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小説「15歳の傷痕」-37

(前回はこちら ↓ )

― Diamondハリケーン ―

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1学期の最大イベント、文化祭が終わり、吹奏楽部で挨拶して音楽室を出たら、ピーンと張り詰めていた気持ちが少し緩んだ気がした。

クラスと吹奏楽部は寄ったから、後は生徒会室だ。カバンから何から、今日は生徒会室を拠点にしているからだ。寄らないわけにはいかない。

森川さんと鉢合わせしたらどうしよう…と思わないでもなかったが、会えば会ったで、その時は何とか普通に話せばいいだろう。

役員は、後片付けがちゃんと行われているか、校内を点検しなくてはならないが、俺は吹奏楽部のステージがあることから、免除されていた。

とは言え、音楽室から生徒会室までの部屋は、一応確認しながら向かったのだが、その途中で音楽室に向かおうとしているのか、大村と神戸の2人とすれ違った。

「上井、お疲れ様!」

大村から声を掛けてくれた。

「ありがとう!って、本当は俺から言わなきゃいけないんだけどさ」

「ん?なんで?」

「大村に司会を頼んだのが昨日の今頃じゃろ。それで受けてもらえただけでもありがたいのに、Resistanceの前のアドリブ、もう大感激したよ。女子なんかみんな泣いてたし。あんまり本番前に泣かせないでくれよ〜」

「あ、あれね。単に普通に終わらせるのが嫌でさ、Resistanceを最後にやる意味を、俺なりに解釈してみたんじゃけど、合っとった?」

「まあ、心の何処かに、2月の入院はまだ残ってるからね。でもあんなに感動ストーリーにされると、俺も年取ったから、涙腺弱くてさ、ボロ泣きだよ」

「確かに、ちょっと泣かせちゃえ、みたいな部分はあったけどね」

「やっぱり!お主も悪よのぉ。逆に俺が入院したなんて知らない1年生の、特に女子が一番泣いてたよ」

と談笑する俺と大村の姿を、ホッとしたような、でも不安そうに見守っていたのが神戸千賀子だった。


この文化祭で、初めて神戸は上井に負けたと思っていた。

クラスの模擬店、生徒会役員、吹奏楽部のステージという3つの仕事を掛け持ちしながら、どれも全力で立ち向かう姿は輝いていると認めざるを得なかった。

それまでは心の何処かで、なんとなく上井に対する優越感があった。

成績は上井よりも上位だし、恋愛面もフラれてばかりの上井より、充実している。

だが、去年は吹奏楽部の部長として懸命に部をまとめ引っ張り、今は3つの仕事を終え、しかも吹奏楽部のステージではドラムを披露し、7組の女子からも男子からも歓声を浴びていた、そんな上井が輝いて見えていた。

正直、上井に嫉妬していた。

(…ダメダメ、上井君にあたしが嫉妬してどうするのよ。そんな時間があったら、大学受験の勉強しろって言われるわ…)

その反面、大村と上井がこれだけ仲良く会話している光景を見て、安心している自分にも気が付いた。

これまでは何処かで、この2人を直接会話させちゃ危ない、というような意識が働いていたが、去年、部長と副部長という間柄で苦楽を共にしたことで、完全に余計な心配は無用になったようだ。

残るは、神戸自身が上井と何でも話せる間柄に戻れるかどうかだ。

今、2人が談笑している中に割り込めば、普通に話せるかもしれない…。

だが、その勇気が出なかった。

上井は大村の方しか見ていない。

神戸の方を全く見ないのだ。

視線が向いてないのに、会話に割り込むわけにもいかないし、不自然だ。

(まだ上井君は、アタシのことをちゃんと見てくれないんだね…)

1年生の百人一首大会で仲直りして、誕生日おめでとうって言ってくれたのに。

副部長になった時は、アタシなりに上井君不在の時は頑張ったつもりなのに。

アタシが上井君をフッて出来た傷って、そんなに深いものなの?

でも山中君も言ってたよね。アタシも上井君をフッた傷を引き摺ってるから、堂々と上井君に話しかけられないんだ、って。

お互いに15歳の時に出来た傷、いつ治るのかな…。

「じゃあ俺、生徒会室へ行ってくるから。またね…って、しばらく会えんかもしれんけど」

「いやいや、本当にお疲れ。音楽室にまだ誰かおるかな?」

「うーん、先生がもしかしたら残ってるかも?殆どはもう解散して帰ってしもうたけぇね」

「とりあえず行くだけ行ってみるよ。ありがとう」

「じゃあね」

そう言い、上井は生徒会室の方へと向かった。その後ろ姿を、神戸は眺めていた。

「チカちゃん、どうした?」

「…ううん、なんでもないよ。音楽室、行ってみようよ」

「あっ、ああ…」

大村はちょっと心に引っ掛かるものを感じながら、神戸と共に音楽室へ向かった。


俺が生徒会室に着いた時は、既に役員も殆ど帰っていた。

残っていたのは、山中だけだった。

「山中、お疲れ~」

「あ、上井。ホンマにお疲れじゃったね」

「みんなもう、帰った?」

「うん。お前が気になる森川さんも帰ったよ」

「そ、そうなんやね。うーん、良かったような悪かったような…」

「いきなりで悪いけどさ、上井は森川さんのこと、本音ではどう思ってる?」

山中は多分、俺のいない所で森川さんと俺のことについて話をしていたのだろう。

「すごい照れ屋さんの女の子だよね。そこが可愛くもあり、ちょっともどかしい時もある。でも俺も人のことを言えたギリじゃないからなぁ」

「好きか嫌いか?のどっちかを選べと言われたら?」

「また極端やなぁ…。嫌いなわけないから、そりゃあ、好き、になるよ。なぁ、山中。何か森川さんと俺について、話とかした?」

山中はちょっと考える素振りを見せた。何か話したのは間違いないが、どこまで俺に話していいのか…で迷っている感じだった。

「うーん…あのさ、森川さんは、お前のことが好きなんだ。これは絶対的事実」

「う、うん…」

「今朝も言ってたし、さっきも言ってた」

「え?どんな風に?」

「今朝は、せっかく先輩が…って、先輩はお前のことだからな。先輩がこれまでのつらい体験を話して下さったのに、つい泣いてしまって、先輩を動揺させてしまった、そこでそんな心の広い優しい先輩が好きって言えば良かったのに、先輩のような彼氏がほしいと言ってしまった、先輩はアタシか言った『のような』が引っ掛かるはず、って言ってた」

「ま、まあそんな会話してたよ。森川さん、すごい自己分析してるじゃん。確かに俺は、『のような』って言葉に引っ掛かりを覚えたんよね。そしてさっき言ってたのは?」

「せっかく先輩に、ドラムカッコ良かったですって言えたのに、肝心の好きですって言葉が出てこなかった、その内吹奏楽部の撤収に呼び出されて先輩は行ってしまった…って」

「うーん…。なあ山中、俺はどうすればいいと思う?」

「そうじゃのう…。上井が待ちの姿勢でいるか、攻めの姿勢に変わるか、のどっちかしかないんよな。どうしたい?」

「俺は周りがこれだけ状況証拠を集めてくれてるけど、どうしても過去のトラウマがあるから、自分からは動けないんだ、怖くて」

「まあ上井の場合、酷い失恋3連発だったもんな」

「だから俺は、仮に好きな子が出来たとしても自分から告白することはもうしない!って決めたんだ。その原則を貫くと、森川さんからの正式な告白を待ち続けるってことになるかなぁ…」

「そうか、お前の気持ちというか、トラウマもよく分かるよ。ただ待つとなると、あの子の性格からしても、何でもない時に突然お前を呼び出してっていうのは考えにくいけぇ、そうなると、残る生徒会が関わる行事は、クラスマッチと体育祭の2つしかチャンスがないよな。クラスマッチはバタバタし過ぎるから、体育祭の方がシチュエーション的なことを考えても、良いのかもしれないな。でも体育祭だとあと3ヶ月も待たなきゃいけないけど、お前、待てるか?」

「3ヶ月じゃろ?これまで酷い体験してきた月日を考えれば、あっという間じゃない?俺は待てるよ」

「分かった。じゃあ俺から森川さんに連絡しとくけぇ、体育祭の日、俺も協力するから、頑張ってあの子の告白受け止めてやってよ」

「なんか凄いお膳立てされてるような…」

「ええんよ。上井の性格を考えると、森川さんみたいな女の子が、彼女としてはピッタリだと思う。この夏は彼女なしで我慢して…、秋に体育祭が終わった後、夕焼けをバックに告白とか、凄いええじゃん」

「まあ夏は最後のコンクールがあるしな。体育祭の後に、好きです!なんて言われることが分かってたら、それまで俺のテンションも維持できるよ」

俺は山中が言っていることが本当なのかどうなのかよく分からなかったが、体育祭の後に女子から告白されるなんてシチュエーションは、憧れの極みだ。山中がどう動いてくれるのかは分からなかったが、全面的に山中に任せることにした。

「まああと3ヶ月あるけぇ、その間に少しずつ俺が裏で話を詰めていくから、何か上井からの注文があったら、俺に言ってくれ」

「分かった。悪いね、山中にそんなに動いてもらって」

「いいんよ。俺は上井がさ、一度も彼女も出来ないまま高校を卒業するってのが、可哀想…っていう言い方は失礼じゃけど、お前みたいないいヤツに彼女がいないことが本当にオカシイと思っとるし」

「…ありがとな。そんなに褒めてもらっても、何も上げるものはないよ」

「ええよええよ、それより一緒に最後のコンクール、金賞目指そうや」

「…ああ、そうだね」

俺は束の間忘れていた、打楽器で出るかバリサクで出るかという悩みを思い出した。とりあえず明日1日ゆっくりと考えるか…。


「ただいま~」

やっと帰宅出来た。俺には怒涛の2日間だった。この2日間で起きたことを考えると、1ヶ月分の濃さじゃないか?

「お帰り。アンタ忙しかったねぇ、先にお風呂入りなさい。あ、そうだ。アンタにさっき、電話が掛かってたよ」

「え?誰から?」

「えっとね、メモしといたんだけど…。あ、ヤマガミケイコさんっていう女の子。知り合いにいる?」

「やっ、山神さん!?」

ビックリした。もしかしたら昨晩の目を疑うような光景についての説明だろうか?

「うん。帰ったら掛けさせましょうか?って聞いたら、いいです、私からまた掛けますって言われたけど、女の子なんだし、遅くなったらいけないから、アンタから電話しておきな」

「うん、分かった。でも母さん、電話は聞かないでよ」

「はいはい、分かったよ」

俺は電話機を抱えてコードを引っ張り、すぐ近くの部屋に籠った。

(電話番号は…メモしてくれとった。助かる!)

山神家には中学時代、一度電話をしたことがあるが、お母さんの声が山神恵子さんとまるで瓜二つだったことに驚いた覚えがある。今日は最初、誰が出てくれるだろうか?

呼び出し音が受話器の向こうから聞こえてくる。8回まで待って、誰も出なかったら切ろう…と思った矢先に、受話器を取る音が聞こえた。

「はいっ、ヤマガミです!」

元気な男の子の声だ。弟君かな?

「こんばんは。上井と言いますが、ケイコさんはおられますか?」

「はいっ、ちょっと待っててください!」

おねえちゃーん、電話だよー、イエイって人だよーという声が聞こえた。小さな子にはウワイとは聞き取れなかったか…と苦笑いしていたら、明らかに廊下を走ってくる音がして、慌てて受話器を取られた。

「もっ、もしもし?ミエハル君?」

懐かしい…あの頃の山神さんの声だ。

「うん。電話くれたって聞いて、懸けなおしたよ」

「ごめんね、忙しいのに」

「ううん、忙しいのはさっきで終わったから。今は暇だよ」

「今、時間ある?…もし良かったら、何処かで待ち合わせて会えないかな?」

「え?まあ俺はいいけど、山神さんは大丈夫?女の子なんだし」

「…そんな心配してくれるんだね、昔と変わらないね」

ちょっと涙声になるのが分かった。

「でも何処にしようか。いっそ中学校まで行こうか?正門前で待ち合わせようよ。俺が自転車で行けば、山神さんは歩いてくるくらいで丁度じゃない?」

「いいの?中学校まで来てもらっても・・・?」

山神家は、本当に中学校の近くだった。だから中学校での待ち合わせを提案してみたのだった。

「うん。ただごめん、クイズが終わってからでもいい?それから家を出るから、8時10分くらいで…」

「アハハッ、うん、いいよいいよ。ミエハル君、変わってないね。じゃあ8時10分に正門前で待ってる」

「ちなみに今日は怖い人はいないよね?」

「いないよ。そのことについても話したいし…」

「うん、分かった。じゃあまた後でね。バイバイ」

「うん…バイバイ」

受話器を置いた。胸のドキドキが収まらない。

クイズを見てから家を出るというのは半分嘘だった。風呂に入って滅茶苦茶になった体をリフレッシュさせてから、出たかったからだ。

さっき電話で喋った感じは、中学時代と何ら変わらない、明るく元気な山神さんだった。しかし昨日見た時は、少なくとも髪の毛は金髪だった。

(今から会いに行ったとして、やっぱり金髪なのかな…)

そう考えると複雑な気持ちになったが、とりあえず浴槽に浸かり、昨日と今日の疲れを取ろうとした。

(次回へ続く)


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