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小説「15歳の傷痕」66~プールデート2

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― 渚のすべて ―

「先輩、そんなに滑り台ばっかりしてると、海パンのお尻、破れちゃいませんか?」

と森川さんは笑いながら言った。

何回か森川さんと一緒に滑り台を滑っていて、その内スターターのお兄さんに顔を覚えられ、無理矢理浮き輪に俺と森川さんを詰め込み、同時に滑らされるというハプニングもあった。
俺が前に、森川さんが後ろになって滑ったのだが、森川さんが背後からしがみついて来たので、本人は胸がないと言っているが、俺の背中は確実に森川さんのビキニ越しの胸を感じていた。

(胸、あるじゃんか…)

森川さんの胸を背中に感じた途端、俺はまた体の一部が硬直化するのを感じたが、前にいたので森川さんには気付かれなかった筈だ。

その後も森川さんは下で待ってくれている中を、俺がもう1回と言いつつ滑り台を何度も滑り続けたのは、硬直化した体の一部を、沈静化させるため、という意味もあった。

「森川さんは、もう滑らない?」

「あの、滑り台は楽しいんですけど、どうしても滑った後、ビキニのお尻が食い込んじゃって…恥ずかしいんです」

森川さんは照れながら、俺にそう言った。

「あっ、そ、そうなんだね。確かに俺の海パンも食い込むからなぁ。女の子は恥ずかしいかもね、ゴメンね」

「いえ、すいません、アタシの勝手な我儘で…」

「いいんだよ、ちゃんと教えてくれたら、俺も心配しないでいいしね」

「先輩…」

「じゃ、波のプールに行ってみない?そこなら、お尻にビキニはそんなに食い込まないと思うし」

「えっ、んもー、先輩の…エッチ!」

森川さんは照れながらそう言うと、俺のことを突付いて、波のプールへと浮き輪を持って移動した。その顔は笑顔だったので、俺は安心した。
朝方の初対面のような緊張状態から解放され、俺に対してエッチ!とまで言えるほどになったことが、俺はとても嬉しく感じた。

「先輩、こっち空いてますよ〜」

「そうだね、ありがとう〜」

森川さんが手招きして、波のプールでそんなに混んでない辺りに俺を誘った。
俺と森川さんは波のプールへと入り、水を掛け合ったり、浮き輪に座って波に耐えられるか等、とにかく楽しんだ。


『プールは夜の部共通チケットをお持ちでない場合、午後4時半までとなっております…』

という場内放送が流れた。時計を見ると4時を回った所だった。

「もうこんな時間なんだね…」

「はい…。あっという間ですね」

「どうする?4時半ギリギリまで遊ぶ?それとも早目に上がる?」

「うーん…。早目に上がりませんか?更衣室が混みそうですし、特に女子は時間が掛かるから…」

「うん、分かったよ。じゃ、今日はこれで上がろうか」

「はい。そうしましょう。アタシ、ちょっと着替えに時間が掛かると思いますけど、待ってて下さいね、先輩」

「うん、待ってるよ」

俺と森川さんは波のプールから上がり、荷物をバッグに詰めると、お互いに更衣室へと分かれて入った。

俺はこんな時は男で良かったと思う。バスタオルで上半身を拭き、海パンを脱いでこれもバスタオルで下半身を拭けば、すぐ着替えのパンツを穿き、着てきた服を着れば良いだけだからだ。

まだ更衣室の中もそんなに混んでなかったため、すぐに俺は着替え終わり、外へ出た。

女子は着替えが大変だろうから、俺は待つのも当たり前と思って、しばらく女子更衣室の出入口近くで、立って待っていた。

だが、思った以上に時間が掛かっている。ほぼ森川さんと同時に女子更衣室に入ったと思われる女性が、少しずつ女子更衣室から外へ出てきているが、森川さんはまだだ。

ジーンズを穿いていたから、余計に時間が掛かるのだろう…と想像していたが、それにしても遅い。

まだ退出時間まで時間はあるものの、ちょっと心配になってきた。かと言って女子更衣室の中に入る訳にはいかないので、モヤモヤと心配しながら待っていたら、女子更衣室から森川さんが、なんとビキニのままで出て来た。

「あれ?森川さん、まだ水着姿なの?何かあったん?」

「先輩、あの、あのー…」

森川さんはもじもじして、何か言いたいことがあるようだが、なかなか切り出せない様子だ。

「何かあったんだね?どうしたの?俺がなんとかしてあげられることなら、何でも言ってよ」

「すいません、先輩…。大変恥ずかしい話なんです。笑わないで頂けますか?」

「笑う訳ないじゃん。どうしたの?教えて?」

「あの、あのですね…。売店って、あの…、し、下着も売ってましたっけ?」

「下着⁉️」

突然森川さんから飛び出た言葉に、笑うどころかビックリした。

「いや〜、どうだったかな…。覚えてないけど、森川さん、もしかして…?」

「あっ、あの〜、大変恥ずかしいんですけど、そうなんです…。帰る時の下着を、忘れちゃってて…」

森川さんは物凄く照れて俯きながら言った。

「いや、男ならまだ耐えられるけど、女の子には辛いでしょ?よく勇気を出して教えてくれたね。あっ、売店なら水着姿のまま見に行っても大丈夫じゃないかな?一緒に行ってみる?」

「あっ、一緒に付いてきて頂けますか?ありがとうございます!こんな恥ずかしい失敗して、先輩に嫌われたらどうしようって悩んでて、遅くなりまして…」

「下着を忘れちゃったからって、そんな事で嫌いになるわけないじゃん!むしろ自分も責任があるような気がするよ…」

「えっ?そ、そんなこと、ないですよ?」

「ほら、電話もらった時、水着忘れるなとか、余計なことを言ったからさ、もしかしたらその影響もあるかもって思ってさ…」

「……」

「あの時、帰りのパンツも忘れちゃダメだよ、なんて言っておけば良かったよね」

俺は落ち込んでいる森川さんを励まそうと、ワザと明るくそんなことを言った。

「先輩…。優しいんですね。女として致命傷な忘れ物して、恥ずかしながら先輩に言わなきゃここから出れないって思って、物凄い葛藤して、勇気を振り絞って告白したんです。何してんの、そんな大事なもの忘れて!とか呆れられても仕方ないのに、先輩は…優しい…」

森川さんは今にも泣きそうだったので、泣かないで、と言いながら、森川さんを売店に連れて行った。

売店内は夕方とあって閑散としていた。
片や着替済みの男、片やまだビキニの女の子というペアが入ってきたので、店員も驚いていた。

「えっと、水着じゃなくて、下着…下着…」

俺は店内をキョロキョロと探した。
すると水着コーナーの隣に、ほんの僅かなスペースだったが、下着も売られているのを見付けた。
ただ男も女も、パンツだけで、女性のブラジャーまでは流石に無かった。

「森川さん、水着コーナーの右隣に、パンツだけだけど、下着コーナーがあるよ」

「ほ、本当ですか…?あっ、本当だ!ありがとうございます、先輩!」

「残念ながらパンツだけで、上…あの、その、ブ、ブラジャーは無いけど…」

「いえ、パンツだけでも助かります!胸はどうせないですから、タンクトップでなるべくTシャツから分からないようにすればいいだけですから」

「そっ、そう…?」

いや、胸はあったよ!と言いたかったが、止めた。

「じゃあ先輩と一緒に選びたい…と言いたいんですが、流石に、その、あのぅ…」

「分かってるよ、俺の海パン選びとは違うからね。あんまり沢山の種類はなさそうだけど、森川さん、せっかく買うなら少しでも気に入りそうなのを探してお出でよ」

「すいません、先輩」

おれは売店の外で森川さんを待った。
そんなに種類はないから、時間は掛からなかった。

「先輩、お待たせしてすいません」

「あ、もう買ったの?」

「はい、ノーマルな、でもせっかくなので長く穿けるようなパンツを買いました。オシャレじゃないですけど…」

「でも、とりあえず良かったね。ここから脱出できるようにはなったから」

「そうですね、最悪、ドライヤーでビキニを徹底的に乾かして、それを服の下に着ないといけないかな、と思ってましたから」

「じゃあ、適当な所で待ってるから、着替えておいでよ」

「はい!すいません、先輩、最後にみっともない姿を見せてしまって…」

「全然大丈夫だよ。むしろ、ちょっとドジしちゃう、そんな森川さんも可愛いよ」

「あっ、ありがとうございます!じゃ、着替えてきまーす」

森川さんは頭をペコリと下げ、女子更衣室へと走って行った。もしかしたら今日が最初で最後かもしれない、森川さんの大胆なビキニの後ろ姿を、俺は目に焼き付けていた。


「先輩、すいません。遅くなって…」

「いいよ、大丈夫。早目に波のプールから上がってたから、逆に良かったね。制限時間内に退場出来たし」

森川さんはやっとの思いで着替え終わり、俺と合流してナタリーを出た。

俺が見る限り、Tシャツとジーンズというスタイルの森川さんに、不自然な点は無かった。
ナタリーから森川さんの家までは歩くだけで帰れるとのことだから、大丈夫だろう。

だが森川さんはこう言った。

「先輩…。今日は最後のハプニングも含めて、とても思い出に残る1日になりました。ありがとうございました。でも、最後にもう一つ、我儘なんですが、お願いしてもいいですか?」

「ん?どんなお願いかな?」

「あの…アタシと一緒に、途中まで帰って下さいませんか?」

「えっ?森川さんのお家まで送ればいいのかな?」

「いえっ、途中まででいいんです。例えば高校までとか」

「そうか、森川さんのお家は、高校の近くだったね」

「はい、なので高校まで先輩がご一緒して下されば、後は安心かな、なんて思いまして」

「ということは、やっぱりブラジャーがないのは、不安…?」

「あっ、は、はい…。先輩にはお見通しですね。アタシ、胸がないとはいえ、やっぱりいつも着けてる下着がないのは、ちょっと不安でして…。先輩に横にいて頂けると安心かな、という訳です。すいません」

森川さんはそう言って頭を下げた。
そんな理由なら、拒んでは可哀想だ。
ましてやそんなウッカリを引き起こしたのは、俺にも責任の一端がある。
高校まで、一緒に帰ることにした。

ナタリーを出たあとは、ひたすら急な坂を登らねばならないが、俺と森川さんはゆっくりと歩いた。

「ミエハル先輩!」

「ん?なにかな?」

「改めて今日はありがとうございました。とっても楽しかったです」

「こちらこそ。俺も楽しかったよ」

「ほ!本当ですか?わあっ、嬉しいです」

「最後のパンツ事件も合わせてね」

「せっ、先輩!パンツ事件は、先輩とアタシだけの秘密にしといて下さい!」

「アハハッ、当たり前じゃん。女の子にとって、デリケートな話だしね。誰にも言わないよ」

「良かった〜」

「でもさ、若本とは喧嘩とかしてはないんだよね?」

俺は念の為、若本との関係を確認しておきたかった。

「はい、大丈夫です。一応、ライバル関係ということになってますけど…」

「中学は違うんだよね?高校で出会ったのかな?」

「そうですね。一年の時、近くにアタシと若本さん、あと生徒会の山田さんが固まってて、仲良くしてました」

「山田さんは、森川さんに勘違いさせちゃったね、ゴメンね」

「そ、そうでしたね。でもクラスマッチの時、山田さんを見てたら、本当にミエハル先輩を頼りにしていて、先輩もニコニコと対処しておられたもんですから、いつの間にかいい関係になったのかと…。その節は勘違いして、申し訳ありません」

「自分も勘違いさせるような行動をして、悪かったから…」

しばらく無言のまま歩いていたが、俺はふと、今まで間接的にしか聞いていなかった、なんで俺を気に入ってくれたのかを直接聞いてみようと思った。

「あのさ、森川さん…」

「えっ、はい?何でしょう?」

「俺、今まで、森川さんが俺のことを気に入ってくれてるってのを、若本とか山中から聞いてたんだけど…」

「あっ、はい…」

「特に若本は詳しく教えてくれてたんだけど、俺もちょっと失恋ばっかりしてて、オクテな部分があってね。それで森川さんをイライラさせてたと思うんだよね」

「……」

「それで、一度直接森川さんから、なんで俺のことなんかを気に入ってくれたのかなって、聞いてみたいな、と思ってたんだ」

「キッカケ、ですよね…」

「うん。森川さんさえ良ければ…」

「…そ、そうですね…。あの、一言で言うと、アタシの一目惚れです」

「一目惚れしてくれたの?俺みたいな男に」

一応若本から聞いてはいるが、本人から聞くとやはりドキドキする。

「はい!去年の体育祭の時です。アタシは若本さんに、演奏が凄いねと閉会式後に声を掛けに行ったんですが、その時に先輩が吹奏楽部を仕切ってらっしゃった姿を見て…キュンとしまして…」

「本当に?俺なんかより、もっと格好良い男子とか、いるじゃん。なんで俺に目が向いたのかなぁ」

「それは、先輩の輝きです」

「輝き?」

「楽器を撤収する指示とか、テントの片付けの指示とか、テキパキとこなしておられたり、1年生がただ歩くだけの競技がありましたよね」

「プロムナードだよね」

「そう、それです!その時、先生不在で、先輩が指揮しておられませんでした?」

「あー、一瞬ね。先生に急ぎの電話がご家族から入ったとかで、どうしても離れなきゃいけなくなって、俺が代わりに何曲か指揮したんだよね」

「私は歩いてたんですけど、あれ?指揮者が先生じゃない?格好良いけど誰だろ?って思ったんです。それがミエハル先輩を意識した最初です」

「そうなんだ…。直接森川さんから聞くと、物凄く照れるね」

実際俺は、顔が赤くなっていくのを感じていた。

「だから、アタシはその時以来、ミエハル先輩のことが……好きです…」

「…あっ、ありがとう」

再び無言になってしまった。こんな時に気の利いた言葉を掛けられないのが、俺の恋愛偏差値の低さだ…。

その内、高校に到着した。

「先輩、高校まで坂道もキツイのに、ありがとうございました。もう、大丈夫です!」

「うん…。森川さん、今日はありがとう。勇気を出してくれてプールに誘ってくれて、ありがとう。俺も楽しい思い出が作れたよ」

「先輩…」

俺はふと衝動的に、森川さんを抱き寄せていた。

「あっ…」

森川さんの官能的な声がしたが、抱き合うことに抵抗はしなかった。

「本当なら、今すぐ付き合いたいって言いたい。森川さんは本当に素敵な女の子だと思うよ。だけど…」

「はいっ…。だけど…?」

「若本の立場もあるから、コンクールの結果が出るまで待っててほしいんだ。ゴメンね」

「はい…。それはアタシも若本さんに抜け駆けすることになるので、フェアじゃないと思いますから…。今日の先輩と作った思い出を大切に、答えを待ってます」

しばらく俺と森川さんは抱き合っていた。ノーブラ状態なことを忘れ、森川さんを抱き締めていると、胸が俺の胸板に押し付けられる。
だが森川さんはさほど気にもせず、俺のことを抱き締めてくれた。

夕焼けが俺と森川さんを包む。

この後どうなるかは、今の時点では考えられなかった。

<次回へ続く>


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