特集 共生を阻む「永住資格取消し」
法的地位の不安定化に抗う — 永住資格取消しは外国人に対する差別である
国士舘大学 鈴木江理子
人権とは「人間としての権利」であり、「人間」であることに、国籍や民族、ジェンダーや在留資格などの違いは関係ない。にもかかわらず、この国では、外国人(市民でない者non-citizen)の権利が、極めて軽く扱われる。
手続き無視でねじこまれた永住資格取消し
今回の改定入管法に永住資格取消し制度が導入されるきっかけとなったのは、自民党外国人労働者等特別委員会の「技能実習制度・特定技能制度見直しに向けた提言」(2023年12月14日)である。当該提言には、「新制度(育成就労制度)によって永住に繋がる就労者が大幅に増えることが予想される為、永住許可の制度の適正化を検討すること」(括弧内筆者加筆)とある。これを受けて、翌2024年1月29日に開催された同委員会で配付された出入国在留管理庁の資料に「永住許可の要件を一層明確化し、当該要件を満たさなくなった場合を在留資格取消事由として創設するための法改正について、入管法等一部改正法案において措置を講ずる」ことが記載されi)、有識者会議の最終報告書にはなかった取消しが、改定法案に盛り込まれることになった。
政府内で永住資格取消しが最初に取り上げられたのは、「外国人材の受入れ・共生のための総合対応策」22年度改訂版(2022年6月)である(2023年度改訂版でも同様)ii)。同日決定された「外国人との共生社会の実現に向けたロードマップ」でも、諸外国の制度を参考にしつつ、2024年度中に検討・結論、2026年度までに必要かつ可能な範囲で実施とある。
では、諸外国ではどのような場合に永住資格が取り消されるのであろうか。移住連は、諸外国調査の進捗について何度か入管庁に問い合わせているが、改定法案が閣議決定された後の2024年4月の時点でも、調査中との回答である。つまり、総合的対応策に示された手続きやロードマップのスケジュールを無視し、立法事実もないまま、当事者への聞取りもなく、今回の改定法に永住資格取消しがねじこまれたのだ。
なぜこれほど急ぐ必要があったのであろうか。そこにあるのは、半世紀以上前から連綿と継承されている、外国人は「煮て食おうと焼いて食おうと自由」iii)という排除の論理である。
「共生社会の実現」に逆行する永住資格取消し
ところで、自民党外特委提言では、新制度の創設によって永住に繋がる外国人が増えるとあるが、育成就労制度で入国した外国人が、永住資格要件を満たすためには、原則、育成就労3年、特定技能1号5年、特定技能2号5年の計13年を経る必要があるiv)。しかも、育成就労から特定技能1号、特定技能1号から2号への移行は、日本語と技能の試験に合格しなければ認められない。2号の技能検定は、日本人でも合格率が3割程度であり、特定技能2号に移行するハードルは極めて高い。
加えて、2010年代あたりから永住資格審査が厳格化しておりv)、永住許可率が低下傾向にある(2006年:86.5%⇒2020年:51.7%)。居住要件を満たしたからといって、容易に永住資格が得られるわけではない。
しかも、入管庁の資料には永住者が増えることが問題であるかの記述があるが、安定的に日本で暮らす外国人が増えることは、日本にとっても好ましいことではないだろうか。したがって、求められるべきは、法的地位を安定化する取組みである。
にもかかわらず、在留資格取消し制度を導入し(2004年12月)、取消し事由を追加し(2012年7月と2017年1月)、永住資格審査を厳格化し、さらに、ようやく手に入れた永住資格をより容易に取り消すことができるよう入管法が改定されたのだ。管理監視強化と共に進行する、このような排除の拡大は、永続的に外国人を従属的で不安定な地位におくものであり、「共生社会の実現」に逆行するものである。
実際に永住資格が取り消されるかどうかではなく、このような制度を導入することが、永住者をはじめとする外国人に、どのようなメッセージとして届いているか、どれほどの不安を与えているか、ぜひ当事者の声に耳を傾けてほしい。
無関心や無理解でいることは、排除に加担しているのと同じである。彼/彼女らの不安や怒り、苦しみに対する想像力や共感こそが、真の共生社会を実現する重要な鍵である。
人種差別撤廃委員会も懸念を示す永住資格取消し
国際人権基準に照らせば、永住資格取消し制度の導入は、外国人の尊厳を傷つける許しがたい人権侵害である。
2024年6月25日、国連人種差別撤廃委員会(CERD)は、改定法で導入された永住資格取消しに対して懸念を示す書簡を日本政府に送った。これは、CERDが独自に有している「早期警戒と緊急手続き」という制度を活用して、移住連が行った申立てをきっかけとしたものであるvi)。
書簡は、「人種差別撤廃条約のもとで保護される、市民でない者の諸権利に及ぼしうる不均衡な影響を憂慮する」と指摘したうえで、市民でない者に対する差別に関する一般的勧告30を踏まえ、改定法の施行が市民でない者に差別的な影響を及ぼさないことなどを求めるとともに、永住資格取消し制度の見直しまたは廃止などの対応措置を、8月2日までに回答することを要請している。
政府は、国連人権諸機関からのこれまでの勧告などと同様に、「法的拘束力はない」という常套句でやりすごす可能性も高いが、そのような無責任な態度をこれ以上許してはならない。
在留期間更新不許可処分の取消しを求めた行政訴訟に対し、最高裁は、外国人の権利は「在留制度の枠内」として原告の訴えを棄却した(1978年10月)。その後、日本は、内外人平等を原則とする自由権規約や社会権規約などの国際人権諸条約を締結しているにもかかわらず、今なお、政府は国際人権基準を軽視し、マクリーン判決を金科玉条のごとく絶対視するばかりか、法的地位を不安定化させる方向に在留制度を恣意的に変更している。
改定入管法案の審議で、岸田首相は「選ばれる国になることが必要不可欠だ」と語っている。であるならば、何よりも求められるべきは、外国人が安心して安定的にこの社会で暮らすことができるよう、法的地位を安定化することである。
無関心に陥ることなく、引き続き永住資格取消しの取消しを求めていきたい。
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