえませんか?子ども騙しの火消し対応では、もうどうにもならないところにまで来ています」

 吉田から携帯を渡されるなり、木村はTwitterにて「#MENTA」をチェックした。

MENTAやばいよ。この前一家惨殺したロボット、MENTAのAIロボットだって

犬彦@ミニマリスト

MENTAって、急にロボットレンタルサービスを提供した企業だっけ?社長も若いらしいし、いつかこうなると思ったよ。

けんじ@物書き

いつもこの会社って、不祥事起きた時にわざとらしくキャンペーン出すよね。下心バレバレって感じ。

ゆりあ@夢見る女社長

AI時代に突入して、僕らも仕事を奪われたけどさ。こうしてAIロボットの不祥事が起こると、結局人間なのかなって。

虎王@IT起業家

 X(旧Twitter)のタイムラインを見るなり、木村は苛々して携帯を投げ捨てる。

——なんだよ、こいつら……。所詮匿名で、顔も本名も世に出していない癖に、言いたいことばかり言いやがって!

 ずっと子どもの頃から、父親からのプレッシャーを受け続け、必死に勉強して顔、本名もすべて出して、本気で会社のために戦ってきた人間なんだよ、僕は。

 今まで周囲から「優秀な社長ご子息」と唆され、本当は苦手な勉強だって頑張ってきた。

 友達が遊んでいる中で、僕は遊ぶことなくずっと勉強ばかりしてきたというのに。なんで暇でネットしかすることのない連中に、こんな文句言われなきゃらならないんだよ!畜生……この雑魚どもめが!

 悔しさのあまり、木村は地団駄を踏む。そんな木村に対し、涙目で吉田が声をかける。

「木村社長。Twitterのみならず、他のSNSもこの話題で持ち切りです。

どうやら、週刊誌がこのネタをすっぱ抜いたらしく。もう逃げることはできないかと。私も同伴しますから、一緒に謝罪会見を開きましょう。」

「謝罪って、何を謝るんだ!

私が何をしたっていうんだ!私は何も、悪いことはしていないじゃないか!」

 怒鳴りわめく木村に対し、諭すように吉田はこう答えた。

「だから、『欠陥品』とわかっていながら、格安でサービスをモニター品として提供したことですよ。

そもそも欠陥品とわかっているなら、絶対に出してはいけなかったんです」

 吉田に促され、へなへなと崩れ落ちるように、木村はその場に座り込んだ。

 木村は呆然とした様子で、殺人事件のニュースを検索する。殺害された人物の名前「佐藤義男」を見るなり、木村はハッと気づく。

 佐藤義男。中学の同級生で、俺のことジロジロ睨んできた奴じゃないだろうか。確か近くに住んでいて、家はかなりボロボロだったはず。

 僕はちょっとした意地悪で、嫌味をよく伝えていたっけ。その度に、あいつは渋い顔してた。

 でも、今思い返してもさ。あいつ位だったよ。
俺に嫌味を言われても腹を立てず、「はいはい」ってスルーする奴。大人だなぁと思っててさ。

 もう少し長く一緒に過ごしていたら、もっと仲良くなれたのかもしれない。残念だ。そっか、僕が開発に携わったAIロボットに殺されたのか……。木村の頬に、一粒の涙がするすると零れ落ちる。

「わかった、謝罪会見に参加するよ」

 そう伝えると、ぱぁっと吉田の顔色が明るくなった。

MENTA 広報 吉田正二の話

 吉田正ニがMENTAに入社して、19年になる。MENTAの創業が20年なので、ほぼ創業時のメンバーといっても過言ではないだろう。

 吉田がこの会社に入社したのは、数多くの事業を展開している木村一族に復讐するために他ならない。MENTAの木村代表の父親は、彼以上に数多くの事業を展開する「木村グループ」会長の木村雄一郎氏。

 敏腕経営者という噂もある一方で、気に入らない社員はすぐリストラさせるなど、悪い噂も多い人物だ。

 吉田の父も、木村雄一郎氏にクビを切られた者の1人だった。父親はある日突然、木村氏から「明日から、会社来なくていいから」と宣告された。つまり、リストラされたのだ。

 父がリストラされた理由は、会社の経営難から大幅な人員カットが求められたからだ。吉田の父は仕事人間で残業も多く、ほとんど家に戻ってくることはなかった。

 仕事で疲れていても、吉田の顔を見る度にニコニコと笑ってくれた父。父のことを、吉田は心の底から大好きだった。

 吉田は父と別れた「あの日のこと」を思い出し、悔しさのあまりグッと唇を噛んだ。

 ある日突然木村氏からクビを宣告された吉田の父は、その翌日に自宅で首を吊った。

 学校から家に帰るなり、天井からぶら下がった真っ青な顔の父親を見たあの日のことは、吉田にとって今でも忘れられない。


 あの日から、吉田は木村氏に復讐することを心に誓った。

 復習する方法を色々検討したが、木村氏に直接手を下すと、自分だけが損をする可能性が高い。もっと他に、何かいい復讐方法はないだろうかと、吉田は考える。

 それは木村への復讐で頭がいっぱいだった、ある日のことだった。

 ふと吉田がテレビを見ると、木村雄一郎の息子である「木村健司」が、未来を代表する若き天才として紹介されていたのを発見する。

 ——何が天才なんだか。所詮父親のコネで、何も努力しなくても社長に就任したのだろう。

 吉田は、足元に置いてあるゴミ箱を思いきりバコーンと蹴とばす。

 テレビで放送されていた木村健司のドキュメンタリーによると、どうやら彼は将来的にAIを用いた事業を展開する予定とのこと。その話を聞いて、吉田はすぐに復讐するためのアイデアを思いついた。

 まずは、自らが木村健司の企業する会社に就職する。その後は、こっそりAI事業の過程で、何らかのトラブルを仕込むのだ。

 会社がトラブルを起こすことで、たちまち悪評で埋め尽くされれば、会社を窮地に追いやることができ、恨みは果たされるかもしれない。

 思い立った吉田は、数年後に木村健司氏が起業したAIロボットサービス事業を展開する。

 吉田はMENTAのスタッフ募集を見るなり、すぐに履歴書を送付した。面接は見事に通り、晴れて吉田はMENTAの正社員として勤務することになる。

 これで、復讐へと一歩前線だ。問題は、ここからどうやって復讐に向かえばいいのか。どうすれば、木村一族丸ごと沈めることができるのだろう。吉田は首を捻った。

 吉田が最初に配属されたのは、AIロボットの製造部門だ。最初はロボットの部品検品に携わっていたが、次第に製造過程にも関っていく。真面目な仕事ぶりが評価されたのだ。

 製造部では、ベルトコンベアにのせられ、部品たちがゆっくりと流れていく。

 ロボットの製造過程では、完成したロボットの検品チェックも行う。検品の中で、吉田はあるAIロボットの赤ちゃんに遭遇する。

 製造部門のスタッフの1人が、そのロボットに対し、こう説明した。彼女の名前は、立川恵子。検品担当の従業員である。

 立川は、部署のなかでも細かいことで有名だ。チェックが細かく、正確な仕事ぶりが評価され、将来的には製造部で昇格も噂されている。

 その一方で、あまりに細かすぎて、周囲にもつい口煩く指摘してしまうことから、部署には仲間が1人もいないらしい。

「このロボット、他のロボットと違って少し感情を持っているみたいなんです。もし何らかのきっかけで、感情が暴走したら事件やトラブルを招くので、解体しようと思っていて」

 立川にそう言われて、吉田は一瞬思い悩む。たしかこのロボット、見覚えがある。以前レンタルしていた方から、優秀なロボットと評価されていたはずだ。このまま解体するのは惜しい。いや、ちょっと待てよ。吉田は、何かを閃いた。

「立川さん。ちょっと待って。せっかくこのロボットが感情を持っているなら、壊してしまうのは可哀想だよ」

「可哀想と言われても……。万が一トラブルを起こしたら、責任を問われるのは会社です。そうなったら、私たちも職を失う可能性だってあるし」

「じゃあ、トラブルを起こさないように対策を取ればいいんじゃないかな」

「対策ですか……」

「たとえば、人工知能の初期設定で、トラブルを起こさないようにあらかじめ何らかの設定しておけば、モニターとして提供できるかも」

 吉田の提案に、立川さんは目を丸くする。

「いいんですか?吉田さん。社長の許可なしに、そんなこと勝手に始めちゃって……」

「だって、せっかく感情を持ってこの世に生まれたのだから。何か意味があるのかもしれないし。解体してしまうのは、可哀想と思って」

 吉田の発言を聞くなり、立川の表情がみるみる緩む。

「吉田さんって、優しいですよね。吉田さんみたいに、優しい心を持つ人が社長になってくれたらいいのに。本当に、ワンマン気質の木村社長とは大違い……。あっ」

 立川は「しまった」という顔をして、両手で口を押える。うっかり、本音がポロっと出てしまったため、慌てたのだ。

 吉田は「大丈夫だよ。そんなこと、誰にも言わないって」と言って、立川の肩をポンと叩いた。

 吉田は、しめしめと笑った。優秀なロボットが、感情を持ったならば。感情を抑えられないよう指示を出せば、とんでもないことになるだろう。

 感情とは、持ては持つほど危険なものだ。実際問題、人は感情を持っているからこそ、仕返しや復讐を考えたりする訳なのだから。

 吉田はこの人工知能ロボットに、「18年後、このロボットは目の前にいる人たちを滅多刺しする凶悪ロボットとなる」と、情報を記憶させた。ロボットは基本的に、感情を持つことはない。ただ、こちらのロボットは感情が僅かでも残っているらしい。

 18年後には、今まで制御できていた「感情」を爆発させるよう、吉田は記憶させる。感情が制御できなくなれば、もしかしたら人を滅多刺しするような凶悪事件を、このロボットが起こすかもしれない。

 吉田がロボットが事件を起こす年を「18年後」にした理由は、MENTAがちょうど20周年を迎えるからだ。

 会社がメモリアルイヤーになる時に、自社ロボットがスキャンダルを起こすものなら、会社もそれどころじゃなくなるはずだ。

 周囲のスタッフ達に、吉田はこう伝えた。このロボットは『赤ん坊』という設定にしているが、トラブルを防ぐために『精神年齢30歳』にしている、と……。

 もちろんその説明に、嘘はないりただ、凶悪な事件を起こすための指示をAIに記憶させていることに関しては、内緒にした。


 18年後。

 吉田がAIに「殺害」を記憶させたロボットは、本当に大きな事件を起こした。

 あの時「18年後、事件を起こす」と記憶させたロボットは、家に住む家族3人を包丁で殺害する。

 自分でAIに恐ろしい記憶をさせたはずなのに、いざ事件が起こったことを知ると、吉田は恐怖で震えた。

 これはつまり、間接的に僕が事件を起こしたことになるのではないだろうか?もしかしたら、とんでもないことをしでかしてしまったのかもしれない。罪悪感と恐怖心で、吉田の体全身に冷や汗が流れる。

——この不祥事が、世間の明るみになったらどうしよう。そうだ。そうなる前に、会社で謝罪会見を開いてしまえば、そこに世間の意識が集中する。

 攻撃を受けるのは僕ではなく、社長である木村のはず。矢面に立つのは、顔と名前が世に知られた人間なのだから。

 そう思った吉田は、ニヤリと笑みを浮かべる。むしろ木村社長は部下へのパワハラも酷いという評判もあるし、会社の不祥事へのバッシングは全て彼に集中することは間違いないだろう。

 大丈夫。トラブルが発覚しても、叩かれるのは自分じゃない。社長だ。吉田は何度も、そう自分に言い聞かせた。

 そんなことをぼんやり考えていた頃、吉田は目の前にスタスタと速足で歩く木村社長の姿を発見する。木村社長は会社20周年記念もあり、ソワソワと浮き足が立っている様子だ。

 まったく、自社製品がこんな大事件を起こしているというのに……。

 木村社長は、ニュースすらチェックしていないのか。危機感の無さは、今まで挫折を経験したことがないからだろうと、吉田は思った。

 吉田は、木村社長に声をかける。木村社長は、怪訝な表情だ。吉田は、木村社長が自分のことを快く思っていないことを理解している。渋い表情で「なんだ?」と聞かれても、吉田は動じない。

 ——もうこんなことは、ずっと前から慣れっこだよ。あなたはずっと、僕に対して失礼だ。人をぞんざいに扱うあなたは、やはり社会的に制裁を受けるべきだ。

 吉田は、AIロボットの殺人トラブルに対する謝罪会見をする話を持ちかけるために、木村社長の元へと駆け寄った。

 もうすぐ、自分の復習計画が実現する。吉田の胸は高鳴った。でも、自分の計画を相手に悟られてはいけない。

 慌てている素振りを、なんとか演技しなければ。吉田は、わざとらしく息切れした様子を見せた。

【終わり】

愛読、ありがとうございました!こちらは2023年の創作大賞で応募したものを、再度ブラッシュアップしました。

ブラッシュアップすることで、自分の文章の癖なども学べ、いい勉強になりました。楽しんでいただけると嬉しいです。


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